第12話
「俺は自分で変な事を言っている自覚はあるのに、拓也はどうして驚かないんだ?」
克己の声に少し張りが出て明るく感じられた。拓也はその声を聞き逃さなかった。拓也は少しコミカル調で彼に返答する。
「うーん、そんなこともないよ。結構驚いているんだけどね。でも、最近ずっと奇妙な事が立て続けであったからさあ、免疫ができたのかもねー。だってさあ、精霊が絵を描いたり、挙句の果てには書いた小説の登場人物に小説の中身について文句を言われたりしたんだよ。あれにはさあ、ホントびっくりだよ。でも結局、最後の方は冷静になって話し合ってる自分がいたし、可笑しいだろ? 笑っちゃうよー」
明るく、陽気に答えてくれる拓也を見て、ようやく克己は笑みをこぼす。それを見た拓也はホッとした。
「克己、話してくれてありがとう」
「いや、こちらこそありがとな。話聞いてくれて……なんかさ、拓也に話を聞いてもらったらすっきりしたよ。話しても信じてもらえなかったらって……そんな事も考えてた。気持ち悪い、とか言われて、もう会ってもらえないかもしれないとか思ってたりした……」
克己の顔色も良くなり、かなり深刻に考えていたんだな、と拓也は思った。
「そんな心配してたの? 大丈夫だよ」
そんな理由で親友を辞めるつもりも無いし、自分に出来ることがあればしてあげたい。見知らぬ街に就職して不安だった自分が、克己にどれだけ救われただろうか。
克己だって、そうだったのかもしれないが、高校の時のように親友でいてくれる事がとても嬉しかった。
それに、この話は拓也だから信じられたようなものだ。
「克己、でもこれって転生してきたって事? あ、違う。逆転生ってやつ?」
「逆転生? どうだろ? そうなのか? 俺にはイマイチ分からない」
拓也はいつの間にか空になった湯呑にお茶を足す。
「でもさ、この世界で桜子ちゃんと出会えたんだから、楽しまなきゃ」
「ああ、ほんとだな。ありがとな。今度また桜子を連れて来ても良いか?」
「もちろんだよ。また今度会わせてね」
気分の落ち着いた克己を見て拓也はホッとした。あくまでも拓也は、平静を装っていたが、心中穏やかではなかった。まだ、克己に聞きたい事があったからだ。それでも、今自分の事よりも克己を優先したかった。それだけ彼は拓也にとって、大切な友人である。
いつの間にか振っていた雨も上がり克己が帰った後、拓也はスケッチブックに描かれた『双頭の大蛇』を眺めていた。どす黒い色をした蛇。途中から胴体が分かれて頭が二つ。これを精霊たち(たぶん)が描いたという事は、今までの流れで行くとこの魔物を登場させろという事なんだろう。この魔物の所為で、あの二人が辛い思いをした。ならば、自分の手で物語の流れを変えれば――。ふとそんな事を考えが
拓也はこの話を創作し始めたころの事を思い出していた。最初の頃は自分の意志でキーボードを叩いてパソコンに保存していたが、途中、無意識にbackspaceキーを連打する事が度々あった。そして、その度に自分の想いとは違う、勝手に手が動きだす。手が暴走するかのように。まるで、見えない何かの力が勝手に拓也の指を動かすように感じたのだった。
指が動くまま、夢中になって後先考えずに勢いに乗って書いていたつもりだった。だが、それは自分の勘違いで、まったく違ったのかもしれない。
登場人物も増え、どうして良いのか分からなくて後悔していた時が、拓也自身の意識がはっきりとした時で――。
もしかしたら、勝手に指が動いていた時は、本当に誰かが自分の手を使ってこの物語を創り上げているのかもしれない、と拓也は考えた。本来あり得るはずが無い事だが、克己や桜子、そして自分が体験した事を踏まえるとあり得る事なのかもしれない。
拓也が今書いている小説は、登場人物で言うとキリアンとレティシアの子供たちの物語だ。そう、キリアンとレティシアが亡くなった後の話になる。そのキリアンが克己で、レティシアが桜子だ。我が子達がどうなったのか、どう成長したのか、気になるはずだろう。
「そうなると、二人の希望を聞いた方が良いのかもしれない。だけど、また見えない力が働いて二人の希望通りにならない事もあるかも……」
兎に角、二人の希望を聞いてからだね、と拓也は思った。
あれから克己と他愛もないメールのやり取りをしながら、数日が過ぎた。その間は小さな精霊達は来なかった。それは、拓也が小説の話を進ませていなかったからだろう。考え込んだり、迷ったりしなければ彼らも来ないと、拓也も思っていたらしい。
『ピコン!』
木曜日の昼休み時間、拓也は食堂で自販機で飲み物を選んでいると携帯にメールの着信音が鳴った。克己からだった。内容は明日の夜、桜子を連れてこっちに来ても良いかというものだった。克己もそろそろちゃんと話を聞きたいと思っていたところだった。何しろ、あれから小説の更新を止めてしまっている。読者を待たせてしまっていると思うと、申し訳ない気持ちもなる。待たせてしまっていると言ってもちゃんと読んでくれている読者は数が少ない。それでも、一人でも読んでくれる人がいるのなら、頑張って更新し、完結したい。拓也はそう思っていた。
「じゃぁ、また夕食用意しておくね。何が良い?」と返信をする。数分後に「何でもいい、余り手の込んだものしなくてもいいぞ」と返信が来た。
「了解!」
うんーん、と悩みながらお弁当を食べる。食堂では、コンビニで買ってきた人や、会社の食堂で作っているものを食べる人がいた。ふと、パスタを食べている男女のグループが目に入った。
「あ、今日は和風きのこパスタにしよう。それとデザートも作ろうかな? 帰りに材料買わなきゃ」
夕食のメニューが決まりすっきりした様子の拓也だった。
終業時間ピッタリにタイムカードを押すと、
「あれ? 北出さん、今日はいつもより早いんですね? デートですか?」
同期の女性が拓也にそう聞いてきた。
「え? あ、違いますよ。でも、今夜は予定があるので早く帰りたいんです。それじゃ、お先に! お疲れさまでした!」
その女性が「お疲れ様でした!」と言う前に、拓也はその場から早々に居なくなった。女性は、悲しそうな表情をしている事には気付かなかった。
いつものスーパーに行って、夕食の材料を買う。シメジにシイタケ、鶏肉、小葱。デザートにはパイシート、冷凍ミックスベリー、レモン、牛乳。これで大丈夫かな? と拓也は冷蔵庫にストックしてあるものを頭の中に思い出してみる。
「大丈夫そうだ」
アパートに着くと早々に着替え、デザートから作り出す。ネットで調べた作りか通り作業を進める。以前一回だけ作った時は、すごく美味しかった。だからもう一度作ってみようと思ったのだ。
パイシートをオーブンで焼いている間にジャムを作り、パイシートが焼きあがったら、オーブンレンジの中を冷ます。冷ましている間に、パスタの具材をカットしていた。順番に2品を並行して作っていく。途中、サラダが欲しいなと思ってレタス、キャベツ、トマトもカットして、冷蔵庫で冷やす。デザートもトッピングして、これも冷蔵庫にしまう。
『あとどれくらいで着く?』とメールをしてみた。
『あと十五分ぐらい』
返信が来た。
『分かった。気を付けてね』
あと十五分ぐらいならもうそろそろパスタをゆで始めなければ。拓也は急いでお湯を沸かしパスタを茹で始めた。
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