定期4便:「―Fighter Collect&Rescue― 後編」

「――2720万キロポスト。そろそろだね」


 緊急走行を始めて十数分が経過。各操作系に並んで設けられた巡回車の現在位置を示す計器に目を留めて、渥美は発する。

 超空軌道はまず大きくブロック。次に一つの基準として1万キロ単位。さらにその下に1キロ単位で区分けが成されており、管理隊はキロポストと呼ばれるこれを頼りに事象発生ポイントを目指す。

 管制から報告のあったポイントは2722万キロポスト。現在位置からおよそ2万km先。惑星上であればとてつもない長さであろう距離だが、この超空空間を凄まじい速度で駆ける巡回車にとっては、油断すればあっという間に通り抜けてしまう距離だ。


「了解、走行線へ入ります」

「了解。後方、よし。変更開始よし」


 渥美等は先に追い越し線へ移った時と同様の手順で、巡回車を走行線へと乗せる。

 落下、飛散物の地点の情報は通報から来たおおまかな物であり、厳密にどの地点にあるかは分からない。そのため管理隊員はその報告地点の手前より目を光らせる必要がある。

 そして落下、飛散物回収を始め、巡回車を停止の上降車して作業を行う上で、巡回車は軌道の横に並行して設けられた軌道側と呼ばれる、退避や緊急時の通り抜けに使用されるライン内に入りそこで停止しなければならない。

 落下、飛散物を発見した際にはすぐさま軌道側に入り停止するために、巡回車は軌道側に隣接する走行線へと戻ったのだ。


「――2721万キロポスト、1500キロ――見えないな。オートの報告も無しか」


 超空空間で凄まじい速度で巡回を行う上で、隊員の肉眼に頼るだけでは事象の発見には限界がある。そこで巡回車にはあらゆる補助システムが搭載されていた。

 窓ガラスには隊員の視界を補助する機構が組み込まれ、巡回車にはオートで事象を発見するサーチ機能が各所に設けられている。さらには実際の速度はそのままに、隊員の体感視認時間のみを延長し、超高速走行下での事象発見を容易にするブーストシステムといった物まで搭載されていた。


「2722万キロポスト、通過――」

「ブースト掛けますか?」


 報告のあった地点を通過してなお、飛散物の姿は見えない。

 侵外は体感視認時間を延長するブーストシステムを起動するか、進言の言葉を上げる。


「そうだね――ん?」


 それに同意しかけた渥美だが、その直後に渥美は進行方向に何かを見た。

 オートサーチシステムのブザーが車内に鳴り響き、電子音声が飛散物発見を知らせたのはそれとほぼ同時であった。


「あれか」


 渥美は言葉を上げる。

 軌道の上りと下り線を隔てる中央分離帯の上に鎮座していた、宇宙空間の運用を前提とした物であろう人型を模した仰々しい戦闘機体が、その場に崩れた姿勢で鎮座していた。

 通常宇宙からこういった物体が紛れ込む事は、珍しい事ではなかった。


「飛散物、確認」

「了解、軌道側入ります」


 渥美の飛散物確認の報告を受け、すかさず侵外が言葉を返す。

 ウィンカーを出してハンドルを傾け、巡回車を軌道側へと乗せる。


「サイレン停止、黄色点灯、表示切替」


 巡回車内はそこから急かしくなる。渥美は各種ボタンを操作し、サイレンが鳴り止み、代わりに今まで点滅していた赤色灯に合わせて黄色灯が点滅を始める。渥美は続けざまにタッチパネルを操作し、LEDの表示を変更する。これにより巡回車搭載の標識機のLED表示は、―落下物急行中―から、―落下物回収中―、イラスト、矢印の三種を繰り返し表示する物に代わる。


「パーキング、サイドブレーキ、ハンドル切り、よし。ハザード点灯」


 その一方で運転席の侵外も、軌道側での停車時に定められた所定の操作を行う。ハザードを除くこれらの行為は、万が一巡回車に後続の車輛等が追突した際に、玉突き事故を防ぐための処置だ。さらに超空軌道で使用される巡回車には、その質量を遥かに超える巨大船舶や生命体の衝突を受け止めるための、特殊な制動装置も搭載されている。

 各表示機器の変更操作を終えた渥美は、後席に振り向きそこから巻き収められた旗を手に取る。

 そして姿勢を変えて助手席側ドアをわずかに開放し、後方を覗き見確認する。


「後方よし――降車」


 巡回車後方の安全を確認すると、渥美はドアを大きく解放して降車。そのまま巡回車の後ろまで駆けた。


「後方よし、避難場所よし。――監視よし!」


 渥美は各方へ指差喚呼を行い、最後に運転席の侵外へ届く声で合図の言葉を発し、旗を広げて上下に扇ぐように振るう動作を始める。

 これは軌道上を行く各利用者に、〝速度落とせ〟と促す合図だ。


「後方よし――降車」


 その間に、渥美から合図を受け取った侵外が、運転席より同様の手順で降車して来て、巡回車と渥美の間に位置取り立つ。


「点滅灯、LED、タイヤ切り、ハザード、よし!降車完了!」


 侵外は巡回車を振り向き、各表示、処置が正常に成されているかを喚呼確認し、最後に降車完了の旨の声を発した。


「了解――」


 渥美は返しながら、軌道の進行方向とは逆方向へ視線を送る。

 先に確認した飛散物の戦闘機体が鎮座する位置を、巡回車は一連の停止動作の間に通り越しており、今現在戦闘機体は巡回車よりいささか後方、数㎞先に見えていた。


「よし行こうか」

「了解」


 渥美が戦闘機体を目に留めながら発し、侵外がそれに返す。


「後方よし、移動」


 そして渥美が後方の安全確認を喚呼した後に、移動の旨を発し、同時に両名はその場より大きく飛び駆け出した。

 渥美等は軌道側上を飛び、まずは飛散物である戦闘機体の近くまで移動を行う。

 旗を掲げ振るいながら先行する渥美は、やがて戦闘機体の傍まで辿りつくが、渥美はその場で止まらずにさらに1㎞程先まで飛ぶ。


「後方よし、避難場所よし!」


 その場で初めて停止し、安全確認の喚呼を実施。そして旗の軸にあるスイッチを入れた。

 スイッチの入った旗の縦横から、旗と同色の赤いビームが照射され、50m程の長さに達したそれを起点に、縫物の様に無数のビームが伸びて幕を形成。レーザーによる巨大な旗が姿を成し、渥美はそれを大きく振るい始めた。

 一方、追翔していた侵外は渥美の後方、飛散物の戦闘機体と同線上で足を止める。


「――準備よし」

《了解――二段になるね》


 侵外は肩の肩章から下げた無線で、先の渥美に発報し、渥美からは了解の旨が返る。

 管理隊の落下、飛散物回収は、二名の隊員による役割分担の元に行われる。一名は監視者となって旗を用いて利用者に注意を促しながら、回収のタイミングを見計らい、決断する。現在の渥美の役割だ。

 そしてもう一名が監視者の合図に合わせて軌道上に飛び出し、実際に落下、飛散物の回収を行う。これを侵外が行う。

 ちなみに渥美の言った二段とは、一度中央分離帯まで渡り切り対象を回収、そこからもう一度タイミングを伺い、軌道側に戻る手順を現す。

 軌道上は各利用車輛他が、少なくとも音速を越えて容赦なく駆け抜けてゆく。

 そこを横断する行為は、迅速さと、正確な判断が求められ、そして大変な危険を伴う作業だ。


《ブースト大丈夫?》

「異常無し」


 先に紹介した、体感視認時間を延長するブーストシステムは、管理隊員各々が纏う制服にも内臓されていた。少しでも回収作業時の安全度を上げるためには、活用は必須の装備であり、渥美等はそのシステムに異常が無いか、確認の言葉を交わし合う。

 そんなやり取りを交わす渥美等の横を、先程から一定の間隔で各利用者の車輛他が駆け抜けてゆく。渥美等はそれ等を警戒しながらも、軌道の後方を注視し、軌道横断のタイミングを見計らっている。


《――あの大貨の後、行くよ》


 接近する一つの大型貨物を積載した巨大生命体。渥美はそれを最後に、流れが途切れる事を見止める。


「了解」


 渥美の呼びかけに、返答を返す侵外。

 見止めた大貨――貨物積載の巨大生命体は、そのわずかな間に距離を縮め、そして渥美の真横を凄まじい速さで通り抜けた。


「――横断!」


 大貨が通り抜けた瞬間、渥美は手にしていたレーザー展開された旗を大きく掲げ上げ、軌道上へと飛び出した。

 直後に大貨は続けて侵外の横を通過。瞬間侵外は渥美に続くように、軌道上へと飛び出す。

 巨大船舶や生命体も利用する超空軌道は、そのために通常の惑星上の道路とは規格外の、数百メートルに渡る幅を確保している。

 空間は無重力であり飛び駆ける事が可能であり、さらに管理隊員の制服やブーツにはアシストスラスター等の機能も内蔵されている。しかしそれ等を含んだ上でも、長い幅を持つ軌道上を横断する行為は、大変なプレッシャーを感じる物だ。

 接近車輛類の途切れた事を確認したとは言え、決して安全な場所ではない軌道上に身を晒し、飛び駆け横断を行う渥美等。

 そして渥美等は無事軌道上を渡り切り、中央分離帯へと到達した。時間にしてものの数秒の出来事であったが、少なくない緊迫に包まれた物であった。

 中央分離帯に到達した後に、渥美は再びその場でレーザーの旗を振るい始め、利用者に注意を促し始める。一方の侵外は中央分離帯上へと上がり踏み込み、件の飛散物である戦闘機体の回収へと取り掛かった。

 その人型を模した戦闘機体は、全高およそ20m程はあると見られた。両腕を始め各所には、物々しい重火器類が搭載されている様子も見える。

 おそらく相当の重量になるであろうこの戦闘機体を、侵外はこれより無重力状態と、そして彼が両手に着けるパワードアシスト付きの手袋の力を利用して、まずは軌道側まで引きずって行く。

 安定した状態で引きずるために、侵外は戦闘機体の胴体部分の突起部を片手で掴むと、ブーツのスラスターを吹かして少し移動する。

 侵外に掴まれた戦闘機体は、腕や足などの各可動部を接触させ、金属音を鳴らしながらその動きに続き、少し引きずられる。そうして侵外は中央分離帯のど真ん中に鎮座していた戦闘機体を軌道の側へ寄せ、横断の準備を整えた。


「渥美さん、飛散物を掴みました。こっちは行けます」

《了解――うん、行けるね》


 渥美に、飛散物を引きずっての再びの横断の準備が完了したことを、無線で告げる侵外。対する渥美からは了解の返事が返され、そして続けて零された言葉が聞こえ来る。

 丁度いい事に軌道上の流れは再び途切れた所であり、横断には適したタイミングで会った。


《よし――横断!》


 渥美は再びレーザーの旗を掲げ上げ、そして軌道上に飛び出す。同時に侵外もそれに続き、掴んだ戦闘機体を引っ張り、軌道上へと飛び出した。

 ブーツや制服内臓のスラスターの推進補助を受け、巨大な戦闘機体を引っ張りながら、軌道上を飛び駆け横断する侵外。数秒の後に渥美と侵外は軌道側へと辿り着く。

 侵外はラインを越えて軌道側内に足を着き、そして軌道側内に戦闘機体を引きずり込んだ。

 軌道側も、本線より幅は狭いがそれでも巨大船舶や生命体の退避を想定して、かなりの幅を持つ。侵外はその軌道側の端まで戦闘機体を引きずり押して寄せ、利用車輛類の交通を阻害しないへ置く。


「――撤去よし!」


 それをもって侵外は初めて一連の作業完了と見なし、片手を掲げて撤去完了の言葉を上げた。


「渥美さん、オッケーです。これより収容します」


 張り上げた声と動作は規則上の物であり、侵外は遠く先に居る渥美に、無線を用いて改めて撤去完了と、これより収容作業を行う旨を告げる。

 超空軌道交通管理隊仕様の巡回車の後部、ラゲッジスペースは、巨大な落下、飛散物の収容に備えた圧縮収容機構が施されている。これにより今回のような戦闘機体程度の大きさの物であれば、レッカー等を要請する必要も無く、巡回車による回収収容が可能であった。


《あ、念のため中も見て。パイロットとかもう居ないとは思うけど》


 しかし収容作業移ろうとする前に、渥美からはそんな要請の言葉が返された。

 あまり無いケースではあるが、戦闘機体等のコックピットにはパイロット等が残されている可能性も捨てきれず、渥美はそれを鑑み、確認する事を要請したのであった。


「あぁ――了解」


 手順作業が一つ増えた事に、侵外は少し億劫に思いながら了解の返答を返した。

 まず侵外は一度巡回車に戻り、何か箱状の器材を持って軌道側に押して寄せた戦闘機体に近寄る。そして戦闘機体の元で、その持ち込んだ器材を操作する動きを見せる。箱状のその器材を起点に、半透明のパネルのような物が出現を始めたのは、その直後だ。

 パネルはみるみるうちに戦闘機体の周りを覆ってゆき、やがてパネルにより完成した多面体が戦闘機体を完全に包み込んだ。

 これは一種の与圧装置だ。渥美等はその制服に込む込まれた特殊な生命維持機構により、真空中での活動を可能としているが、外部から迷い込んだ機体や船舶等の搭乗員は、渥美等のような特殊な与圧装備を備えていない可能性が高い。万が一内部に生存者がいた場合、何も措置を取らずに機体を解放すれば、搭乗員は真空中に晒される事となる。

 この与圧措置は、その事態を防止するための物であった。

 戦闘機体周りの与圧を完了させると、放り出されたその脚部に自身の脚を駆けて上り、戦闘機体の胴の高さまで登る侵外。

 こういった人型を模した類の戦闘機体は、多くは胴体部分にコックピットを設けている。おそらくこの戦闘機体もそうであろう事を前提とし、コックピットを外部から解放するための操作装置を探る侵外。緊急時のパイロットの救助のために、どこかに外部から解放可能な操作装置類が存在するはずであった。


「この辺か?」


 侵外は戦闘機体の胴の下部に、複数個の摘まみのような物を見つける。それを解放のための装置と当たりを付け、やや硬いそれ等の摘まみを、不安定な足場の上で少し苦労しながら、一つ一つ順に回してゆく。

 全てを回し終えた所で、ハッチであろう胴の正面覆いが、周りに走る線に沿って浮き、隙間を作った。


「当たりだ」


 正解を引いた事に、淡々とした様子で一言零す侵外。

 後は内部が空な事を確認して、巡回車に押し込めが回収作業は完了だ。そう思いながら、侵外は空いたハッチと機体の間の隙間に手を差し込み、そして力任せにハッチを押し上げた。ハッチは支えるアームの可動域に沿って容易に押し上り、戦闘機体のコックピット内部の様子が露わになる。


「――は?」


 そこで眼に飛び込んで来た物に、侵外は思わず、少し悪態染みた声を零した。

 おそらく空であろう事を予想していたコックピット内には、しかしその予想を外れ、一人の人間の姿があった。

 コックピット内に収まっていたのは一人の女。

 20代前後と思われる容姿に、セミショートの髪を持ち、その身にはこの手の宇宙活動を前提とした機体や艦船ではよく見る、体のラインの出るパイロットスーツを纏っている。


「ぅ……」


 そして何より、その彼女は額から一筋の血を流し、目を瞑り、小さく苦し気な声を零していた。


「冗談だろ」


 飛散物内に負傷した生存者を発見すると言う、正直あって欲しく無かった事態に、侵外は二度目の悪態を零す。


「渥美さん。飛散物内に生存者を確認」


 そしてまずは、肩章に下がる無線を用い、渥美に向けて生存者発見の報を送る。


《ホント?》


 渥美からは、無線越しにも若干驚いている様子が分かる声色での返答が返って来る。


《どこの所属か分かる》

「――いえ、見たことないエンブレムです」


 渥美の続けての問いかけに、侵外はパイロットの女の纏うスーツに記されたエンブレムを。次いで戦闘機体に描かれた各種エンブレムを確認して、返答の言葉を送る。


「それと、負傷してます。呼吸が妙で、意識も怪しい。応急処置が必要かもしれません」


 侵外は渥美に向けて続けその旨を発報。そして応急処置を要するであろう事を進言する。


《了解。――まずはその旨を管制に発報。救急を要請したら、先に規制を張って》


 しかし渥美からはそんな指示の言葉が返って来た。

 交通管理隊の任務で最も優先されるのは、あくまで軌道上での安全確保。規制を張り安全を確保し、その上で初めてそこから先の活動に当たることが出来る。

 そして交通管理隊は規則上、一名は必ず後方監視に付き、その元でもう一名の作業者が規制等作業を行う事と定められている。

 これ等の事から、渥美等は直ちに発見した負傷者の応急手当てに当たる事は、できないのであった。


「チッ――了解」


 交通管理隊の抱える融通の利かない規則規定に、侵外は隠そうともしない舌打ちを打ち、そして了解の言葉を返す。


《気持ちは分かるけど、安全確保を怠っちゃダメだ。焦らず、迅速に》


 そんな侵外の心持ちを察してか、渥美は説き、促す言葉を無線越しに投げ掛けて寄越した。


「えぇ、了解」


 それに返しながら侵外は戦闘機体の脚部から飛び降り、先に留めた巡回車の方へと飛ぶ。

 巡回車の元へたどり着くと、侵外は助手席側のドアを開き、備え付けの無線機を荒々しい手つきで取った。


「超空ヴォイドフィールド21からアーマ管制」

《――アーマ管制から超空ヴォイドフィールド21、どうぞ》

「221ブロック、下り2722万キロポスト。飛散物、戦闘機体を回収するも内部に生存者を確認。負傷有り、救急の手配を要請」

《超空ヴォイドフィールド21。生存者、負傷有り了解。救急手配します》

「了解。超空ヴォイドフィールド21、以上」


 無線で管制に救急の手配要請を発報し、再び荒々しい手つきで無線を置き戻す侵外。

 そして侵外は助手席ドアを閉めて巡回車の後方に周る。


「後方よし」


 後方を視認して安全確認を取ると、ラゲッジスペースに繋がる後部ドアを解放する。そしてラゲッジスペースに搭載された数多くの器材の中から、矢印板の束を掴んで取り出した。

 その掴みだした矢印板の束を、一度離して軌道側上の無重力空間に置き、後部扉を閉鎖。


「後方よし」


 再び矢印板の束を掴み下げると、侵外は確認の声を上げると共に、軌道側を後方に向かって飛んだ。

 侵外は軌道側上を飛び駆けながら、一定の間隔で手に下げた矢印板を、まず設置はせずにただ置き放ってゆく。等間隔で矢印板を置いてゆき、そして矢印板の最後の一枚を持ってその線上の一番後ろで足を止めると、侵外はその場で手に持った矢印板を展開させる。


「矢印板設置!後方よし!」


 侵外は矢印板を両手に持ち、そして持ったまま内の片腕を大きく突き出し、同時に発する。

 確認と共に、展開させた矢印板を軌道側上に置く。同時に矢印板に組み込まれたスイッチを起動。すると先のレーザーの旗と同様に、矢印板を起点にレーザービームが縦横に照射された。

 縦50m程、横100m程に伸びたビームは長方形を描き、さらにその内に同じくビームにより巨大な矢印が描かれ投影される。一連の流れに寄り、軌道側上に巨大な矢印の表示が投影された。

 最初の矢印板の設置を完了させた侵外は、身を翻して軌道の進行方向へと飛び、置き並べた次の矢印板へと駆け飛ぶ。そしてその場で二枚目の矢印板を手に取り、先の同様の手順で設置。

 この動作を繰り返し、三枚、四枚と軌道側上に矢印板を展開、投影設置して行く。


「よし――設置完了、テーパー確認願います」


 軌道側上を駆け飛び、全ての矢印板の設置を終えた侵外は、無線を用いて渥美に発報する。


《了解》


 それに返答が返ると共に、軌道側上の先にいる渥美の、振り返る姿が微かに見える。


《確認。テーパーよし》


 そして無線越しに返される報告。

 渥美のいる地点から巡回車が停車している位置までの数キロの間には、投影設置された矢印板が軌道側上で緩やかな斜めのラインを描き、レーザーの矢印が並び不気味な背景の空間に煌めく光景が完成していた。

 これが、軌道上で安全を確保するために、交通管理隊の手に寄り設置される規制の一形態であった。


「了解――じゃあ渥美さん、これより負傷者の救護に当たります」

《了解、お願い》


 優先事項である規制の実施を完了し、これよりようやく管理隊員は次の行動に移る事ができる。

 侵外は無線で渥美に向けて告げると、まず巡回車に戻って応急処置キットを取り出し、そして先に軌道側端に寄せた戦闘機体へと飛んだ。

 侵外は再び戦闘機体に登って上り、パイロットと思しき女の収まるコックピットへと体を乗り入れ、まずは応急処置キットに含まれる自動診断装置を彼女の身体に取りつけ、起動させる。


「――外傷は額の擦過傷のみ。軽度の打ち身、それと酸素供給不足の初期症状か」


 程なくして自動診断装置のモニタに状態が表示報告され、侵外は目に留めたそれを口に零す。そして診断装置の提示した処置の指示に基づき、パイロットの女に応急処置を開始した。

 まずパイロットの女の口周りに呼吸器を装着させ、酸素供給不足の改善を図る。

 そして次に額の出血を処置するべく、消毒液、ガーゼ、包帯等を応急処置キットより漁り取り出す侵外。


「……なきゃ……」


 パイロットの女の口から、何か声が零されたのはその時だった。


「あ?」

「……皆の所に……帰、らなきゃ……」


 訝しみ振り向き、パイロットの女の姿を見下ろす侵外。そのパイロットの女の口から、続け零されるそんな言葉。

 朦朧とした意識の元で、半ば無意識的に発せられたと見えるその言葉には、しかし確固たる意思が含まれていた。


「――だったら気張るんだな」


 侵外はそんな女の言葉に端的に返す。そして傷を作り血を流す女の額に、止血処置を開始した。




 程なくして、超空空間での災害救難を担う組織、〝超空救難救急隊〟の救難車輛と救急搬送車輛。そして警察組織である超空軌道交通警察隊のパトロールカーも到着。

 パイロットの女は救難救急隊の救急隊員へと引き継がれ、搬送されて行った。

 そして彼女の乗っていた戦闘機体は、単なる飛散物から身元証明、状況調査のための重要な証拠物品となり、警察隊に引き渡された。

 各種引継ぎ、引き渡しが終了し、各隊が撤収して行った後にようやく渥美等は現場の規制を解除。各種規制器材等を回収収容し、最後に現場を撤収する運びとなった。


「――はぁ」


 運転席に乗り込んだ侵外は、シートに背を預けて小さなため息を零す。

 直後に渥美も助手席に乗り込み戻り、渥美等は各種所定動作を行った後に、巡回車を発進させ軌道側から本線に合流。現場より離脱。


「超空ヴォイドフィールド21より、アーマ管制」

《――アーマ管制。超空ヴォイドフィールド21、どうぞ》

「221ブロック、下り2722万キロポスト。現場撤収完了、規制解除。当車は現場より離脱――」


 助手席の渥美により行われる、管制への無線発報。それを横に聞きながら、侵外はどこか不服気な様子でハンドルを握っている。

 発見された負傷者は応急処置ののちに救難救急隊に引き渡され、無事搬送されていった。

 救難救急隊から聞き及んだ所によると、命に別状が及ぶような事は無いとの事であった。

 しかし侵外は今回の自分等の対応に、不服を感じていたのだ。

 あくまで軌道上の安全確保を最優先とし、それを外れる対処は二次的な物とする交通管理隊という組織の規定。今回もそれに漏れず、規制による安全確保の後に実施された負傷者への対応。

 出来た救護などたかが知れている。侵外に言わせれば、今回の事案対応の総評は、そう思わざるを得ない物であった。

 もちろん危険な軌道上における安全確保は、ないがしろにできる物ではない。

 しかし交通管理隊が抱える不足点や、規則規定に対する疑念は払拭できなかった。

 侵外はそれ等の事柄を心内に思い浮かべ、忌々しく思いながら、巡回車を帰路に走らせた――。




 それから数日後のある日。

 渥美らの拠点とする超空交通管理隊、ヴォイドフィールド基地の事務所にて――。

 侵外はデスクに着いてモニターに向かい、巡回後に作成しなければならない日報の打ち込みに勤しんでいた。


「――終わりだ」


 面倒なその作業をようやく終え、言葉と共に息を突く侵外。


「侵外君」


 そんな侵外に、背後から声が掛けられる。

 振り向けば、背後の別のデスクで、モニターに視線を向けながら手招きする、渥美の姿がそこにあった。


「なんです?」


 訝しく思いながら侵外は立ち上がり、渥美の着くデスクの横に立つ。


「これ、侵外君の事じゃない?」


 そんな侵外に、渥美はモニターを指さし促して見せる。

 モニターに映し出されていたのは、業務メール等を受け取るウィンドウだ。そして一件のメールがそこに開かれている。それは管理隊本部の広報に寄せられた、管理隊への便り、その内容を知らせる物だ。

 そしてよくよく読めば、それは先日渥美等が戦闘機体を回収しに向かった事案の物であり、便りの主はその時に発見した女パイロットのようであった。

 便りの内容は短く簡潔な物であったが、超空交通管理隊という存在を始めて知ったらしき彼女からの、組織に対する感謝と敬意。その女パイロットが無事元の世界に戻る頃ができ、仲間と再会することが出来たらしい旨が記されている。

 そして最後に、


《一番に駆け付け、私の身を救っていただいた隊員の方に感謝を――アリュジャ・ミスルクム――》


 という、おそらく侵外個人に向けて寄せられたメッセージと思しき一文が、添えられていた。


「やったじゃない」


 一文に目を通した渥美は、侵外にそんな言葉を掛ける。


「――人の複雑な気持ちも知らんで」


 対する侵外は、今もわだかまっている諸々の思いを反芻し、やれやれとでも言うようなどこか達観した様子で呟く。しかしその一方で、悪くはない気持ちを感じていた――。




 ―超空交通管理隊―

 彼等は今日も、軌道の安全管理を司り、その歪な空間を駆ける――。



――――――――――



以上になります。

設定上、実際の物と用語等異なる部分が多々あります事をご了承ください。

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超空軌道交通管理隊 ―軌道(みち)を守り、制する者― EPIC @SKYEPIC

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