第13話
『ピンポーン』
インターホンが鳴った。「はーい、どうぞ」とドアを拓也は開けると、そこには克己と桜子が立っていた。桜子は私服だったが、克己は大学から直接こっちに来たのかリュックを担いだままだった。
「おう」
「こんにちは。先日もありがとうございます」と桜子が頭を下げる。
「こんにちは。気にしないで、いつでも歓迎するよ。どうぞ入って」
「拓也。デザート買ってきたぞ!」と小さい白い箱を渡される。どこかのケーキ屋さんの箱みたいだった。
「食後に食べようぜ!」
「あ、う、うん……ま、いっか。ありがとう!」
とりあえず座って、と座ってもらう。ちょうどパスタも茹で上がり、具材に混ぜて皿に盛りつける。運ぼうとすると克己が手伝ってくれた。いつもの光景だけれど、桜子が居ることに少しまだ慣れない拓也だった。しかし、それは桜子も同じだろう。
「ありがとう」と言って克己にお皿を渡し、冷蔵庫からサラダを出して運ぶ。机の上に並べると、
「美味しそう!」と桜子が感嘆の声を上げた。
「今日は和風パスタにしたんだ。鶏もも肉も安かったし、ベーコンよりこっちの方がボリュームあるからね。トッピングの小葱はこっちに用意してあるからお好みでどうぞ!」
「いつも、ありがとな。拓也」
三人で「いただきます」と言って食べる。
「美味しい! この間のハンバーグも美味しかったけど、これもすごく美味しいです!」
「だろ? 拓也の作る料理は殆ど美味しんだよ」
「克己さん、しっかり胃袋掴まれてますよ。それ!」
そんな元気な克己と桜子を見てホッとした拓也だった。食事が終わり、先に後片付けをする。一通りお皿を洗ったら、克己が持ってきたデザートの箱を開ける。
「わあ、焼きプリンだ! 嬉しい! 克己、桜子ちゃん、ありがとう。何飲む? お茶? コーヒー?」
「お茶で良いよ。冷たいので良いし、俺が出すわ」と克己が冷蔵庫を開けた。冷蔵庫の中に手作りらしきデザートを見つけた。拓也は、あっと思ったけれど、どうやら遅かったらしい。
「拓也……もしかして、デザートも作ってあったのか?」
克己は、デザートの皿を両手に持って拓也の方に向ける。
「まあ、作ってあったんだけどね……ミックスベリ―を使ったラズベリーパイ」
克己の目がデザートに釘付けになっている。
「……これも食べても良いのか?」
克己の目がキラキラ輝き始めた。
え? まだ、食べれるの? と拓也は驚いたが、克己が桜子に「まだ、入るよな?」と聞いている。
「えー、どうしたの? これ拓也さん作ったの? 凄い!」
「桜子、食べてみるか? 俺、これはまだ食べた事が無い」
「え、でも……食べても良いんですか?」
「あ、うん。食べてくれると有難いけど。皆で食べようと思って今日作ったの」
「ありがとうございます。食べます! こんなに美味しそうなのに食べない選択肢はありません!」
「おい! 桜子……胃袋しっかり掴まれているぞ!」
桜子と克己の会話に可笑しくて拓也は笑った。
三人はプリンとラズベリーパイを食べる。
「イチゴジャムとメープルシロップもあるから、甘味が足りなかったら足して」
桜子はじっとイチゴジャムとメープルシロップを眺めている。
「桜子ちゃん、もしかして甘党?」
「あ、は、はい。かなりの甘党なんですが……でも、まずはそのままのベリーの味を楽しんでから……」
桜子はフォークでパイを一口サイズに切って口の中に入れた。拓也と克己はそれをじっと見ている。桜子は目を丸くして、それを飲み込むと、幸せそうな顔をした。
「甘酸っぱくて美味しい」
克己も一口食べる。克己と桜子が顔を見合わせていた。美味しいなと、克己の一言に拓也は、よかったと微笑んだ。
拓也さん、と桜子がフォークをお皿の上に置いて拓也の名前を呼んだ。
「ん? どうしたの?」
「拓也さんのネットの小説、読みました」
「あ、うん。読んでくれてありがとう」
拓也は軽く頭を下げた。面を向かって『読みました』と言われると、ちょっと照れくさい。
「拓也、桜子と話をしたんだ……お前の物語の中で生き続けている、クロエとリュカを幸せにしてやってくれないか?」
それは、克己と桜子が望んでいるならば、拓也はそうしたい。元々、不幸にするつもりもなかった。
「二人ははどんな幸せを望んでいるの?」
「……それは……俺たちが『こんな幸せを願っている』と言ってしまったら、拓也の作品にならない。拓也の中で、『これならクロエとリュカが幸せだろう』で良い。拓也の想像に任せるよ。ごくありふれた幸せでいいんだ」
わかったよ、と拓也は返事をしたが、浮かない顔をしていた。克己はそれに気づき、どうした? と拓也に聞いた。
「あ、うん」と首を捻りながら返事をする。二人が心配そうに拓也の顔を見ていた。
「うーん、何ていったらいいのかな? 俺の意思とは関係なく、話が進んでいる感じ? 何か見えない力が……ああ、何て言えばいいんだろう。Aという話があるとするでしょ、俺はそのAを書こうとしているんだけど、無意識にAとは全く違ったBの話になろうとするんだよね。誘導されているって感じ」
「誘導?」
「うん、あのスケッチブックもその誘導するために、精霊(たぶん)が書いたんじゃないのかなって俺は考えてる」
克己と桜子はじっと話を聞いていた。
「けど、誘導しようとしているなら、どうしてエマは俺に会いに来たんだろう」
拓也の一言に、桜子が目を丸くした。
「え、エマちゃんが来たの?」
「あ、うん。俺、気付いた時はうたた寝していたから、夢だと思ったんだけど、机の上に、赤くなった紅葉の葉が置いてあって、この時期にそんな葉は無いし……夢じゃないと思ってる」
「そういや、エマは何て言ってたんだ?」
拓也は人差し指を両目の目じりに当て上に少し上げる。
「こんな怒った顔で、『リュカ様に会わせてくれるんでしょうね』って、あと婚約者にもしてくれるんでしょうねって……」
桜子は、ぷっと噴き出し、「可笑しい」っと言いながら笑い出した。
「あ、ごめんなさい。拓也さんが可笑しいんじゃなくて、エマちゃんが……あのエマちゃんが? おっとりとしたエマちゃんが、ふふふ。可笑しい」
「可笑しいといえば可笑しいよな」
笑う桜子に頷く克己を見て、コテンと首を横に倒した拓也は不思議そうに二人を見た。
「俺たちの中での記憶はエマは5才くらいだったからな。拓也の小説で成長したエマが登場して、『あの子がこういう女性に育ったんだ』と思って。拓也の仕草のようにする感じが無かったから」
「すごくリュカに会いたいんですね。嬉しい。そんな事を言ってくれる女の子が居てくれるなんて」
「ああ、そうだな。他には何か言っていなかったのか?」
「あー、『ルー兄様の恋を実らせてよね!』って言ってた」
「ルー兄様? ルーカスの事か?」
克己が驚いている。なんだか、友人同士の恋愛話をし合っているいる感覚になる。それはそれで、なんだか楽しいと拓也は思った。
「エマちゃんはルーを誰とくっつけようとしてるの?」
桜子は、もう興味津々で身を乗り出して聞いてくる。そして、ルーカスを愛称呼びしていた。
「……クロエ」
「ははははは!」
桜子はとうとう声を張り上げて笑い出した。
「えー! クロエって、そんなにモテるの? 物語を読んでたら、レオとリアムが好意を持ってくれているのは分かったけど、ルーまでもがクロエを? 可笑しい」
「いや、そんなに笑わなくてもいいんじゃないか? クロエは可愛かったぞ」
「そうだね、成長したクロエは分からないけれど、私達の知っている彼女は天真爛漫だったわね。キリアンもクロエの笑顔にはメロメロだったし」
桜子はルーカスだけでなく、レオナルドも愛称呼びになっている。
拓也はとても楽しそうな二人の会話を聞いていて安心した。もしかしたら、幼い二人を残してきたことに『辛い』と気持ちがあるんじゃないかと心配していた。辛い事には変わりないんだろうけれど。
「どうした? 拓也。嬉しそうな顔をして」
「うん? 心配してたんだけど、大丈夫そうだから安心したんだ」
二人はお互い顔を見合わせる。
「まあ、思い出したときはどうしていいのか、分からなたかったし、動揺もした。けど俺達は俺達で、この世に生まれて来てから幸せに生きてきた記憶もあるからな。今、この時間も俺たちにとっては大切な時間だし。要は、悩んでも仕方がないってことだ。向こうは向こうの世界があるのと同じで、こっちはこっちの世界がある。せっかく桜子と出会えたんだから、今もこれからも大切にしたい」
克己はそう言うと桜子の手を握った。それを見た桜子も頷いた。
「でもね、克己さん。私はあの時、願ったの。
桜子は克己に微笑む。克己は感極まわったのか、目が少し潤み出し、そっと桜子の頭を抱き寄せ優しく撫でた。
勢いだけで書けたら良いのに! 風月 雫 @sizuku0219
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