超空軌道交通管理隊 ―軌道(みち)を守り、制する者―

EPIC

定期1便:「―Patrol Contact― 前編」

交通管理隊が宇宙や超次元を舞台に活躍するお話です。

宇宙戦艦や人型兵器といったスケールのデカい存在を相手に、

交通管理隊が淡々と対処する様子を描きたくて書きました。


いささかシュールに脚を突っ込んだトンデモ話となります。



――――――――――



「ッ……!」


 空間で、一つの悪態混じりの吐息が吐き出される。

 その空間には仰々しい操作盤や空中投影型のモニター、その他の様々な機器類が並び揃っていた。各所には座席が一定の間隔で並び付随し、それに腰を掛ける人々の姿がある。彼等あるいは彼女等は皆一様に神妙な、そしてどこか焦りを感じさせる面持ちを浮かべ、それぞれの役割であろう作業に取り組んでいた。

 そんな彼等の背後、その空間を一望できる高所に設けられた座席の前に、一人の女の姿があった。端正で整った顔立ちに長い髪を持ち、その目尻は釣り上がりややきつめな印象を受ける。体にはその体形がはっきりと出る、全身を密着するように覆う形式の衣服を纏っており、衣服越しにも彼女の洗練されたプロポーションが見て取れる。彼女の眼下に見える、作業に従事している者達も皆同様の衣服を纏っていたが、彼女の纏う衣服にはそれに加えて、両肩のモールを始めいくつかの装飾と記章類が見られ、彼女がこの場で高位の階級者である事を示していた。

 しかし今現在、その洗練された容姿を持つ彼女は、目の前のコンソール類の組み込まれたデスクに両腕を付き、その端正な顔を顰めて崩していた。その表情は余裕の無さそうな物に見える。先の悪態混じりの吐息も、彼女の口から発せられた物であった。


「……機関長!主機の回復は!?」


 その女が、眼下に並び見える背中の一つに視線を向けて声を上げる。


「……ダメです、セテュリーネ艦長。やはりエネルギーを外部空間に吸われ、出力が上がりません」


 機関長という役職名で呼ばれた男が振り向き見上げ、女をセテュリーネという名で呼び、そして彼女からの問いかけに返答を返す。


「くッ……」


 返答を聞いた女――セティリーネは悪態を零すと同時に、機関長から視線を外して視線を前方へと向ける。

 視線の先、空間の前方には大型の透明シールド――ざっくばらんに言えば窓が並んでいる。そしてその向こう側には、暗く歪な色の、不気味な空間が広がっていた――




 広大な宇宙のある一角の宙域。その宙域に存在する複数の銀河を跨り支配権に置く、巨大な文明があった。文明はその支配する広大な宙域を統治及び防衛するために、膨大な数の宇宙艦艇からなる強大な宇宙艦隊を保有していた。

 機動航宙巡洋戦艦 ファリア=レアティサスは、そんな強大な宇宙艦隊に所属配備された主力艦の一隻であった。

 数々の戦いを潜り抜けて来た戦歴華々しい同艦は、しかし旧式化に伴い近代化のためのドック入りを余儀なくされた。そして先日ようやく近代化改修を終えてドックを抜け、所属艦隊の合流すべく航海を始めた所であった。

 しかしその途中で事は起こった。

 広大な宇宙を短時間で跳躍すべく、所定のワープ航行に入った同艦は、その最中に本来であれば発生するはずのない異常な振動に襲われる。そして制御を失った艦はワープ航行空間から弾き出され、次に気が付いた時には、艦はそれまで見知った宇宙とは全く別の、異質な空間に放り出されていたのであった。




 ファリア=レアティサス艦長、セテュリーネ・ミリア・ハウネスクは焦れていた。空間――艦の艦橋で各種作業に当たる乗組員達を見ながら、セテュリーネはその頬に一筋の汗を流す。

 艦が未知の空間に放り出されてすでにそれなりの時間が経過。その間にセテュリーネと配下の乗員達は、出来る限りの対策を試みていた。しかし、主機を回しても歪な空間にエネルギーを吸われ、推力を得る事すら叶わず、同様の理由で艦載艇を出して偵察を行う事もままならず、救援を求めるための通信すら通じないというのが、現在の有様であった。


(艦をこんな所で……)


 心内に苦悶の言葉を浮かべながら、艦橋の窓の外に再び視線を向けるセテュリーネ。窓の向こう、歪な空間の一点には、同様にこの空間に迷い込みそして朽ち果てたのであろう、所属も分からぬ宇宙艦と思しき物の残骸が漂っている。

 軍から預かり、そして共に過ごし戦って来た大事な艦を、こんな所で朽ち果てさせてしまうのか。


「くぅ……」


 最悪の、そして絶望的な想像が彼女の脳裏を過り、セテュリーネは顔を伏せて悔し気な声を零す。


「艦長!」


 彼女の耳に言葉が飛び込んだのはその時であった。


「艦後方より接近する影があります!」


 声は、レーダー士官の女の物であった。視線を向ければ、発しながらも座席でレーダー装置の画面を睨む、レーダー士官の姿が見える。


「接近?デブリか何かでは無くて?」


 セテュリーネは、艦橋窓の向こうに見える朽ち果てた宇宙艦を一度見て、レーダーが捉えたそれが、同様のこの歪な空間に漂うデブリか何かであろう事を疑う。


「いえ……これは明らかにこちらへ接近しています!」


 しかしレーダー士官は彼女の言葉を否定する。レーダーに映った影は、明らかな意思を持って、この艦へと向かっていたからだ。


「後艦橋が物体を視認しました――これは……?」


 別の乗員が報告の声を上げる。そして乗員は先んじて手元の画面で、送られて来た映像を確認。何を見たのか、懐疑的な声を上げる。


「艦橋スクリーンに映像をして!」


 そんな乗員にセテュリーネは要求の声を上げる。要求が反映され、艦橋空間の上部に巨大なスクリーンが投影され、そこに後艦橋が捉えた艦後方空間の映像が映し出される。


「あれは……?」


 そして映し出された映像を見たセテュリーネもまた、訝しむ声を上げた。

 スクリーン一杯に映し出された空間の一点。そこに不気味な空間内で異質に灯る光があった。この歪な、星々の瞬きが全く見られない空間で、それは白に近い光を常時点灯させ、同時に黄色い光を一定の間隔で点滅させている。

 明らかな人工の物である瞬きであった。


「拡大して!」

「は!」


 セティリーネが要求し、その光を放つ物体がクローズアップされる。


「――え?」


 そして明らかになったその物体の正体に、セテュリーネは目を剥き、そして思わず呆けた声を上げてしまった。同様の様子を見せたのは彼女だけではない。艦橋内にいる全ての乗員が、信じられぬ物を見る目でスクリーンを見上げ、注視していた。


「――自動……車……?」


 そして声を零すセテュリーネ。

 スクリーンに映し出されていたのは、黄色い胴体を持ち、ライトと点滅灯を灯らせ、歪な空間を自らの意思で推進する、一台の自動車であった――。




 時系列は少し遡る。

 星の瞬きの全く見られない、宇宙に似てしかし異なる不気味な空間を、一台の黄色を基調としたカラーの自動車が走行して――否、飛び駆けていた。

 正確には四輪のSUV車であったそれは、黄色カラーで車体の大半を覆うが、フロント及びリアバンパー付近は赤と白の縞模様で塗装されている。車体のルーフ上後方には大型の標識機を備え、さらにその標識機の上部及び側面には、LED形式の赤色と黄色の点滅灯を備えていた。そして車体側面には白いラインが走り、その上から、〝超空軌道 軌道パトロールカー〟という文字が記されていた。

 一見すれば本来惑星上の地上を走る物であるはずの、この歪な空間に大変似つかわしくないその車輛は、しかし推進を得て、確かに自らの意思で空間を跳び掛け進んでいた。

 ヘッドライトを煌々と灯し、そして搭載する点滅灯の内の黄色を点滅させながら飛び駆ける車輛――軌道パトロールカー、通称〝巡回車〟と呼ばれるそれの車内には、二人の者の姿があった。

 一人は運転席側でハンドルを握る、50代後半と思しき壮年の男性。

 そしてもう一人は助手席側に座る、20代後半、30歳が近いと思われる男性の姿。

 どちらも少し濃い目の青色を基調とし、各所に蛍光テープが施された制服と思しき服装を纏い、その上から同様に蛍光テープの施されたベストを纏い、脚にはブーツを、頭には白色のヘルメットを被っている。


「合流口、合流各物体無し」

「はい了解」


 助手席の20代後半の男性が窓の外に視線を送り、腕を伸ばし動かして指差し確認を行いながら、確認の声を上げる。それを受けた壮年の男性は、返答の言葉を返す。

 ただ何の効果も無く見ただけでは、不気味な背景以外何も見えないであろうその空間。しかし車内からガラス越しに見ると、その光景は大きく違っていた。

 ガラス越しに見る空間には、発光するラインで描かれた軌道が走っており、そして彼等の乗る巡回車も、それに沿い飛び駆けていた。


「引き続き合流、無し。割り込み、無し」

「了解」


 そのライン上の一か所で、二つの軌道ラインが合流する地点がある。20代後半の男性はその箇所と周辺に目を配り、引き続き指差し喚呼を実施。壮年の男性がそれに再び了解の声を返し、そして巡回車はラインの合流地点を通過した。


「――ん?」


 助手席側の20代後半の男性が、視線の先に何かを見止めたのは、その数秒後であった。


「あれは――」


 運転性の壮年の男性も同様の物に気づいたのだろう、声を零す。巡回車がラインを駆け進む毎に、その何かは大きくなり鮮明になり、そしてその正体が明らかになる。

 二人の視線の先、空間に描かれ走る発光ライン上から外れた脇に、停止している巨大な物体――それは、多数の兵装を備えた巨大な宇宙戦闘艦であった。


「前方、軌道側。停止船舶確認」


 そしてそれを見止めた直後。20代後半の男性は、前方に見えた宇宙戦闘艦を指差し、淡々とそんな言葉を上げた。


「了解、確認」


 続けて壮年の男性が言葉を返す。

 巨大で、遠目にも威圧感を放つ巨大な宇宙戦闘艦を見ながらも、二人は特に驚いた様子も見せず、淡々と事務的な言葉を交わす。


「迷い込んだかな?――軌道側、入ります」

「了解」


 そして壮年の男性は続けてそんな一言を零し、そして発する。20代後半の男性がそれに返すと同時に、壮年の男性はウィンカーを出す。そして一拍置いた後にウィンカーを出した方向へと、静かにハンドルを傾けた。

 壮年の男性の操作により、巡回車は静かに描かれた軌道ライン上を外れ、そして彼等が〝軌道側〟と呼ぶラインの外側へと出て、速度を落し始める。


「赤点灯、標識変更」


 巡回車が軌道側へ出ると、助手席の20代後半の男性の動きが少し急かしくなる。彼は運転席と助手席の間に設けられた各ボタンやパネル機器を操作し始める。その操作により、巡回車に搭載された赤の点滅灯が黄色に合わせて点滅を開始し、そしてLED標識機に表示されていた―巡回中―という表示が、―事故―、―対応中―といった表示や、イラスト、矢印等を順に入れ替え表示する物へと変わる。

 その間にも巡回車は速度を落し、やがて軌道側に浮遊鎮座する、巨大宇宙艦の後方で停止した。


「ハザード点灯」

「パーキング、サイドブレーキ、ハンドル切り、よし」


 巡回車が停車すると同時に、車内の二人の動きはより急かしくなる。

 巡回車の出していたウィンカー点滅はハザード点滅へと切り替わり、停車に伴い各種安全施策が喚呼の元実施されてゆく。

 そしてそれ等が完了されると同時に、助手席の20代後半の男性は車内の後席い振り向く。車内後部は後席からラゲッジスペースに掛けてが各種の搭載装具で占められており、20代後半の男性はその中から、布の巻き付けられた1m程の長さの棒――巻き収められた旗を見止めて取る。

 旗を手元に寄せた20代の男性は、半身を捩り助手席側のドアに手を駆けると、次の瞬間ドアをわずかに開放。


「後方よし、降車!」


 そして後方に視線を送り、喚呼の声を上げると同時にわずかに開いていたドアを今度は大きく解放。巡回車の外部へと降車した。

 この歪な空間は宇宙空間とは異なる空間ではあったが、真空中であるなどその環境は似通っていた。そんな中で今の一連の行為を、今視線の先に浮遊している宇宙艦等、宇宙空間での活動を前提とした物が真似れば、大惨事は間逃れないであろう。

 しかし巡回車はこの真空中でドアを解放したにも関わらず異常の類を見せる事は無く、そして宇宙服の類を纏わずにその制服のまま真空中へと飛び出た20代後半の男性は、平然とした様子で開け放たれたドアを閉め、そして停車した巡回車の後方へと飛んだ。


「後方よし、避難場所よし――監視よし!」


 20代後半の男性は巡回車の真後ろに位置すると、空間の各方向へ指差喚呼を行い、最後に巡回車内に残る壮年の男性に届く声で発し、そして持ち出した旗を広げ、それを上下に振り始めた。


「後方よし、降車!」


 その声を受け、運転席側のドアが解放されると同時に、壮年の男性の声が聞こえ来た。壮年の男性は、先の20代後半の男性と同様の手順で巡回車より降車。巡回車の後方に飛び来ると、巡回車と旗を振る20代後半の男性の間に位置取る。


「点滅灯、LED、ハザード、タイヤ切り、よし!降車完了!」


 そして巡回車を振り向き、各装備が正常に動作しているかを喚呼と共に確認。最後に降車完了の旨を発した。


「――別の事故船舶も見えるなぁ。どっちにしろ、レッカーこっちで呼ぶ事になりそうかな?」


 一連の確認動作を終えると、軌道の壮年の男性は進行方向に視線を向ける。そして前方に止まる艦を、さらに続けて軌道の上空に浮遊する艦船の残骸を見つけ見て、そんな言葉を零す。


「何にしろ、まずは見て来ないとな。侵外(しんがい)君、後ろは頼むね」


 そして壮年の男性は20代後半の男性に掛けてそんな声を掛ける。


「了解です――後方よし」


 20代後半の男性はそれに答えると旗を振るっていた腕を止め、喚呼の声を上げると、巡回車の後方へ向けて大きく飛んだ。

 20代後半の男性の眼には、先に巡回車の車内越しに見た物と同様、発光するラインで描かれた軌道が映っていた。彼はその内の自らの側に伸びるラインに沿って飛び進む。その速度は速く、彼はあっという間に巡回車から数㎞後方の地点まで辿りついた。


「――後方よし、避難場所よし」


 20代後半の男性は一定の距離まで到達すると、その場で停止。各方を喚呼と共に確認すると、伸びる軌道ラインの後方へ視線を送る。

 そして手にしていた旗を掲げ上げる。

 旗の縦横各方から、旗と同色の細長いビームが照射されたのは、その瞬間であった。照射されたビームは縦横各方向に向けて伸び、それぞれ50m程の長さに達する。そして二方向へ伸びたビームを起点に、旗と同色のレーザーが縫物のように展開し幕を形成。レーザーによる巨大な正方形が完成し、そしてそれは20代後半の男性の開始した動きに同調し、まるで本物の布で出来た旗の様に、空間ではためき始めた。




 20代後半の男性がレーザーの旗を振るい始めた一方。壮年の男性は巡回車の助手席側に周り、開け放った窓から巡回車に搭載されている無線機のマイクを取り、その口元に寄せていた。


「超空ヴォイドフィールド21からアーマ管制」

《――アーマ管制。超空ヴォイドフィールド21、どうぞ》


 壮年の男性の呼びかけに、少しの間をおいて、無線から返答の声が聞こえ来る。


「341ブロック、上り6261万キロポスト。軌道側に停止船舶確認、これより調査開始」

《341ブロック、上り6261万キロポスト、停止船舶了解》

「以上――」


 無線の向こうへ報告し、そして無線の向こうからの復唱を聞き届けると、壮年の男性は無線通信終了の旨を送り、通信を終える。


「――よし、行くか」


 そして無線のマイクを車内に戻すと、視線の先に浮遊鎮座する巨大な宇宙戦闘艦を望み、呟く。そして壮年の男性は巡回車を離れ、その宇宙艦に向けて大きく飛んだ。

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