第12話 生意気なデート

「おま、たせ」

「それでは、行きましょうか?」

 アタシは玄関を出ると、すぐ隣に碧ちゃんが立っていた。

 デートをしようと言われたのか、アタシは女の子相手なのにも関わらず、すごく気合を入れてしまった。

 碧ちゃんの物静かな性格、見た目、その隣に立つならどういった服装がいいのだろうと、部屋中に服を並べては何時間も思考しては試着を、繰り返していた。


 碧ちゃんの私服は思っていた通り、落ち着いた白いシャツに、デニム。思っていたほどに落ち着き過ぎていた。

 はっきり言ってデートに行くほどのお洒落ではない。

 アタシは膝下くらいの黒いスカートに白いブラウス。アタシなりに大人っぽい感じで決めて来たつもりだ。

 だけど碧ちゃんを見ると、少し気合を入れ過ぎてしまったのではないかと、気恥ずかしさを感じる。



「えとぉ、それで何か予定とかってあるの?」

「そうですね……つかさの行きたい所でいいですよ」

 え?まさかの丸投げ?

 そっちから誘っといて?


 アタシは考えるも、何も思い付かない。それはそうだ、まだまだ東京に何があるのか知らないのだから。


「とりあえず、適当に歩こっか?」

 アタシは一歩二歩と前に進むと、碧ちゃんはアタシの右手を取る。

「デートだと言いましたよね?」

「……はい、すいません」

 なんだなんだ?デートしようと言ったり、手を繋いできたり、その癖何も予定を考えてないとか、今日の碧ちゃんは何かがおかしい。

 アタシは黙って手を握られている。じめじめと手が湿ってきている気がした。これはアタシなのか碧ちゃんなのかは、分からない。


「じゃあとりあえず、商店街言ってブロードウェイとか回ろうか?」

 アタシは兎月ちゃんとの1日を思い出した。

 少し兎月ちゃんに申し訳ないかなと感じたが、今は緊急事態な為、心の中で兎月ちゃんに謝罪しては、感謝する。


「なんかカレーパンやでっかいソフトクリームがあるみたいでね?先にお腹に何か入れようと思うんだけど、碧ちゃんはどうかな?」

「つかさのリードに従いますよ」

 確かに年上たるもの前に出なきゃいけないかもしれないが、ここはアタシのホームじゃないんだぞ。


 ぎこちない足取りで、まだまだ把握しきれてない道を歩いて行く。

 そしてまず目にしたのは「おやき処 れふ亭」。ここも兎月ちゃんが目を輝かせていたお店。


「ここ、たい焼きのお店なんだよ?おいしいんだって、まぁ碧ちゃんは知ってるかっ」

「たい焼きというより、大判焼きですね」

「回転焼きでしょ?」

「大判焼きです」


 2人してそんなやり取りをしながら、お店を眺めていると色んな種類の回転焼きがあった。

 焼き印で中身が違ったり、期間限定があったり、クリームじゃなくてマヨネーズソーセージなんてのもあった。

「あ、ここに今川焼って書いてるある」

「地域によって言い方が様々なのは知ってはいたけれど、同じ東京でも違うんですね」

 どこか納得がいかない様子で張り紙を眺める碧ちゃん。

 アタシはメニューを見て、何にしようかなと迷っているが、やはり気になるのはマヨネーズソーセージ。

 あの生地に合うのだろうか?と好奇心がアタシの財布を引っ張り出す。


「碧ちゃんはどれにする?」

「私はせっかくだから、食べた事のないチーズあんこにします」


 お店の人から商品を受け取り、アタシのは「秋」碧ちゃんのは「松」とか焼き印が押されていた。

「つかさお金――」

「お姉さんにリードされるんでしょ?」

 アタシは碧ちゃんがお金を出そうとする手を押さえ、ぱくりと「秋」を一口噛んだ。

 中身は平らな肉厚のソーセージで、マスタード風味のマヨネーズが口の中に広がる。


 これは軽食と思っていたが、余計にお腹が空いてしまう。

 美味い。あぁーがっつりご飯を食べたくなってきた。


「――っ!!」

 碧ちゃんも一口「松」を噛むと、はふはふと口を動かしては、なにやら険しい顔をしていた。

「どったの?」

「舌をやけどしました」

 碧ちゃんはぺろっと舌先を見せつけてきた。その姿にアタシはドキッとした。

「あ、あぁー!チーズ入りだからね!出来たてなのかな?気を付けてねぇ」

「ふぁい」

 空気で冷やしているのか、舌先を出したままだ。

 少し経つと、ふぅーふぅーと風を送り込んでは、もう一度噛み付いた。

 今度は大丈夫そうで、碧ちゃんはスムーズに咀嚼する。

「美味しいですね。あんことチーズって合うのかなって思ってましたけど、意外とありです」

 ご満悦の様子。

 食べ終わると、また手を繋いで奥へとアタシ達は進んでいく。


 自然と手を繋ぎ直してしまったけど、何か意味があるのか?と疑問に思う。

 周りからどう見られているのだろうか、少し気になってしまう。


 回転焼きを食べた後も、ほとんど食べ歩きをしてしまった。

 だって、アレを食べてしまったらもう、満腹にしないと気が済まなかった。


 カレーパンに、コアラのマーチ焼き。

 チキンケバブサンドからデザートに、でかいソフトクリーム。


 東京は美味しい物がありすぎる。心もお腹も幸せでいっぱいになった。


「よく食べますね」

「だってぇーどれも美味しそうに見えるし、我慢できないよぉ!」

 ソフトクリーム片手のアタシの顔は緩みっきりだ。

 碧ちゃんは回転焼きとコアラのマーチ焼きを食べていたけど、あまりお腹が空いてないのかな?

 アタシが食べすぎって事は……ないと思う。このくらい普通の量だって。


「では、確かめてみましょう」

 そう言って、碧ちゃんはアタシのソフトクリームをぱくりと、噛み付いた。

 アタシは咄嗟に食べやすくしてあげようと思い、碧ちゃんの口へ近づけてしまった。


「あ」

 アタシの行動はあまりにも遅く、碧ちゃんの口周りや、鼻にペタッと押し付けただけだった。

「わざとですか?勝手に食べようとした私も悪いですが」

 冷静な態度でジッとアタシを見るけれど、その汚れた無表情な顔はおかしかった。

「わざとじゃないよっ!」

 口周りをペロッと舐めとる碧ちゃんは少し色っぽく見えた。

「美味しいのは確認できました」

 舌では届かない所は指で拭い、またペロッと舐める。

「ほら、鼻にもついてるよ?」

 碧ちゃんの鼻先についた奴を、アタシも同じように指で拭い取ってあげると、つい同じようにペロッと舐めてしまう。


「――ッバカ!なんで舐めるの!?汚いじゃない!」

「え、アタシは別に、平気だけ、ど」

 別に汚いとか思っていない、相手は気にするのかもしれないけど。

 でもそれよりも碧ちゃんの急激な変化にアタシは驚いた。

 敬語なんて一切なく、その顔は真っ赤で、目も大きく開いてて、まるで氷が一瞬で溶けたように感じた。


「ごめんね、嫌だったよね?……それとも、恥ずかしかった?ねぇ?」

 謝る割には、悪びれる気持ちなんてなく、アタシはただ煽る。

「そうじゃありません。人の顔に付いた物を、な、舐めるなんて、汚いと言ってるんです」

「アタシは汚いなんて思ってないよー?あ、まだ付いてる」

 本当は何も付いていない。その綺麗な口にアタシはまたソフトクリームを押し付けた。

「んっ――もう……美味しいのは分かってますって」

 珍しかった碧ちゃんの表情は少し落ち着いてしまったけれど、今の顔も十分新鮮に感じた。

 溶け始めたソフトクリームはアタシの手に流れてくる。

 普通のサイズより圧倒的に大きい為、早く食べないとすぐ溶けてしまう。

 アタシも食べようと口を開けると、一瞬躊躇してしまう。


 あれ、コレ間接――

「もしかして、間接キスって思いました?」

 碧ちゃんはここだとばかりに反撃してきた。人を煽る目で見ては「食べないんですか?」と唆してくる。

「別に、子供じゃないんだし、そんな小さい事気にしないよ」

 勢いよく大きく口を開けてアタシはかぶりつく。

 碧ちゃんの跡を消すように。

 溶けてアタシの手が大変な事にならないように、急いで食べても、溶けていく早さには敵わなかった。

「ほら、手伝ってあげますよ」

 碧ちゃんは私の汚れた手を掴み、ソフトクリームを自分の口へと向けては、小さく頬張った。

「次はつかさの番です」

 アタシの意思とは関係なしに、口に近づくそれは、消したはずの跡が新しく出来ていた。

「ほら、溶けちゃいますよ」

 絶対わざとだ。仕返しにしてはやり過ぎじゃないか?とアタシの顔は熱くなっていく。

 意識せず、一切の躊躇なしにアタシはまた、新しい跡を口の中で溶かしていく。

 そしてまた碧ちゃんがアタシが残した跡を口へ。その繰り返し。


「つかさのせいでベトベトです」

 汚れたアタシの手を掴んだのだから、当たり前だ。

 アタシの手の方が碧ちゃんよりもっと酷い事になってる。

「後で手を洗いに行きましょう」

 そう言ってまた顔を近づけて、碧ちゃんは舐める。ベトベトになったアタシの指を。


「汚いんじゃ、なかったの……?」

「私はそうは思いません」

 さっき言ってたじゃないか。まさか自分はよくて、アタシはダメって事なのか?

 今日の碧ちゃんは全然つかめない。デートというのはコレが普通なのだろうか?


 アタシの心臓はドキドキと激しく鼓動する。この日は、碧ちゃんの目を見れなかった。

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