第13話 生意気な願い事

 結局のところアタシが行きたい、というか、食べたい物を食べるだけで碧ちゃんは何がしたいのか分からなかった。

 誘って来たのは碧ちゃんなのに、行きたい場所や、やりたい事は何も言わない。アタシが提案した事に首を横に振る事はなく、ただ後ろを付いて来るだけ。

 アタシは楽しいけれど、流石に碧ちゃんの事も気になってしまう。

 せっかくの、デ、デートだというのに、アタシだけじゃなくちゃんと碧ちゃんも楽しいと思える1日にしたい。


「碧ちゃんは行きたい所や、したい事はないの?」

「私は別にないです。気にせず行きたい所に行ってください」

「……分かった」

 今度はアタシが碧ちゃんの手を引き、来た道を引き返す。

 電車に乗ったり、他の道を探してなんかはいない。アタシはもう帰り道を覚えているから。


「つかさ、どこに行くんですか?こっちは」

 アタシは一言も話さずに、ただひたすら歩いた。2人が見慣れた道の先は、アタシ達のアパート。

「つかさ?」

「碧ちゃんの部屋入れてよ」

 アタシが今1番行きたい場所を指指し、そのドアが開かれるのを待った。

「無理です」

 想像していたよりも、速攻で拒否された。


「なんで!?別にいいじゃん!」

「同じ間取りですよ?面白い事なんかありません」

「だからいいんじゃん?同じ間取りでアタシとどう違うのかが面白いんだよ」

「ダメです、散らかっているので」

「そっか……じゃあ、今日は早いけど解散かな」

 アタシは分かりやすく落ち込んだ素振りを見せて、隣のドアノブに鍵を差し込んだ。


「……分かりました。少し片付けるので待っててもらえますか?」

 今日の碧ちゃんは本当にいつもと違った。

 絶対冷めた態度で「そうですか、お疲れ様です」とか言うと思っていたのに。


 碧ちゃんはドアを少しだけ開けては、その狭いであろう入り口に体を捻じ込むようにして入っていく。

 碧ちゃんがドアが閉まる前に、アタシはすかさず足を入れて無理矢理阻止する。

「ちょっ――!」

 怒られてもしょうがない事をしてるのは分かっている。けれどこんな反応をされたらアタシだって我慢なんかできない。

 同じように体を捻じ込んでは部屋の中を覗くと、女子高生らしくキラキラした明るい色の部屋なのかと思っていたけれど、碧ちゃんらしい落ち着いた部屋だった。

 床に散らばった衣服以外は。


「あぁー……本当に散らかってたんだ」

「見なくていいですから!早く出てくださいっ」

 靴を脱いでは勝手に上がる。引っ越し初日に手伝ってくれたから、今回はアタシが手伝おうと思った。

「全然気にならないよー意外と碧ちゃんもだらしないんだねぇ?」

「つかさほどではないですよ」

「あははぁーまぁ、ね……」

 玄関から見えたのはほんの一部だけで、奥まで進むとその全貌がアタシの目に映る。

 沢山の服があちこちに置かれている。

 碧ちゃんが着るとは思えないくらい、派手な服に大人びた服。

 よく見ると散らかっていると言うより、ちゃんとセットになって置かれているように見える。


「もしかして、今日楽しみにしてた?」

「私から誘ったんですから、それ以外にあります?」

「ごめん……」

「なんで謝るんですか?」

 まさか碧ちゃんがこんなにも楽しみにしているとは、思ってもなかった。

 それなのにアタシはただ食べて、終わり。

 碧ちゃんの家にお邪魔してるとはいえ、もう最悪のデートじゃないか。

 ここから挽回なんて出来るだろうか?でも、楽しみにしてた本人の家で?


「あああぁぁ!!」

「なんですか……急に」


 1人でもんもんと考えている間に、部屋にあった衣類は碧ちゃんが片付けてしまっていた。

 碧ちゃんの部屋にアタシと似た小さな机がある。ここでいつもご飯を食べているのだろう。アタシはちょこんと座っては、碧ちゃんに向かって「お茶ちょうだい」と図々しく注文する。

「どうぞ」の言葉と同時に出てきたのは水。

「えぇー?嫌がらせぇ?」

「つかさが隣人の水道水を飲めるのは中々ないと、言ってたじゃないですか」

 いやらしく笑う碧ちゃんのその手には、オレンジジュースが入ったコップが握られている。

「へいへい!お客さんには水で自分はジュースかよ!」

「ごめんなさい、お茶は切らしててコレしかないんです」

「まぁ別にいいけどさ」

 アタシは水道水を流し込むと、ぷはっと息を漏らす。

 少しだけ緊張が解れたのが分かった。



「碧ちゃんさ、今日いつもと様子が違うのは今日が楽しみだったから?」

「別に普通です。どう違うって言うんですか?」

「いつも興味なさそうな冷めてる表情じゃないし、嫌みったらしい言葉も全然ないし、笑うし、人の指舐めるし、ちょっと気持ち悪い感じ?」

「沢山出てきますね。そう思ってたんですね私の事」

「あ、つい……でもでも!珍しい碧ちゃん見れて嬉しかったというか?年下の女の子相手にドキドキしちゃったよぉー!……なんてっ」

「……つかさは、今日食べてただけですけど楽しかったですか?」

「確かに食べてしかないけど、ちゃんと楽しかったよ?碧ちゃんは?楽しめた?」


 アタシは核心にせまる。碧ちゃんが口にする言葉を信じられるかは分からないけど、

 ちゃんと本心が聞きたい。


「つかさ、私は東京が嫌いです。皆が、つかさが思うほど楽しい場所とは思えないんです」

「なんで?」

「つかさの思っている事と反対ですね。騒がしくて、眩しくて、心が落ち着く所なんて全然なくて、だからつかさがここに引っ越してきた時、思ったんです。知らない田舎から来たこの人は、きっと友達や知り合いとは違うんだろうって。失礼かもしれませんが、今日は新鮮な反応を見れて楽しかったです」

「普通な感じだと思うけどなぁ」

 自分でも思う。そこまで田舎丸出しの反応はしてないんじゃないかと。

 きっと見間違いなのでは?兎月ちゃんの方が碧ちゃんの求めている反応な気がする。


「それと一つお願いがありまして」

 碧ちゃんはまるで、サンタさんが待ち遠しくてソワソワしながら窓の外を見る子供の様に微笑んでいた。

 でも、きっとそれを叶えられるのはサンタさんでも碧ちゃん自身でもない。

「いつか、つかさが言う田舎の実家に連れてってもらえますか?」

 碧ちゃんは、アタシにサンタさんを重ねているように、目を輝かせながら願いが叶うのを期待している。

「まぁいいけど……すぐには連れていけないよ?」

「約束ですよ!?私が卒業した後でも、もっと先でも構いません。いつか、私をここから引っ張り出してください」


 生返事とはいえ、アタシは約束を交わした。

 正直アタシは碧ちゃんの考えている事、思っている事が分からない。

 大袈裟な台詞にアタシは少し気圧されてしまう。

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アタシの隣人は生意気な女子高校生 ろんろん @lon0206

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