第10話 生意気な思い

「早見さんの代わりにアタシが銭湯で働けばいいの?」

「早い話、そうですね」

「分かった。アタシで良ければやるよ」

「……詳細は聞かないんですか?」

「アタシも選んでる暇ないし、面倒な準備しなくて良さそうだしね?」

 履歴書とか面接とか出来ればしたくない。面倒な事をスキップして、家から近いなんて最高じゃん。


「書いてもらう書類はありますが、では数日後、早見さんに仕事を教えてもらいましょう」

「この事は早見さんまだ知らないよね?」

「はい。今日お話ししようと思ってます」


 早見さんの負担が軽くなるし、アタシも収入を得られる、願ってもない機会だった。


 そして夜、いつもの閉店前の遅い時間に、アタシと碧ちゃんは一緒にお風呂に入りに行っては、早見さんにアタシの家に来てくれと伝える。

 何故いつもアタシの部屋なんだろうと、気になったけれど、その疑問は口に出すほどではなかった。





「断る」


 早見さんは腕を組んで、絶対に退かないという意志を見せてくる。


「早見さん、銭湯で働くのは辞めてください。代わりにつかさに働いてもらいます」

「嫌だね」

「……」

「ダメです、辞めてください。私から母には言っておきますので」

「碧がやってんのは、不当解雇じゃねぇのかよ?」

「……」

「いいえ、違います。お願いしてるのに断る早見さんがおかしいです」

「理由も言わないこんなお願いが聞けるかよっ!?」

 

 そりゃ、早見さんも怒るよ。だって碧ちゃんは、一切合切、理由を言わないのだから。

 いきなり辞めてくれなんて言われたら、誰だってそうなる。

 はぁ、やっぱり碧ちゃんはバカなんだ。


「はぁ、ちょっとアタシから話をさせてください」

「二条は黙って――」

「今は私が説明して――」

「うるさい!!黙ってって言ってるでしょ!」

 アタシは大きな声量で2人の声を掻き消した。別に怒ってない、ただこの場をどうにかしたいって気持ちが声に出ただけ。


「早見さん、碧ちゃんがバカなのは分かりますよね?」

「つか――」

 アタシは碧ちゃんが喋るのを手で遮った。

「簡潔に理由を言います。碧ちゃんは早見さんの体の事を思って、決断したそうです。銭湯以外に、メ、メイドさん?なんですよね?」

「おい、笑ってんじゃねぇ。ぶん殴るぞ」

 どうやらこの反応は本当にメイドさんらしい。


「すみません、今日碧ちゃんに相談されました。頻繁にエナドリとかを飲んでる姿が視界に入って、それが気になって気になって、心配らしいんです。ダブルワークで体を壊されたらどうしよう、早見さんが病気にでもなったら、頼んでしまった私の責任だって。だから暇なアタシが早見さんの代わりに働いてくれないかと、お願いされました」


「だからなんだよ、オレは別に平気だっての」

 あれ?ここは感動して頷く所じゃないのか?

 少し大袈裟にして言ったのに、全く心に来てない感じだった。

 どうしよう、とアタシはうろたえながら碧ちゃんに助けを求めるようにアイコンタクトを送るも、碧ちゃんは目を瞑って黙ったまま。


 おい、こっち見ろ。


「碧がオレに……そんな事言うとは思えねぇ。お前、話盛ってんだろ?」

 意外と早見さんから信用されてないの碧ちゃん? 

 確かに少し盛ったかもしれない、でも言い方は違えど、理由に偽りはない。


「では早見さんが断る理由を聞いてもいいですか?」

 碧ちゃんが口を開く。確かに気になるけれど、単純にお金が稼げるからじゃないだろうか?


「別に、大した理由じゃねぇよ」

 早見さんは初めてアタシ達から視線を逸らした。

 気まずそう、深刻そう、そんな感じの素振りじゃなくて、単純に恥ずかしそうにしてた。


「早見さん、私が心配しているのは事実です。もし辞めれないほどの理由があるなら話してください。理由次第では私も引かざる負えませんので」

 早見さんが頑なに断るのにはやはり、相応の理由があるのだろう。


「……二条が来る前、いつお風呂に入りに来てた?」

「勉強を終えてから、閉店後に早見さんと一緒に入ってましたね」

「今は?」

「……閉店前につかさと来る事が多くなったでしょうか?」

 ん?これは関係のある話なのか?

 全く辞めたくない理由とは、かけ離れた話をしている気がしたが、アタシは我慢して黙って耳を傾ける。

「二条が来てから碧との時間が減って、もし辞めたら、オレは上に住んでるただのお姉さんになっちまうだろ?」

 自分のモジモジする足先を見ながら、早見さんは理由を教えてくれる。


「碧ちゃんと関わる時間が無くなるのが嫌で、辞めたくないって事ですか?」

「そうだって、言ってるだろ……」

 早見さんは足の指をぎゅっとすると、小さい体がより小さくなった気がした。


「はぁ、そんなくだらない理由でしたか」

「ちょ、碧ちゃん?」

「くだら、ねぇよな」

 更に早見さんは背中を丸めて小さくなる。

 濡れて寒がってる子猫のようなその姿は、今にも泣きだしそうに震えていた。


「早見さんには辞めてもらいます」

「碧ちゃんっそれは――」

 今度はアタシが喋るのを碧ちゃんの手で遮られた。

「早見さんの変わりにつかさに働いてもらいます。そしてつかさの変わりに、早見さん……一緒にお風呂に入ってくれますか?」


 早見さんの視界の先は、足先から、微笑む碧ちゃんへと向けられたのが分かる。

「……うん、入る……碧と入るっ!」

「ちゃんと体を大事にしてください。心配してるのは本心なのですから」

「ごめん、気を付けるよ」


 置いてけぼりなアタシは、ただ笑い合う2人を見る事しかできなかった。

 説明が出来ない碧ちゃんの代わりにアタシが説明して、アタシが想像してたよりも早見さんの理由は私的で、一時は大事になるのではないかと慌てていたのに。


「早見さんは碧ちゃんが好きなんだねぇ」


「……」

「なっ……」

 アタシの一言でふわふわした2人の空気が一瞬で固まってしまった。

「何言ってんだよ!!別に好きじゃねぇよ!」

「え、ちょっ!そんな意味で言った訳じゃ……」

 慌てふためく早見さんは、顔は赤らめながらアタシの服を引っ張る。

「私は好きですが、早見さんはそうだったんですね」

「はぇっ!?え、じゃ、じゃあ!?」

「早見さん!アタシが言ったのは恋愛感情の好きって意味じゃなくて、友達として好きなんですねって意味ですよ!!」

「~~~~~――!じゃあ初めからそう言え!!」


 アタシの引っ張られる服は暴れる猫によって伸びていった。




 こうしてアタシは早見さんの代わりに銭湯で働くことになった。

 正直茶番に付き合わされた感じだったが、これで早見さんの負担も軽くなって、問題の碧ちゃんとの時間も確保されたし、アタシも無事無職から脱却する事に成功したのだ。丸く収まったのには変わりない。


 ただ一つ気掛かりなのは、早見さんとアタシがじゃれ合っている時、碧ちゃんの顔はいつもの冷めた表情だった。

 いつもの顔と言えば、気にならないけど。

 アタシはどこか引っかかってしまう。




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