二話 種族
「主! 五歳のお誕生日おめでとうございます!」
ノックスの側付き、レオは獅子の尾を揺らしながらそう言った。
「ああ。……ありがとう、レオ」
「グルル。今夜は誕生日パーティですので、それまではごゆっくりなさって下さいね」
「そうする」
機嫌よく喉を鳴らすレオにノックスは苦笑した。
レックスは隷属人種、獣人族の一人だ。この世界は精霊と純種族以外を嫌厭する風潮がある。人間や動物は元の世界と変わらない扱いだが、獣人は「禁忌の種族」として扱われた。レオは、百獣の王たるライオンの獣人故にその差別的扱いも軽度のものだが、元となる動物によっては酷い差別を受けるのだ。
そんなレオは、ノックス専属の側付きとして仕えている。隷属種族が名家に仕えるなど稀なケースだ。
原作でもノックスの従者として描写されていたが、ここまで明るい様子はなかった。というのも、ノックスの人格のせいだが。
「大将ォー! 誕生日おめでとうございまーすっ!」
両開きの扉をバンと勢いよく開き、入ってきたのはウサギ耳生やした白髪の青年、ラヴィだ。
それに、レオは嫌なものを見たと言いたげな表情で口を開く。
「テメェ、ラヴィ……」
「よう、レオ。こんな目出度い日も変わらない仏頂面なことで、見てるこっちも辛気臭くなるぜ!」
「ハン、礼儀もなってねえウサギ野郎が何言ってんだか。テメエがそんな様子だと、主の品位が疑われちまうだろうが」
「公私はきちんと分けられる優秀な護衛ですのでご心配なく!」
二人は所謂ケンカ友達とでも言うのか、顔を合わせれば口論が絶えない。かといって、連携が取れないというわけではなく、いざというときのコンビネーションは抜群だ。
ノックスは相変わらずな二人に苦笑した。
ーーLIBER《リベル》の悪役ノックス・ドクトゥスに転生して五年の月日の経った朝のことだ。
転生してから判明したことだが、精神が大人であれども思考や感情、記憶など、ある程度は肉体に依存するらしい。
ーー前世。もとい、元の世界での肉体は精神年齢に見合ったものであったため、当時の記憶はハッキリと残っているが、転生してからの記憶は曖昧だった。転生してからも意識ははっきりしていたが、肉体は赤ん坊。当然、記憶を司る脳みそも赤ん坊基準である。
幼児健忘症ーー物心付く前の出来事の記憶が曖昧なことから、それは確定していると言える。
しかしながら、肉体に依存すると仮定した時、赤ん坊という無垢な肉体になぜ前世の記憶が内包されているのか。もしかすると、記憶はその時培った肉体年齢と精神年齢に紐づけされるのかもしれない。今世の幼児期の記憶が曖昧なのは、新たな肉体で培った年齢、精神年齢に紐づけられた故か。前世は前世、今世は今世と明確に区切っているのだろう。
そんなことをツラツラと考えながら、二人の応酬を眺める。付き人や護衛なんて前世では考えれらなかったことだが、この数年ですっかり慣れてしまった。
ノックスは自分の庶民的感覚が狂い始めていることに内心苦い気持ちだ。そのうち、ちょっとした買い物で大金を使わないように気をつけなければならなくなるかもしれない。
「あー……そろそろ朝食だろう? 早く行かないと父上と母上を待たせてしまう」
「ハッ! そうだ、ウサギ野郎をかまってる場合じゃなかった! 主、参りましょうか」
「お前が突っかかるからだろー?」
主人に嗜められる従者は中々居ないのではないだろうかと思いながら、ノックスは二人の声に背を向けて父と母のいる談話室まで向かう。
背後から慌てたような声が聞こえて、クスリと笑いながら、彼らと出会った時の出来事を振り返るのだった。
ーー誠がノックス・ドクトゥスとして転生して三年の月日が経った頃。
誠、改めノックスは前世では考えられなかった上流階級の生活に精神を擦り減らしていた。
どこもかしこも高級品ばかりで、傷一つ見当たらない内装。壊せば一体どれだけの額になるのか戦々恐々する毎日。自分の体が乳幼児ゆえに、物を壊す、汚すのは最早決定事項だ。
その度に破棄され購入される調度品は、いったいいくらしたのだろうと頭を抱えるばかり。ノックスは、金銭感覚のズレたーー否、上流階級基準の金銭感覚を持つ両親に畏怖しか感じられない。
「若様。本日は旦那様より若様専属の従者選定がございます。遠出になりますゆえ、お気をつけください」
「じゅうしゃ、せんてー?」
執事長の言葉に首を傾げた。
三歳児らしく拙い口調で尋ねれば、彼はにっこりと微笑む。
「ええ。若様だけの、専属の従者を選ぶのですよ」
「へぇ」
「奴隷達の中から選ぶだなんて、世間では血も涙もないような認識をされますが、見込みあればどんな人間でも構わないというのがドクトゥス家の方針です。若様も、偏見の目を持たずにお選びください」
「どれー……」
ノックスは目を見開いた。
(そういえば、この世界結構差別酷かったよな……? 奴隷ってことは、地上に関連ある獣人族や……反乱を起こした巨人族、か)
リアース、それがこの世界の名前。
地上から切り離された地底に広がる世界。地上にまつわる全てを禁忌とし、関連する物を排斥する理不尽な世界。
滅び、再生した世界にはかつて存在しなかった種族が生まれた。
人であり獣、逸脱した身体能力を持つ獣人族
生きた岩石とも言われる巨体を持つ巨人族
群れで生き、国をも築いた小人族
精霊から派生し、エルフや人魚など、不思議な力を有する未知の塊、妖精族
その他、いろんな種族がいるが大まかにはこの四種族が有名だ。
なぜ、獣人族や巨人族が迫害対処にあるのかというと、地上に近しい存在だと言われているからだ。巨人族はその大きさから地上に近い存在とされ、即ち禁忌に近しい存在であると認識されている。 確か原作の十数年前ーー現在から数年後に大規模の反乱を起こすはずだ。この反乱をきっかけに殲滅対象として巨人狩りが行われる。
(反乱の目的は被差別種族の地位向上、だったか。目的に反してこれまで積もらせた恨みや憎しみで動く奴らが多くて、内部分裂もしたらしいし、そりゃ、狩られるわな)
内部統制を図れないなら聞くに値しない。仮に地位向上をしたとして、私怨で暴れる奴らを抑えられないとくれば、スカイケアに旨味がない。制圧の仕事が増えるだけだ。
事前に危険因子の芽を摘むのも分からなくないだろう。
獣人族は、厳密に言えば、獣人族全般が迫害対象なわけではない。
迫害されるのは、鳥類ーー翼を持ち、飛べる動物の獣人だ。これも巨人族と同じく、飛べる存在は近畿に近いとされているのだ。
そのほかにも禁忌だとする種族はいるが、会う機会はないだろう。
とどのつまり、従者選びでは奴隷とされた被差別種族が居るのである。可哀想な話だが、全員を解放してやることはできない。
(読者目線だと他人事でいられたが、転生した今となっちゃ割り切れないものがある)
善人とも悪人とも言えない自分の性質は、存外この世界に馴染めるのかもしれない。割り切れずとも、それを引き摺りはしないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます