第11話 生意気な誘い

 あれから一ヶ月、アタシは早見さんに一週間ほど仕事を教わり、無事免許皆伝といったところで早見さんは銭湯を辞めて、本業のメイドに専念する事になった。

 アタシと碧ちゃんが閉店前に来てたように、早見さんと碧ちゃんが来るようになった。

 いつもニコニコな早見さんは、働くアタシを茶化しながら楽しそうにお風呂に入っていく。

 碧ちゃんはそんなはしゃぐ子供を連れてくる、お母さんのように見えた。


 ここの銭湯は時給1200円。時間帯によって加算されるから、閉店まで働くのでもっと高い。正直、業務内容にしては高くて驚いた。東京では普通なのだろうか?


 ただお金を貰って、飲み物やタオルを買う人と接して、在庫の管理に、閉店作業。

 お風呂掃除も開店前にやるので、閉店後はアタシは1人で広い湯舟に浸かってから帰る。

 ただ嫌な事はある。銭湯だからしょうがないけれど、男性の、まぁアレがチラチラと視界に入る事だ。若い人は少ないけれど、ご年配の方はからかうように、わざと隠さずに近づいて来る。

 アタシの反応が楽しいのだろう。早見さんはこういうあしらい方は上手そうだ。



「二条ーちゃんと働いてるかぁ?」

「こんばんわ」

 いつもの閉店間際、るんるん気分で碧ちゃんとお風呂に入りに来る早見さんは、本当に幸せそうだった。

「いらっしゃーい」

 2人はいつものように同じロッカーで服を脱ぎ始める。

 番頭台に立ってからアタシは薄々気付き始める。ここから見える景色は意外に悪くないと。

 少し遠いけれど、2人が裸になる様子を見るのが少し好きになっていた。

 おかしいとは思ってる、思っているけれど見るのは止められなかった。

 毎日変わる2人の私服を見て楽しんで、今日は下から脱ぐんだとか、靴下可愛いなとか、下着可愛いなとか、好きだからと言って、別にやましい事は考えてない。


 碧ちゃんは初めからアタシの前で堂々と裸になっていたが、早見さんも別に恥ずかしがったりなんかしていなかった。

 お互い前々から一緒にお風呂に入っているのだから、慣れているのだろう。

 早見さんも最初からアタシの前では、堂々と裸になっていた。

 毎回お風呂から上がると、体を拭いてからは裸で駆け寄って、イチゴ牛乳を催促する。

 駆け寄る姿は本当に小学生みたいで小さく、でもアタシより年上で、そんな早見さんの裸姿には変にドキドキしてしまう。


 曇りガラスの向こう側からは、いつも早見さんの明るい声が聞こえる。

 碧ちゃんの声は聞こえないけれど、楽しそうに会話してるのは十分ここまで伝わった。


「碧、前より胸大きくなってないか?」

「――――」

「ほんとか!?自分じゃ分からないけど、ちったぁ大きくなったかな?」

「――――」

「どう?変化してるかっ?」

「――」

「やったぜぇ!毎日イチゴ牛乳飲んだ成果だなぁ!」


 なになに?気になるんですけど、もしかして触り合いしてるの?

 いや、別に女の子同士だし、問題はないけどなんか声だけだと変に意識しちゃうじゃん。

 アタシの想像より上の事をしてるんじゃないかと思ってしまう。


 曇りガラスから2人の姿が近づいてくるのが分かる。

 ガラガラと戸は開かれると、早見さんは笑顔で、体を拭かずに真っ直ぐアタシに駆け寄ってきた。


「二条、イチゴ牛乳3本くれ!オレからの奢りだっ飲め飲め!」

 凄く上機嫌な早見さんの裸姿にアタシの視線は、胸に向いてしまった。

 アタシも2人の裸はほぼ毎日見ている。そんな早見さんの胸が成長したとなれば、目測してしまうのは自然な事。

「なんだぁ?羨ましいのか?」

 アタシの視線に気付いたのか、早見さんは自分の小さな胸を両手でむにっと持ち上げる。

 控えめに膨らんだ胸は、小さな手によって形が少し変わった。

 はっきり言って見て分かるほど変わった様子はない。

 でもその小さな胸が大きくなった事を、頑張って見せ付けるそんな早見さんの姿には、アタシは心臓をドキドキさせてしまう。


「え、えろいですね」

「……お前、もしかしてオレらの事そういう風に見てるのか?」

 早見さんは初めて裸を隠した。

「ち、違いますよ!てかそんなの見せられたら、誰だってそう思っちゃいますって!」

「うわぁーなんかガチっぽいなぁ」

 カッチィン。

「碧ちゃん!ちょっと胸寄せてみて!」

 アタシはムキになっては碧ちゃんに変な事を頼んでしまう。

 体を拭いてる最中の碧ちゃんは嫌がる素振りもなく、躊躇せずにアタシの注文を聞いてくれた。

「こう、ですか?」

「……」

「……」


 碧ちゃんは胸を両腕に乗せては、少し前かがみになる。

 早見さんの何倍か分からないほど大きいその胸は、寄せたせいか更に大きく見えた。


「二条、ごめん」

「分かってくれればいいんです」


 早見さんは素直に謝ってくれた。

 そして振り向いてはまた、アタシにそのぷっくりした胸を見せ付けるように寄せて、聞いてくる。

「こ、こんなでも、えろく見えるって事か?」

「は、はい」

「そっか……」

 俯いてしまったその顔はよく見えないけれど、自分の胸をむにむにと揉む早見さん。

 多分早見さんの性格とか、見た目とか、知っているからそう感じるのだろう。ギャップというのか、喜んでる姿が可愛くて、そうやって無邪気に見せ付けてくるから、アタシをドキドキさせるんだ。



 静かに自分のロッカーに戻って、体を拭く早見さんは終始大人しかった。

 2人が帰る支度を終えると、碧ちゃんがアタシの名前を呼ぶ。

 内緒話をするように口に手を当て、アタシが前のめりになるのを待っている。

 番頭台にいるアタシは碧ちゃんの要望通り、耳を近づけた。



「次の日曜日、デートをしましょう」


 碧ちゃんがひっそりと言ったセリフは、デートのお誘いだった。

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