定期3便:「―Fighter Collect&Rescue― 前編」

 星の瞬きの全く見られない、宇宙に似てしかし異なる不気味な空間――〝彼等〟の間では通称〝交宙空間〟と呼称されているその宙空を、一台の黄色を基調としたカラーの自動車が飛び駆けていた。

 黄色い塗装を基調とし、前後バンパー付近に赤と白の縞模様を施し、車体に走る白い帯には、―超空軌道 軌道パトロールカー―の文字を記す四輪駆動のSUV車。

 ルーフ上には標識機を備え、さらにその上と側面には黄色と赤の点滅灯を備えている。

 一見すれば本来惑星上の地上を走る物であるはずの代物が、この歪な空間を自らの意思で飛び駆け進んでいる事には、もちろんそのカラクリがあった。

 通称巡回車と呼ばれているこの車輛は〝超空推進機構〟という内部機構を備え、一見宙空を空回りしているように見える4つのタイヤから推進を得て、この歪な空間を自由に飛び駆ける事を可能としていた。

 その超空推進機構を備える巡回車は、今はヘッドライトを灯し、搭載する点滅灯の内の黄色を点滅させながら、歪な背景の交宙空間を走る、発光ラインで描かれる軌道に沿って駆け進んでいた。

 この軌道は〝超空軌道〟あるいは〝交宙軌道〟と呼ばれる物であった。




 一見、何者の生存をも許さぬ死の空間のように思えるこの交宙空間は、しかしその実、空間を常用行路として使用する車輛、機体、船舶等々様々な存在が行きかう場所であった。

 歴史を辿れば、かつてはこの空間は全人、全生物未踏の道の空間であった。しかし時代が進み文明が発展し、空間はあらゆる文明が利用し交差する場となった。

 空間を行路として利用する者は爆発的に増え、それまで漠然とした取り決めしか無かった空間では、事故を始めとした惨劇が多発。それを重く見た各文明は、地上の道路にならい空間に往来を許可する軌道を細かく定め、統制する施策に打って出た。

 気の遠くなる程広大な空間に、しかし惜しみない労力、資源、技術が投入され、ついにそれは超空軌道として形を成した。

 そして現在、掌握されてる限り空間に網羅された超空軌道は、その利用者達の目印と成り、そして雑多に行きかう彼等を統制する、大事な役割を担う物となっていた。




 その軌道上を行く巡回車の内部には、二人の者の姿がある。どちらも少し濃い目の青色を基調とし、各所に蛍光テープが施された制服を纏っている。さらに内には紺色の指定シャツ。上からは制服同様に蛍光テープの施されたベストを纏い、脚にはブーツを、頭には白色のヘルメットを被っていた。




 彼等は、―超空軌道交通管理隊―と呼ばれる、この交宙空間を走る超空軌道を管理し、安全を保つ事を任務とする組織であり、そしてその隊員であった。




 正しく言えば超空軌道交通管理隊そのものの管轄はこの交宙軌道に留まらず、数多存在する各通常宇宙、またこの交宙空間とは別の超空次元空間――これ等全てに走る軌道の管理、安全確保を担っていたが、少なくとも彼等両名が所属する基地隊に限っては、この交宙軌道内の定められた区間が担当であった。

 そしてそんな二人は車内のシートに座しながらも、運転に集中、あるいは巡回車の窓越しに、周囲に視線を配っている

 軌道上には利用者の落とした、あるいは別空間から紛れ込んだ落下、飛散物。故障や事故、トラブルに見舞われた車輛、機体、船舶類。時には迷い込んだ生物等が発見される事もある。

 これらは放置されればさらなる重大な事態を引き起こす原因となり、管理隊員の両名はそれ等を早期発見、対応するために目を光らせていた。


「はい、合流口。合流各物体無し」


 助手席に座る一人が進行方向を指さしながら、喚呼の声を発する。

 指差された先には、巡回車が沿うルートへ横から合流するラインが描かれている様子が見える。

 この交宙軌道には一定間隔で、通常宇宙や他超空次元空間との合流流出口が存在しており、今はそこからの合流物体が存在しない旨が、確認報告されたのだ。

 指差喚呼を行ったのは、助手席に座す50代後半の管理隊員で、名を渥美あつみと言った。

 主任の階級と班長の役職を持つこの道数十年のベテラン隊員であったが、厳しい――悪い言い方をすれば口うるさく癖の強いベテラン隊員も少なくない管理隊員の中では、温厚でしかしどこか飄々とした雰囲気の持ち主であった。


「了解」


 その渥美の声に、運転席でハンドルを操作する隊員が返す。

 20代後半から30と思しき、やや印象の良くない顔つきをした管理隊員は、名を侵外しんがいと言った。

 管理隊員となってまだ間もない侵外は、しかし業務手順の飲み込みが早く本番に強い優れた隊員であったが、一方で皮肉や悪態が少なくなく、そして何か白けた態度を隠さない、周りからはあまり良い印象を持たれていないやや問題のある隊員でもあった。


「引き続き、合流無し。割り込み、無し」

「はい了解」


 あらゆる存在が高速で移動する軌道上は、刻一刻と状況が変化する。一度確認してなお、通過中にさらなる合流や割込み物体等が無いか、喚呼での確認を怠らない。


「――緊急避難ポイント、異常無し」

「了解」

「D標識器、異常無し」

「はい了解」


 軌道上には、利用者のための標識、機材施設設備が、あらゆる場所に点在している。それらの異常の有無を確認することも、任務の内であった。


「今日は飛散物の一つも無いね」

「それに越した事はないです」


 何気なく呟いた渥美に、侵外は淡々と返す。

 今は本日の勤務に入ってすでに何回目かの定期巡回であったが、ここまでに細かい物も含む事象に特段遭遇することは無く、今の所両名は油断は許されないながらも、平和なドライブに興じていた。


《――アーマ管制より超空ヴォイドフィールド21》


 巡回車備え付けの無線機に、通信が飛び込んで来たのはその直後であった。


「あぁ、言った直後にこれだ」


 飛び込んで来た通信に、侵外は悪態を吐く。

 管制とは、各基地隊の管轄軌道区間の全てを統制し、指揮を行う交通管理隊の指令所だ。その管制側から通信が発報されて来たという事は、十中八九その内容は、事象の発生、及び対処を要請する物だ。

 なお、超空ヴォイドフィールド21とは、巡回車に割り振られた無線識別である。彼等の所属する、交宙空間に置かれるヴォイドフィールド基地の巡回車である事が示された物だ。


「超空ヴォイドフィールド21よりアーマ管制、どうぞ」


 侵外の悪態をよそに、渥美はすかさず無線機を取って返信を返す。


《221ブロック、下り2722万キロポスト付近から飛散物通報。飛散物は、戦闘機体とのこと。急行調査願う、どうぞ》


 案の定、管制からの通信は事象対応を願う物であった。


「221ブロック、下り2722万キロポスト了解。戦闘機体の飛散物。急行調査開始、どうぞ」


 渥美はもたらされた事象発生ポイントを復唱。膝元のバインダーにメモを取りながら、調査に向かう旨を無線の向こうに告げる。


《了解。アーマ管制、以上》


 復唱を聞き届けた後に、管制側から通信終了の旨が告げられる。


「――だってさ」

「了解」


 渥美の飄々としたそんな言葉に、侵外はぶっきらぼうに了解の言葉を返す。


「緊急走行開始。黄色消灯、赤点灯、表示切替――」


 発しながら、渥美は運転席と助手席の間に設けられた、各種搭載機器の操作系を操作して行く。

 まず点滅灯に繋がる各ボタンを押し、それが反映され標識機上の黄色灯が消灯し、入れ替わりに標識機上始め、巡回車の車体各所に設けられた赤色灯が点滅を始める。

 続いて渥美はタッチパネル式のモニタを操作。これは標識機のLED表示を切り替える物であり、これの操作によりこれまで―巡回中―と記されていたLEDの表示が、―落下物急行中―、といった物とイラストを交互に表示する物に代わる。

 最後に渥美はサイレンボタンを押す。

 これにより標識機に設けられた拡声器からけたたましいサイレンが鳴り響き出し、巡回車は緊急走行態勢に移行した。


「2722万キロポストって言いました?」


 運転席でハンドルを握る侵外が、渥美に問う。


「うん。ちょっとあるね、追い越し線に出ようか」

「了解」


 現在地点から事象発生が報告された地点までは、かなりの距離があった。そこまで早急に現着するために、両名は軌道上に走りレーンの内の、追い越し線と定められたレーンに出る判断を下した。


「はい後方接近物体、無し。変更開始よし」

「了解開始します」


 後ろに振り返った渥美より、後方より接近する他物体が無い旨を受け、侵外はウィンカーを出し、レーンの変更を開始する。ハンドルを控えめに切り、自然な走行を保ったまま徐々に隣を走るレーンへ巡回車の車体を運んで行く。やがて巡回車はレーンを区分けするラインを越え切り、隣の追い越し線へと乗った。


「――完了」

「はい了解」


 走行線の変更が完了し、侵外が変更完了の旨を発し、渥美はそれに返して前に向き直る。そして同時に侵外がアクセルを徐々に強く踏み、巡回車の速度を上げた。

 外観こそSUV車である巡回車であるが、交宙軌道という広大で特殊な場で使用される特性上、その実は惑星上の地上を走る従来のSUV車とは、比べ物にならないスペックを備えていた。

 巡回車――超空軌道 軌道パトロールカーの備える超空推進機構は、場合によっては宇宙艦船のそれをも超える力を生み出し、それにより巡回車の出しうる速度は音速どころか、光の速度すら越えることが可能であった。

 それにより発生しうる時間停止現象等の対策防止機構始め、あらゆる発生しうる現象への対策が巡回車には織り込まれており、これ等が交宙空間という超常的な場で、巡回車及び管理隊員が支障なく任務を遂行する事を可能としていた。

 侵外は、通常の車とは異なる複雑なメーター等計器類に時折視線を配り、速度に注意を払いながら巡回車を走らせる。軌道上には巡回車以外にも、交宙走行可能な車輛、機体、船舶、はては生命体までもが利用者として走り、飛び駆けている。

 そんな各利用者達は、巡回車のサイレンを聞きつけると、追い越し線から走行線へと避けて道を開けてゆく。


「ご協力ありがとうございます」


 そんな避けた利用者達を巡回車が追い抜く度に、渥美はマイクを用いて広報を行う。


「今日は素直に避けてくれるな」


 一方の侵外は視線を前に保ったまま、そんな言葉を零す。

 軌道上では巡回車に限らず、緊急走行、飛行、航行を行う各車輛その他には軌道を譲る事が法として定められていた。しかしその定めであり常識は必ずしも全ての存在に浸透している訳では無く、時には進路を譲らない利用者がいる事も現実であった。

 超空軌道が抱えるのっぴきならない問題を思い浮かべながらも、侵外は巡回車を走らせ、事象発生地点までの長い行程を消化する。

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