第11話 炎の輝きに魅せられて

「な、なんだ!?」


 突如として会場が闇に包まれる。先ほどまでため息交じりの乾いた空気がどよめきという名の波に襲われる。会場の外へ行こうとしていた観客も何も見えなくなったせいでその場へ立ち尽くすことになってしまう。


「何も見えねぇぞ!」

「しゅ、襲撃か!?」

「警備の奴らは一体何やってんだよ!!」


 光を失った人々は混乱に陥る。焦り、恐怖、苛立ち、全ての負の感情が会場を支配する。何も見えない暗闇が、濁り一つない黒が人々の心を蝕み、負の感情は隣から隣へと伝播していき会場は混沌に包まれた────


 のだが、そこに光が現れる。


 ボッという音共に会場に静寂が訪れた。舞台の真ん中に突然小さな火が生まれたのだ。その火はとても小さく、弱々しい。吹けば飛ぶという言葉が似合う小さな小さな火。


 しかしそんな火のおかげか、先ほどまで混乱の渦に陥っていた人々は多少の冷静さを取り戻す。か弱き炎はゆらゆらとしながら動き始める。まるでこの暗闇を照らすように、観客の心に入り込んでいた影を掻き消すように。


 右へ行って、左へ行って、ステージ上を縦横無尽に駆け回る。暗闇を照らそうとする赤い輝きに人々は目を奪われる。必死に会場を駆け巡る小さな火、不安がる皆を安心させるために必死に体を動かす火の周囲に新たな輝きが生まれる。


「見て!妖精さんだ!!」


 小さな子供の声が会場中にこだまする。そう、小さな火の周囲に火の妖精が数匹出現したのだ。小さな火は驚いたように体をゆらゆらと動かす。妖精たちはこの火が楽しく踊っていると勘違いしたのか、先ほど小さな火がしていたように会場中を飛び回る。


「わぁ……」「綺麗……」


 妖精が会場を照らしながら宙を舞う。目の前で火の妖精が泳ぐ姿に観客たちはまるでお伽話の中にやって来たかのような感覚を覚えただろう。先ほどまでの不安や恐怖はどこへやらあちこちで黄色い歓声が上がり始める。


 会場中をひとしきり飛び回った妖精たちは次に小さな火の周囲を楽しそうにくるくる回り始める。「私達と一緒に遊ぼうよ」と誘うように。小さな火は彼女らの誘いを承諾したのか妖精たちと一緒に会場中を泳ぎ始めた。とても楽しそうに、見ているこちらも一緒に飛びたくなってくるほどにくるくるとステージ上で踊り始めた。


 すると彼らの楽しそうな踊りに惹かれたのか、新しく火の玉が出現する。ボッ、ボッとどんどん火の玉が生まれ、妖精たちと、そして小さな火と共に会場でダンスを披露する。


「すげぇ!!」「なんて綺麗なの……」


 ひとしきり会場を泳ぎ、遊び疲れたのか妖精たちはすっと消えてしまったが、彼らの踊りの綺麗さに観客たちは拍手と歓声を送る。観客の大歓声を聞いた小さな火は嬉しそうに揺らめく。心なしか小さな火は先ほどよりも大きくなっている気がした。


 火の玉たちも遊び疲れたのかどこかへ消えてしまい小さな火は一人になったが、それでも楽しそうに体を揺らしながら空をふよふよと歩き回る。鼻歌を歌いながら歩いている時みたいにとても上機嫌に空を飛んでいる。すると小さな火と観客はある光景を目撃する。


「見ろ!青い火だ!!」


 そう、青い炎があったのだ。幻想的だがどこか奇妙な光を放つ青い炎、そんな青い火は周りからも疎まれているのかひとりぼっちで地面の上で光を放っていた。その青い光は小さい火よりもとても弱々しく、今にも消えてしまいそうなほどだった。


 小さな火はゆっくりと青い火の近くへと歩み寄った。そして自分の熱を、自分の火を分け与えるかのように寄り添った。自分も周りの火の玉と比べるとそこまで大きくはない。他人に分け与えるほどの余裕はないにも関わらず、小さな火は青い火に自分の熱を与えた。


 すると青い火は元気を取り戻したのか、独特な青い輝きを放つ体を元気にゆらゆらと動かし始める。先ほどまでは地面に這いつくばっていたが、徐々に元気を取り戻しすっかり空を飛べるようになった。小さな火と青い火はとても仲良くなり、その後は彼らの踊りに釣られてやってきた妖精たちと一緒に遊び疲れるまで会場で踊り続けた。


 しかし、青い火に熱を与えたせいか小さな火は飛び回る程の元気がなくなってしまった。楽しそうにしていた妖精たちも心配するかのように小さな火の周りをくるくると飛び回る。


 とりわけ青い火はこのことを悲しんだ。自分を助けたせいで、自分に熱を分け与えたせいでこうなってしまったのだと青い火は考えたのか、さらに弱々しさを増した小さな火を抱きかかえるように寄り添った。


 だがそんな青い火の力も虚しく、小さな火はどんどんどんどん輝きを失っていく。あんなに楽しそうに揺らめいてた体はもう既に消えかけており、涙をこぼすかのように彼の身体からは火の粉がぽつぽつと地面へ落ちていった。


 もう終わりなのか、悲しみに暮れながら青い火は小さな火を抱きかかえる。自分のことなどどうなっても良い、だから小さな火を助けてやって欲しい。そう願いながら青い火は小さな火に熱を与え続けた。


「頑張れー!」「負けるなー!!」


 観客たちの応援が会場を包む。良いガタイをしたおじさんから小さな子供まで、会場中のほとんどの人が黄色い声援を送る。小さな火は声援に応えるべく大きく体を揺らめかせる。しかし──────


 それが最後の輝きと言わんばかりに小さな火はどんどんしぼんでいく。負けたくない、消えたくないという思いを抱えながら小さな火は輝きを失っていく。観客たちは悲しみの声を上げる。この暗闇に光をもたらした小さな火が消えてしまうことに、観客たちは「負けるな」「頑張れ」と願いを込めながら大きな声を出す。


「な、何だ!?」「急に明るくなったぞ!?」


 突然会場中が真っ赤な炎により照らされる。隣の人……いや、反対側に座っている人の顔まで鮮明に見えるほどに会場が明るくなる。一体何が起きたのか、会場は困惑の声で包まれる。


「見ろあれ!」「あれは……鳥、いや不死鳥だ!!」


 何度消えても蘇る、命の象徴と言っても差し支えない火の鳥が小さな火と青い火の前に現れたのだ。不死鳥の周りで妖精たちが心配そうに小さな火を見つめていることから、妖精たちが不死鳥を呼び出したのだろう。


 不死鳥は大きく翼をはためかせると、小さな火の近くにどんどん火の粉が集まってくる。火の粉は小さな火を包むように集まっていき、しばらくすると小さな火を包む繭を形成した。そして──────


「うおおおおお!!」「生き返ったぞ!!」


 小さな火は前のような元気さを取り戻したのだ。死にかけと言えるほどの弱々しさはどこへやらとても元気そうに赤い輝きを放っている。輝きを取り戻したことに観客たちは大歓声を上げ、それに呼応するように青い火は小さな火へと抱き着いた。


 青い火と小さな火は抱き着いたまま会場中を飛び回った。まるで自分達の姿を見せつけるように、観客の大歓声に応えるように。ひとしきり会場中を飛び回った青い火と小さな火はステージの中央へとやって来る。もう終わりが近いと分かっているのか、観客たちは静かに二人の様子を見つめた。


 小さな火と青い火は何かを決めたのか大きな火柱を立てる。二本の火柱はゆらめきながらどんどん伸びていく。まるで豆の木のように、空へ空へと伸びていく。天井……この会場を覆っていた暗闇にまで到達すると、これが最後だと言わんばかりにメラメラと自分たちの体を燃やし始め、次の瞬間────


 会場を覆っていた闇が弾け飛び、会場中に暖かな光が差し込んだ。赤と青の炎が我々に光を取り戻してくれた。それが分かった途端観客たちは今日一番と言ってもいいくらいの熱狂ぶりを見せた。会場が大歓声で揺れ動き、その状態が何十秒も続いた。


 一人の少女が見せた火の物語に観客たちは席を立ち拍手を送る。「葬儀屋」という二つ名を聞いて侮っていた赤髪の少女に謝罪と敬意を込め、観客たちは称賛と共に彼女の名前を叫ぶ。狂ったような熱の渦中にいる少女は彼らの反応を見てニカッと笑った。

 

 今日この物語を見た人は漏れなく火というものの綺麗さに魅了された。自分たちが普段から使っている物はこんなにも綺麗で、人を惹きつけるものなのだと思い知らされた。一人の少女が見せた夢に、たくさんの人が心を打たれた。

 

 この日、魔法大会を見にやってきた観客全員が炎の輝きに魅せられたのだった。

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