彼女と僕の1時間

小狐ミナト@ダンキャン〜10月発売!

僕と彼女の1時間


「はじめまして」


「はじめまして」


 ヘッドホン越しに聞こえるやけに明るい声は女の子だった。


 深夜4時、サービス終了を発表されたオンラインゲーム。このゲームはあと1時間、つまりは明朝5時にサーバーが終了する。

 VCがONになっていたから僕が挨拶をしてみたら珍しく日本人の声が帰ってきたのだった。


「えっと、クズくんでいいのかな? 悪口言ってるみたいだね」


「あぁ僕が変な名前つけてるだけだし、いいよ。そっちは白くまさん?」


「うん、そう。クズくんは今1人?」


「そうだよ。このゲーム好きだったからINしてるんだ、白くまさんは?」


「私も、おんなじだよ」


「そっか」


「もっと早く会ってたらなぁ。ねぇあと1時間だけだけどさお友達にならない?」


「うん、ありがとう」


「なんでお礼いうの? 1時間だけだよ?」


「僕、引きこもりで友達いないからさ」


「そっか、じゃあ私が初めての友達だね。よろしくね、クズくん」


 本来、このゲームはバトルロイヤルオンラインゲーム。僕と白くまさんは待機画面で話だけを続ける。

 いじめられっ子で友達なんかできたことのない僕は、こんなに優しくしてくれる初めての女の子に胸が躍った。好きになってしまいそうだった。もっと早く、サービス終了する前に彼女に出会いたかったな。

 けれど連絡先なんかきいたらきもいって思われるかな。


「そっか。1戦いく?」


「ううん、今日はもう疲れちゃったんだ。よかったら少しだけ話さない?」


「いいよ」


 僕は、引きこもりの高校生で女の子と話すのはほとんど初めてで二つ返事でOKした。白くまさんは、若い感じだし僕と同じくらいの歳だろうか?


「あのね、私死のうと思ってるんだ」


「え?」


「メンヘラって思った?」


「ちょっとだけね。でもどうして?」


 本当なら、年齢とかそういうことを聞かなきゃいけないはずなのに引っ込み事案で引きこもりをしている僕には正しいコミュニケーションがわからない。ヘッドホンの向こうの女の子は淡々とやけに明るい声で違和感があった。


「どうしてって言われると、理由はたくさんあるんだ」


「そんなにひどい環境なの?」


「ううん、環境は関係ないよ」


「じゃあ……」


「1年前からね。ずっとなんだ」


「ずっと?」


「うん、クズくんは1日の中で人間がどのくらい『選択』しているか知ってる?」


「選択?」


「ご飯を食べようか、食べるなら何を食べるか、箸で食べるかスプーンで食べるか、先にスープを飲むか、それとも……そんな感じで選択を繰り返してる」


「うーん、百回くらい?」


「ふふふ、正解は3万回〜4万回」


「そんなに?」


「そうだよ。言葉の一つ一つを選んでるでしょ」


「あっ、ほんとだ」


 僕が理解すると彼女は嬉しそうにクスクスと笑う。僕は目の前のキャラクターの中の女の子はきっと聡明でどこかおちゃめな子なんだろうと想像する。


「そのね、選択の中にずっとずっと『死ぬ』があるんだ」


「え?」


「たとえば、ご飯を食べる。はいといいえ、その次に『死ぬ』があるみたいな」


「よくわからないよ」


「そうだなぁ、じゃあノベルゲーでコマンドが出てくるじゃん? それはわかる?」


「わかるよ」


「その『はい』と『いいえ』の下に『死ぬ』がある感じ」


 彼女はそれを1日3万〜4万回も繰り返しているのだろうか。僕は彼女の声色と発言のギャップに生返事しかできなかった。

 ただメンヘラで「死ぬ」という言葉を使うかまってちゃんとは違う。そんなふうに感じてしまった。


「そっか」


「うん。だからね、死のうと思って最後に好きだったゲームにログインしてみたらたまたまクズくんとマッチしたんだよね。ありがと、聞いてくれて」


「いいけど、死ぬとか言わないでよ。このゲームの中でだってさ」


「そうだね」


 彼女の言葉に、僕はいかに自分が薄っぺらい偽善を言ってしまっているのかと胸が痛くなる。よくSNSでみるメンヘラと言われる人たちとは違う、自分に酔っている感じや演技臭い感じはない。ただ明るく、まるで前向きであるみたいなそんな声色。

 

——まるで正しい選択をしている時だ


「でも、なんでそんな選択肢が出るようになったの?」


「1年くらい前にね、大好きな友達から言われたんだ。今考えたら友達じゃなくて。、多分私が一方的に友達だって思ってただけなんだけどね。当時の私にはすごく、辛かったんだと思う」


「なんて言われたの?」


「白くまちゃんのことは『人として信用できない。だから遊んであげない』って。私ばっかり大好きで、私ね。その子には特別大切に誠実に接していたんだ」


「そっか……」


「それから、いじめが始まってもっとひどいことをたくさん言われたし学校にもいけなくなった。けど、一番しんどかったのは「信用できない」かな」


「でもなんでそんなこと言われたの?」


「多分、他の子が私の有る事無い事言ったんだと思う。私とその子が仲良しなのが気に食わなかったとかそういう理由かもね」


「今はどうしてるの?」


「転校して、友達もたくさんいるよ。言ったでしょ? 環境はすごくいいって」


「そっか、じゃあ楽しく……」


 と言いかけて、僕は彼女が「死のうとしている」話であることを思い出して口籠る。あまりにも明るく、まるで世間話でもするみたいなトーンだから脳がバグってくる。けれど、その異常さがよく考えると彼女が本気であるかのように思えてならなかった。


「1年なんだ」


「え?」


「信用できないって言われてから1年。私は幸せで、環境も変えてもらってカウンセリングもたくさん行ったし、友達だってたくさんできた。バイト先も見つかった……でもね、クズくん」


「うん」


「もう私、誰のことも『信用できない』んだ」


「……」


「だからね、死のうとおもってるんだ。その選択をするきっかけはなんでもいいかなって。コンビニ帰りに箸が入ってないとか、スマホの充電が切れたとか。なんでもいいかなって。だからね——」


 突然途切れた声、画面を確認するとブラックアウトしてしばらくするとタイトル画面、ポップアップには「サービス終了しました、ご愛好ありがとうございました」という文言が書かれ、しばらくすると完全に落ちて画面は真っ暗になった。


 白くまさんは最後に何を言おうとしたんだろうか。でも、僕にはなんとなくその先が聞こえたような気がする。


——だからね、このゲームがサ終したら死のうと思うんだ——



「あ、あ……白くまさん」


 僕はブラックアウトしたスマホの画面に写っている自分の顔がひどい泣き顔であることに気がつき涙を拭った。


 僕は、彼女がその選択をしないことを願うことしかできなかった。



おわり




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