向かうところ敵無し

釣ール

理不尽と格差と傷だらけ

  香港映画、韓国アクション。

 兎鬼きてぃくにとっては震災後の規制強化で明るい世界観ばかりの邦画に嫌気がさし、涙あり笑いありのアクション映画に憧れるようになる。


 最初は俺だけの趣味と特別感があった兎鬼にとってインターネットの浸透しんとうによりテレビのアイドル路線とインターネットのオタク路線があまり気分のいいものではなかった。


 一度型にハマってみること、つまりプラットフォームがあることで出来ることがあると某優秀大学推薦漫画の影響で習わされた空手も続けたものの、サッカー少年なバスケ少年みたいなモテ方を異性にされなくて辞めたのに告白した女子は顔がイケメンの文武両道野郎に惚れていてあっさりフラれた。


 いやあここまで十代が波乱はらんじゃなくても上手くいかないとねられないや。


 確かにサッカーやバスケの細く実用的で試合以外誰も傷つけないスポーツは兎鬼も漫画で読んだり遊びでやるくらいには評価してる。


 頼むから空手も市民権得られるくらいの日本の漫画家さんいませんか?

 それが無理だったからカンフー映画は産まれたのかもしれない。



-高校卒業後で四月になるまえのこと


「免許も取ったし早速、高速乗り回すぜ!」


「出る時死にかけたのによく言うよ兎鬼きてぃくは。」


 高校生活は思ったより並だった。

 その方が話さなくていいし、話さなくてもいいから思ったより兎鬼きてぃくは要領がいいのかなあとうぬぼれていたりもした。


 連れの無王藍塗むどうほほつは外面だけだと自己主張が低そうに演じている穏健派おんけんは


「この規制が厳しすぎて出来ていたことが出来なくなる歳をとった国は窮屈すぎるからさ。

 いっそリスキーなキャラを語るくらいが嘘がなくていいだろ?」


「ガチでリスク引き当てたら馬鹿なだけだ。

 確かに一時期コロナ前の報道陣営だけが窮屈さを抜け出すテーマの作品をゴリ押ししていたことに関しては『お前らがいうんじゃねえ!』って一人ボーリングでストライクやるくらいには理不尽な世界だよ。」


藍塗ほほつ!共感してくれてないのかしてんのか分からねえな。

 ってソロボーリング?

 あれって安いようでロッカーとか代金かかんだろ?」


 金の時だけリスクを取らないねえと藍塗ほほつは呆れて肩をすくめる。

 それは兎鬼きてぃくも仕方ないだろと言いたげな目線で気をつかわせる。


「他のヤツらはここまで考えてないくせに大学に進学しやがった。

 やりたいこともねえのに体裁ていさい保つならその資金こちらに渡してくれても良かったのによ。

 車校行けるだけの金を出してもらった以上はこれは負け犬の遠吠え・・・いや、負け犬のくしゃみでしかねえ。」


「いいじゃないか。

似たような仕事や似たような人間関係がずっと続くだけのディストピアだ。

俺たちだって運良く就職できて、他の友人たちにフラットな気持ちでその事を伝えられるほど裕福じゃない。


その、なんだ。

高速はともかく気晴らししよう。


もう終わったことだ。」


 悪いと兎鬼きてぃく藍塗ほほつに謝り、拳をあてる。



-四月過ぎ



「おおおりゃあああ!グリーンアノールどもぉぉぉ!

天敵のお出ましだ!!」


 無武装限定食料調達むぶそうげんていしょくりょうちょうたつ地域と言われる素手と素足のみで駆除を許可された「外来種ケモノ」と戦えるエリアで兎鬼きてぃく藍塗ほほつはストレス発散ついでに食糧を手に入れるため戦っていた。


 AI技術が悪いYouTuberのイタズラで異国の地からやってきた動物に搭載し、弱い立場の生き物を利用して共存をのたまう倫理感が狂った者達を捕らえるために武道・格闘技経験者の兎鬼きてぃく藍塗ほほつはスカウトされる形で報酬、食糧を一生分貰える約束でエリアにて戦うことにした。


「ったく。

これなら高速乗り回してもらった方がローリスクだったかも、なあ!」


「副業しなくても報酬はあるし、めっちゃ人語話すグリーンアノール相手とはいえっ!

こいつらと食糧さえ手に入れば選択肢は豊富だ!しかも練習相手にはちょうどいいだろっ!」


 まるで特撮番組の兵士のように湧いて出てくる二足歩行の爬虫類「グリーンアノール」があの手この手に尻尾しっぽを利用して攻撃してくる。


 この事件をけしかけたYouTuberは捕まっている。

 しかしAIとグリーンアノールの親和性は人間の手を離れ、すっかり脅威の第一段階となっている。


 なぜここまで初期状態を見抜いて対処が早いのか分からなかった。

 想像したくないがあの悪徳YouTuberのデスゲーム趣味だと藍塗ほほつは推理したのだが。


「助ケテ、クレ!」


 一体のグリーンアノールが兎鬼きてぃくに駆け寄る。

 藍塗ほほつはボクサースタイルのアッパーで命乞いしたグリーンアノールを倒す。


「おぉい!味方になりそうな奴だったらどうする?」


 すると藍塗は倒したグリーンアノールが毒を仕込み、小さな青黒くにじむ尻尾を見せた。


「俺たちは素手と素足で戦わされてる。

経験者なら本来誰でもよかったはずだ。

だが俺たちが試合でどんな売り方をしてきたかを一面だけでなく判断した理解のある人間がスカウトした。


俺たちは生きるために・・・人間のエゴによって利用されてる外来種ケモノとフェアな者と判断された。


今まで何度もこのエリアにいる外来種ケモノが和解を提案してきた?

最初は騙されなかった兎鬼きてぃくもなぜ感化されている?


俺たちは聖人君子じゃない!

だが奴らも弱い生き物ではない!


死ぬか生きるか。

そこだけはフェアだ。


次は忠告もしない!」


 そういいながら兎鬼きてぃく藍塗ほほつに忠告されたのはこれで三度目。


「悪かった。何度もごめん。


奴らも人間を生きるためだけでなく襲うつもりだったな。

じゃあステゴロでまた戦ってやる!」


本当に怖いのは人間なのかもしれない。

双方そうほうが本能と命をかけてリターン込みで戦うのなら口よりも身体を動かすしかないのか。


藍塗ほほつもああは言ってるが爬虫類を家族に迎え入れているので良心が傷んでいるのが兎鬼きてぃくにも伝わっている。


 中学時代にいじめられた時と何も変わらない。

 時代だけが二人を含めた人間たちを追い込んでいく。


 何体か外来種ケモノを倒すと今度は装飾品を纏ったヤンキーチックの兄さんが現れた。


「へえ。ずいぶんとヤンチャしてくれるねえ。」


 おかしい。

 このエリアにいる人間は兎鬼きてぃく藍塗ほほつだけのはず。


 いや、あの兄さんは気がついている。


「雇い主からの依頼で、お前らにお礼を運ぶように言われていてねえ。

さあ、おいでよ。」


 藍塗ほほつ兎鬼きてぃくはアイコンタクトで兄さんの指示に従う。


「類人猿ってのは…いや人間って奴は人間から見てもウンザリするほど強者が好きだよねえ。

こんなに死体を増やしてまで信じたいのかなあ。君たち若い人間はどう思うの?」


 洞窟の奥まで歩き、兄さんは軽快に話しかけてくるが二人は生返事だけしかしない。


「エコーチェンバーってやつ?親しい間柄でないと挨拶もしないのかい?寂しい人達だねえ。」


 ここで藍塗ほほつは踏み込んで話しかける。


「フィクションみたいに住処すみかがあるわけじゃないとはいえ何時間も歩かせるのは妙だ。猿芝居さるしばいは俺達に通じない!」


 兎鬼きてぃくは尻尾が生える瞬間を狙って隠し持っていた突起物で切り裂く。

 しかしわざと尻尾を犠牲にした兄さんは他の外来種ケモノと違う姿へと変わり、藍塗ほほつは隙をついて相手のボディを狙う。


 しかし身体能力はヤツの方が上手うわてだった。


「ふーん。ほんとに人間は君達だけだったんだ。

俺に知らされた情報はフェイクだったのね。

どうやら俺は外れAIを引かされたわけだ。

人間が言うガチャに外れた?ってヤツゥゥ?」


 小言が減ってリーダーならぬボスが正体を現した。

 二人はボスに対して防戦一方となる。


「お前さん達は仲が良くていいねえ。俺なんて仲間がどんどん衰退直前のおサルさん達に減らされてしかもサルに猿芝居さるしばいなんて言われちゃってさ。

ストレス社会はお前たちだけじゃないって…思い知らされた、よぉっと!」


 岩をも砕く一撃を何度も繰り出し、暗い洞窟では人間である二人には不利だった。


「てめえら人間は結婚だとか財力だとかを幸せだとか思い込んで人間の中でしか強がれない間抜けな強者きょうしゃに票をくばって老いぼれるまで搾取されてりゃいいんだよ!

 」


 ボスの尻尾が生えてきている。

 背後への攻撃までは間に合わなかったか。


「ふん。俺が人間じゃないからこの程度の暴言は挑発にもならないか。

いや、君達は言われ慣れているのか?」


 話し合いでどうにかなると思い込んでいるのか、相手を馬鹿にしているだけか。


 経験者である二人はとにかく隙を狙っていた。


「おしゃべりは俺だけってか。まあ寂しいから聞いてくれよぉぉ!

そして死にやがれ!!」


 兎鬼きてぃくも念の為に戦いを避けられるのなら話し合いも選択肢に入れるつもりだったが叩きのめすしかないほど苛烈かれつな相手だと分かると傷を覚悟で攻撃をしかけた。



「喋りながらも隙を作らない対戦相手は海外でも日本にもいるが、やっぱ格上は想像の斜め上だな!」


 読める攻撃は学習した。

 あとは予想外だけ。

 そしてボスは思っていた以上に余裕がない!


 兎鬼きてぃくが戦い続けるなかで生まれた隙を藍塗ほほつがボスの脳天に一撃をお見舞みまいした。


 即死だった。

 兎鬼きてぃく藍塗ほほつは死んだボスに礼のポーズをとる。



「俺たちは殺戮さつりくマシーンじゃねえ。

せめてものつぐないだ。」


 動物や植物、人間相手に必要なこととはいえ気分がいいものではなかった。

 アドレナリンが出終わったあとはいつも二人は罪悪感に襲われていた。

 それでも切り替えて戦う自分達の非情さに何度も二人で涙を流したこともあるのはおたがいの秘密だった。


 すると洞窟の景色が変わって多数の人間が待ち構えていた。


「君達も強くなったなあ。まさかここまで駆除をしてくれるなんて。」


 報酬を黙って受け取り、ようやく仕事が終わった。


 あれだけ丁寧ていねいにスカウトしたのに終わったらもう帰っていいと言うのはさすが日本というかなんというか。


 さっさとこの場から逃げたかった二人は黙って帰路につくのだった。



 -かえりみち



「久しぶりに服を着るぜ。やっぱアクションは観てる側の方が面白いな。」


「そうかもな。」


「切り替える振りを藍塗ほほつの真似してやってみたけど、話せるのに分かり合えないのって人間との試合でも他の生き物でも辛いな。」


「ああ。けど、変にカッコつけるな。

リスク好きの兎鬼きてぃくってキャラが崩れる。」


「気を遣い過ぎたみたいだなあ。

はあ~あ。」


 もう労働も食糧不足にも悩むのは今のところはもっと先だ。


 二人とも殺していた感情と私情を少しづつ漏らしていた。


 あれはシミュレーションか。

 本当の敵がなんなのかはここでは明言しない。


 だから二人は街に戻る頃はどこにでもいる若者を演じている。

 秘密は二人だけが知る。

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