第7話

 007



 五年後。



 私は、ようやく過去に踏ん切りを付けてカリム様と結婚することになった。ネイロの意志を継いでくれる命を、私は産まなければならない。そしてなにより、カリム様との結婚は彼が心から望んだことなのだから、想いを汲まねばならないと思ったのだ。



「本当に僕でよかったのか? コーネリアス」



 公爵となったカリム様が、墓標に跪く私に聞く。本日は雨。彼は、傘を差して私を雨から守ってくれていた。パレードの成功により、更に街を広げたポートウォール。そのための犠牲は、海岸の切り立った崖の上にひっそりと佇んでいる。



「いいのです。むしろ、立ち直るのに時間を使い過ぎたと申し訳なく思っています。それに、公爵殿下がこんなおばさんを妻に迎えるほうが私には不思議で仕方ありません」

「僕は、ただ君を愛しているだけだ。そこに眠っているネイロと同じようにね」



 トワイライト騎士団は、私とカリム様が実行役のリーダーとなり、アクィラ公爵殿下の助力にて決定的に壊滅させた。



 データセンターが革新派の象徴だとすれば、連中は保守派の象徴だった。黄昏の名を冠した騎士団は、これまでに幾つもの未来を叩き潰してきた。そんな連中をのさばらせておけば、またネイロのような若者が日の当たらないところで消されてしまう。



 そうなれば、いよいよクー・クリウス帝国は他国に圧倒的な差をつけられ国際的な敗北を喫することになるだろう。それを、アクィラ公爵殿下が直々にカイザーへ訴えて、先日、遂に"夕闇祓い"は完遂されたのだった。



「けれど、コーネリアス。数年か、数十年か。後に、必ず残党の復讐があるだろう。レジスタンスとうモノは、どれだけ根絶やしにしてもまた何処からともなく現れる。君がネイロの意志を継いだように、トワイライトの意志を継ぐ者も必ず現れる。その時、君はどうするつもりだ?」

「させません。そのための、すべての者にチャンスを与える世界作りです。ネイロが目指した美しい世界と人の可能性に、私も賭けてみたいのです」

「それが、最愛を奪った人間だとしても?」

「……ネイロを殺したのは、人ではありません。だから、私は世界を変えるのです」



 カリム様は、私の隣に跪いて祈りを捧げた。彼の温かさが無ければ、私はきっと前を向くことなど出来なかっただろう。



 この五年間。私は、ずっと後ろを向いて生きてきた。復讐のために貴族を辞め、領民の想いから目を背けて、一人の戦士として過去にしがみついて生きてきた。



 そんな私を、カリム様はずっと守ってくださった。そのことで、彼が本当にネイロを敬い、そして私を愛してくれていることを知った。



 だから、私は彼に一生を捧げることを心に誓ったのだ。



「夕闇祓いの功績により、君は再び貴族に返り咲く権利を得ている。コーネリアス、世界を変えるために僕と結婚する必要はないんだよ?」

「……私自身が爵位を賜ることはありません。立場など無くとも、頭さえ働かせれば活動は幾らでも出来るのです。それに――」



 私は、カリム様に肩を寄せて頭を預けた。



「私は人を支配する器ではございませんでした。そしてなにより、カリム様。私は、あなたの剣となりたいのです」



 花束を墓前に置き、立ち上がって踵を返す。



 後悔はない。この雨空で隠れた涙が、私が過去を見る最後の証だ。奇跡は、必ず起こしてみせる。そう誓って、私は雲を払い地平線から昇る大きな朝日に目を細めた。



「美しいですね」

「あぁ」



 この夜明けが、ネイロの目指した世界の始まりだ。



 そう信じて、私はカリム様の手を握った。

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【中編】限界女騎士コーネリアスの結婚 夏目くちびる @kuchiviru

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