2.合流

 喫茶店【マジックアワー】。

 駅からほど近い位置でひっそりと営まれるその店は、実に多くの人々にとっての憩いの場となっていた。

 広さこそないものの、丁寧に配置されたアンティーク家具はどれも温かみを帯び、しずやかな空間を演出していた。日々忙しなく。何某かに追い立てられる様な日常こそが常であるその只中にあって、隔絶された非現実めいた穏やかさの虜になる者は多かった。

 かく言う竜汰もそんな一派の一人であった。折を見ては立ち寄り、目的なく心を落ち着かせる。気に入った物や場所に拘りがちな彼にとって、その店は特に気に入っている場所の一つであった。


 そんな憩いの場所をこそ指定されたものだから。竜汰としては、自らのテリトリーを土足で侵食された様な、言い表し難い不快感を感じずにはいれなかった。特に相手は未だ正体不明。まるで得体の知れない何者かであるから、より一層。


「………」


 こんな気分で店の敷居を跨ぎたくなかったなぁ、と。内心でごちりながら、竜汰は店内へと足を運ぶ。


「あら、竜汰君。いらっしゃいませ、今日は一人?」

 竜汰の姿を見るや、店主…花咲優奈はなさきゆうなが和かに微笑む。その笑顔の返礼として、竜汰が軽く腰を折る。

「お邪魔します。えーっと…待ち合わせ、なんですが」

 言い淀む。ただ、それも仕方のないことだろう。何せ本人も、こここの場に至って尚現状が正しく把握できていると言う訳でもないのだから。


 更に予想外だったのは、言葉を受けての優奈の反応だった。


「ああぁ、なるほど!」


「え、何が?」


「多分だけど、もう来られてるよ。待ち合わせの人」


「え」



 ぞくり。



 驚嘆と驚愕はいとまなく。それは気配と呼ぶには余りに濃密な、圧。

 当人へと向けての、何某かの挙動があった訳でもなく。無論言葉が掛けられた由もなく。それでも恐るべき明瞭さで以て誇示される存在感。竜汰がその圧力の源泉へと視線を向ける。



 窓際の、二人掛けのテーブル。

 差し込む、柔らかな午後の陽光に透ける純銀の長髪。無機質を感じさせる、大凡この世のものとは思えぬ京藤色の瞳。

 夢がうつつか。定まらぬ闇の渦中で対峙したのと寸分違わない、幻想的で凶悪、剣呑で邪悪な美貌が、そこにあった。


「———」


 呆気に取られた、と言うわけでもなかった。元より彼女の美貌は竜汰にとってそれほど重要な意味を持たないし、今更非現実めいた目の前の現実に臆するほどの心的余裕もない。強いて言うなら、警戒。穏やかな日常に突如現れた異分子に対する、生理的な身構え。竜汰の沈黙の意味するところは、詰まるところそうした…敵愾心に近い内心から滲み出たものだった。


 しかして所詮、その尺度は人間を基準とする。常世ならざる異様を名乗る彼女にとって、そんな彼の心の機微こそ瑣末な話。


「やあや、全く。こんなにも私を待たせるなんて。君にはとんと、私を敬う心が欠けている様に感じてしまうが、どうだい?」


 声は驚く程に通り、響き渡る。

 他に有った数組の客達の目線がばちりと、声の主へ。次いで竜汰へと向き、おしなべて皆サッと視線を伏せる。

 今すぐにでも頭を抱えてしまいたい衝動をなんとか抑え込んで、竜汰が歩を進める。


「無神論者だもんでね。ご期待に添えなくて残念だよ申し訳ない」


「なに、気にすることはないさ。そんな瑣末な思想の違いに逐一突っ掛かる程狭量ではないものでね。ほら、掛けたまえよ。まずは一息、一服と洒落込もうじゃないか」


 促されるまま、竜汰が腰を下ろす。内心に、何とも言語化の難しい不服を感じながら。


 と。トコトコっと優奈が卓に歩み寄る。手にはお冷とおしぼりが持たれていた。


「竜汰君はいつものでいいのかな?」


 花が咲く様に柔らかく、華やかに。笑みを浮かべる優奈に、竜汰は頷いて見せる。その様子を確認したのち、彼女の視線はその対面…大凡浮世離れした風体の女性へと向けられる。


「御連れ様もご注文、未だでしたよね。お決まりですか?」


 ふむ、と。

 女は少しばかり悩むそぶりを見せたのち、底意地の悪い笑みを浮かべた。


「私も彼と同じ物を。それとそうだな、何か甘い物が食べたいのだけれど…おすすめはあるかな?」


「それでしたら、パンケーキは如何ですか?国産はちみつを使った自信作なんですよ」


「なるほど、素敵な提案だ。それを頂こう」


「かしこまりました。それでは少々お待ちください」


 終始和かに。徹頭徹尾穏やかに。立ち去る優奈の背中をぼんやり眺めながら、しかし。竜汰はすぐさま再び剣呑の表情を再構築した。

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キュウテンシャクラ nanana @nanahaluta

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