第25話 インマヌル

「本当に助かりました!!あのまま、雨に濡れてたらどうなってたことか…」


 びしょびしょに濡れた衣服を脱ぐ。雨に濡れた客人への対応を熟知しているのか、すぐさま家主と思われる人物が、寝間着のような着替えを持ってきてくれる。


「いやぁ、こっちこそですよ…あのまま、ねぇ、雨に濡れてたら…ねぇ、さぞ、大変なことになってたでしょうねぇ…」


 少し老け顔の男が返答をする。家主であるというのに、なんとも腰が低いようである。服を着替えたおかげである程度寒さが引いた。一度家の中を見渡してみる。


 この民家は、二階建てのようであり、1階は全てリビングのようになっている。玄関から見て、左奥の方に階段があり、中央には一脚のテーブルと、二脚の椅子があった。この家には、この男以上の人物が住んでいる様子はないので、おそらくだが客人用であろう。


 リビングの一番奥には暖炉だんろのようなものがある。高木たちの服はそこで乾かしてもらっている。キッチンももちろんあり、対面キッチンである。二階を見てはいないが、そこそこいい家だなと思う。


 だが、普通の人間が家の観察をするということは、話題に困っているということだ。雨が止むまでは、当分かかる様子。なにか話題を作らないと、気まずい空気のまま終わることになってしまう。


「…とりあえず…自己紹介でもさせてもらおうかね」


 イロハが先陣せんじんを切った。気まずい空気に耐えられなくなったのか。はたまた、ただ単に自己紹介をしたほうが良いと思ったのかわからないが、ファインプレイである。


「そうだな!じゃあ、俺からさせてもらうわ!高木です!雨が止むまでの間だけど、よろしくお願いしまぁす!」


 これで任務は、殆ど達成だ。会話というのは、一度話を切り出してしまえば、累乗のように、会話の中から気になる点を話題に上げる。次々と話題が提供されていくので会話が留まることはほとんど無くなる。最初の切り出しが最も重要なのである。


「僕はグレイ・マーソって言います。雨の中お邪魔させていただき、ありがとうございます。」


「あたしはシュッタ・イロハだ。こうして押し寄せてしまって申し訳ないね。」


「そ、そうだね…まぁ、私の事は、ヤマー博士とでも呼んでくれ。生憎申し訳ないのだがね、本名を晒すわけにはいかないのだよ…ねぇ。」


(んんんんんんぅ怪しいぃぃ!!何だよ!本名晒せないって!闇業者かよ!!まぁでも、こんだけ話せば、ある程度は話が続きそうだな)


 高木が、次に話す話題を考えていると、突如ヤマーが席を立つ。


「客人をほっぽりだし申し訳ないのだが、私は二階にてやり残している事があるのだ。事が終わり次第、私も戻ってくると誓おう。もちろんだが!絶対に二階には来るなよ?」


 先程の少しオドオドとした様子とは打って変わって、急にキリッとした表情になり、すぐさま、二階へと向かう。


「気まずくなったのかな?」


「どうでしょうか?思ったより深刻そうでしたけど」


(どうせ、自身の欲を満たす行為とかなんかでしょう。数十分もすれば戻ってきますよ)


「そういう悪い癖は直した方がいいと思うよ…あたしは…」


 深刻そうな様子のヤマーに対し、心配と不信感をつのらせる。だが、他人の二階に踏み込むわけにも行かないので、リビングにて高木達は楽しく話し合っていた。


 数十分程度経ったが、未だにヤマーは帰ってこない。まぁ特段気にすることでもないので、テーブルにて話を続ける。


(あれ?そういえばフォスいなくね?いっつもあんまり喋らんほうだけど…ここまで喋らんことある?それに、袖も軽くなった気がするし。)


 家に入ったときには、しっかり聞こえていたフォスの思考が、ぷっつりと聞こえなくなっていた。何かあったのかと思い、フォスを収納しゅうのうしている袖を確認する。


(…いねぇ…まじかよぉ…えぇ…?まじでどこいったん?)


 フォスは、袖の中にはいなかった。突如として消えていたフォスに、若干焦りを感じ始める。呼吸が少し荒くなっていく。


(もしかして…ヤマーに連れ去られたとか?)


 フォスは、ヤマーに少し視線を向けていた気がする。もしかするとといったレベルだが、そのことがバレており、袖の中からフォスを連れ去ったのかもしれない。


 もしかするとヤマーは相当な手慣れなのかもしれない。


 そんな思い込みをしたことで、高木は、焦ったのか2階へ向かおうとする。その、二階へ行くという行為こういの重要性を理解せぬまま。


「あぁ...もう!!待ってろよぉぉ!!」


「えぇっ!?どこ行くんですか!」


 マーソが口で止めようとするが、焦ってしまって、大きく足音を鳴らしながら走る高木の頭には聞こえてこない。


 二階への階段をどたどたと駆け上り、二階へと上がる。階段の先には、すぐに曲がり角があり、その先に1つの扉があった。愚かにも、高木はその扉をノックもせず開けてしまう。


「返せぇぇぇ!!」


 ドアを蹴飛ばしながら、中に入る。中は、ドアから見て一番奥にはアンティークなニーホールデスクがある。壁にあたる位置には、本棚がずらりと並んでおり壁一面に本が並んでいた。


 その部屋のデスクの近くの椅子に、ヤマーは座っていた。なにやら、本を読んでいるようで、その読書中の本と、テーブルに置かれた紙を交互に見返している。


 高木が入ってきたことにより、ヤマーは声をあげ、椅子から転げ落ちてしまった。


「な…なんで来たんだね…来るなと言ったじゃないか!!」


 ごもっともな意見である。何も間違ってはいない。普段の人柄と、怒り慣れていない様子から、あまり怒っていないように感じるが、おそらく高木に対し、相応の怒りを向けているだろう。だが、高木はすでに頭に血がめぐっていない。


「うるせぇ!!フォスを返しやがれぇ!!」


(わたしの名前を呼んでどうしたんですか?あ…もしかして…袖にいると思ってました?すいません寝てました)


 フォスの名を呼ぶと、袖ではなく、ズボンのポケットからひょこりと顔だけを出してきた。


「…………………んぇぇ?」


 ポケットから出てきたフォスに、熱した鉄を水の中に入れたように熱が冷め、途端に冷静になる。


 状況を整理しよう。今高木は、フォスをヤマーに連れ去られたと思い、入るなと言われていた二階に来た。そして、二階にあった部屋の中に入った。そして、ヤマーに対し怒鳴り声を上げてしまった。


 もちろんだが、ヤマーはその事に対し怒り心頭である。だが、フォスは自分のポケットの中に隠れていた。


 これまでの状況を整理した結果導き出された結論は


「………すいませんでしたぁ!!」


 高木が完全に悪いということであった。

 綺麗な黄金比おうごんひを描いた土下座は、あれまで激怒状態だったヤマーがたじろぐ程である。


 袖の中にいるという認識と、意思疎通テレパーシー弊害へいがいが出てしまった。もう少し自分の体を確認すればよかったと思う。


「はぁ…そこまで頭を下げられたら、叱るに叱れないじゃないかね…頭をあげてくれるかね?」


 許しがもらえたので、頭を上げる。だが、流石に罪悪感ざいあくかんが消えることはない。


「…入ってしまったのなら…それに、追手おってという気配もないし…仕方ないかね…それに、客人をほっぽって私事に入ったのも申し訳ないしね。話そう。今私が何をしているのかを」


「いや興味ないんで大丈夫です」


「私がこの部屋でしていたことは秘密に…」


 話を始めてしまった。しっかり拒否したよな?と思うがまぁ、別にすることもなかったし、なんか今部屋から出たら可哀そうだし、聞いてあげようと思う。

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転生したけどバカだった~バカだったので世界最強の力を持て余す~ 隼ファルコン @hayabusafalcon

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