第3話 解放

それはまるで――

風に乗って、モカが「ありがとう」と囁いたようだった。まぶしい光が差し込んだ。


真白は目を開ける。

気づけば、また紗耶の部屋にいた。

机の上には、魔法陣の紙とモカの首輪だけが残っている。


光莉もゆっくりと目を開け、伸びをした。

「……ふぅ、無事帰ってこれましたね」


「ああ」

真白は軽く頷く。


紗耶はベッドの上で静かに眠っていた。

その表情は、先ほどまでの影が嘘のように穏やかだった。


「……終わったんですね」

光莉が小さくつぶやく。


そのとき、紗耶がまぶたを開けた。

ぼんやりと天井を見上げ、やがて二人の姿に気づく。


「……モカがね、笑ってくれたの」


その言葉に、光莉の目が潤む。


「そう……それなら、もう大丈夫だね」


紗耶は小さく頷くと、

枕元の首輪を胸に抱きしめた。


そして、ほんの少し――本当に、少しだけ。


口元に笑みを浮かべた。


真白はその笑顔を見て、ゆっくりと息を吐いた。


光莉がそっと立ち上がり、母親を呼びに行く。

廊下から母親の泣き声と、安堵の笑い声が聞こえてきた。


真白は椅子に腰を下ろし、外の光を見上げた。

カーテンの隙間から差す陽光が、首輪の金具をきらりと照らしている。


光莉が戻ってきて、微笑んだ。

「先輩、やっぱりいいですね。

 人の“心”を救うって、こんなにあたたかいんだ」


真白は少し目を細めて、窓の外を見つめた。


「……そうだな。けど、俺たちはまだ途中だ」


「途中?」


「ああ。今この世界のどこかで誰かが呪いで苦しんでいる。

 だから、俺たちは動かなきゃならない」


光莉は軽く頷き、笑みを浮かべた。


「じゃあ、帰りにパンケーキ食べていきましょう!

 任務後の糖分補給です!」


真白は小さくため息をついた。


「……お前、そういうとこ変わらないな」


「褒め言葉として受け取っておきます!」


笑い声が部屋に広がる。


窓の外では、朝の光が庭を包み込んでいた。

犬小屋の前に、一枚の落ち葉が舞い降りる。


それはまるで――

風に乗って、モカが「ありがとう」と囁いたようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心を解く者(リベレーター) 天森ヘヴン @amamori_tennsin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ