第36話 別れ

「お嬢様。ロアグリズリーに受けたという傷は、本当にもう何ともないのですか?」

 ユーチェさんが心配そうにセリスのお腹に視線を落とす。さっきダンデに報告しながら防具の傷を見せたとき、ユーチェさん倒れそうになってたもんね。

「跡も残ってませんわ。ニアのおかげですのよ。ね?」

 そう言ってウィンクするセリスの目線はニアの胸元に、そこに隠れてるボクに向いてる。

「上級ポーションといえど、処置が良くなければ後遺症が残ってもおかしくありません。ニア様、本当に、何とお礼を言えばいいのか……」

 ニア『様』に戻ってるし。

「私は戦えなかったのに、もうじゅうぶんすぎるお礼もらった」

「お嬢様に何かあったら、私は悔やんでも悔やみきれません。私が至らないばかりに……」

「はいはい、それはもういいですわ。でしたら、晩ごはんはユーチェのおごり。もうお腹がペコペコですわ」


 ◇ ◇ ◇


「ニア、これはもう依頼ではありませんが、今夜だけ、一緒に寝てもらえませんこと?」

 お店を出てそう言うセリスは、なぜかとても寂しげだった。

 ニアはあまり気にしてなかったけど、高級店だよねここ。

 ユーチェさん、こっそり財布の中身を見て気を落としてるし。

「うん。いいよ」

 見上げて言うニアに、セリスの顔が綻ぶ。

「……わたくし、明日はもう王都に帰りますの。お別れですわ」

 そうか、だから……。でも、その表情には、それ以上の何かがあるような……?

「また会える?」

 ニアはそれが当たり前のことのように聞いた。

「……世間修行は終わりですの。王都に帰ると、わたくしはお……貴族として振る舞わなければいけません。こうしてお友達と親しくできるのは、今が最後なのです」

 ニアを見るセリスの目が潤んでいる。

「ニア、ありがとう。ほんの数日でしたが、良い勉強ができました。何より、とても楽しかったですわ」

 歩きながら、吹っ切るように上を向く。……涙がこぼれないように、なのかもしれない。

「……」

 ニアの顔が戸惑いに曇る。

 ――ぎゅっ

 セリスは振り向くとニアに抱きついた。そして――

「だから、思う存分モフモフさせてくださいまし!」

 頬擦りしながら両手でニアの全身をわっしゃわっしゃとまさぐっていた。


 ◇ ◇ ◇


 ベッドの中、セリスがニアを抱き寄せ、抱きしめる。

 ニアはセリスの肩に顔を埋め、セリスはニアの頭に頬を寄せる。

 ニアに抱かれていたボクは、二人の胸に挟まれていた。

 寝るときに服を着ないニアの柔毛を背に、薄い布越しにセリスの柔らかい谷間に身体ごと挟まる。

(フェイ、ありがとう。恩は忘れません)

 ぎゅっ――

 セリスはボクの存在を肌に刻もうとするようにニアを抱く腕に力を込め、隣のベッドのユーチェさんに聞こえないくらいに囁く。

 大きくはないけどしっかりと主張する柔らかな双丘が潰れてボクを両側から圧迫する。

(セリスも、元気でね)

 かろうじて顔だけ出ているボクは答えた。

(……いつか報いることが出来るように頑張りますわ)

 天国のような圧迫感に包まれて目を閉じる。二人の呼吸で上下する胸に押され、そのたび柔らかな肉の壁に埋もれる。

 そのまま、3人ともいつしか眠りに落ちていた。


 ◇ ◇ ◇


「ニア、お元気で。さよならですわ」

 翌朝。南門へ向かう道で、セリスがニアを抱いて言う。

「うん」

(フェイも、お元気で)

(セリスも、元気でね)

 セリスがニアを放し、立ち上がる。その表情は晴れやかだった。

「ニア様、お世話になりました」

 ユーチェさんが頭を下げる。 

「うん。セリス、ユーチェ、さよなら」

 セリスがほほ笑む。

「いつか、また」

「……うん!またね!」

 もう会うことがないとしても。

 やっぱり、再会を願って別れたい。

(またね!)

 ボクも陰から再会を誓った。


 セリスとユーチェの背が離れていく。

 セリスが最後に振り向いて手を振る。

 ニアも手を振り返す。

 二人が人ごみに紛れて見えなくなるまで、ニアはずっと見送っていた。


 ◇ ◇ ◇

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伝説レアの妖精さんにTS転生したので超レアのもふもふ少女とコモンな冒険者を目指します くろはち @kurohachi

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