兄の熱

煙 亜月

兄の熱

 僕と兄がセックスしていたところ、後ろから突いていた兄がピストン運動をやめ、中に挿れたままで荒い息をついて僕の背中にもたれかかってきた。僕の中で兄はその怒張した猛りも次第にしおれていった。

「兄さん」

「ちょっと、しんどい」

 そういった兄は僕から引き抜き、そのままベッドに横向けで倒れ込む。満足できなかった僕は透明ディルドでぽっかり空いた穴を埋めようとする。しかし、倒れた兄が肩で息をしているのを見、ディルドをそこらに打っちゃり、「大丈夫?」と聞く。返事もなく過呼吸寸前の兄の額に手を乗せる。熱い。バカみたいに高熱だ。兄の顎を掴んでこちらを向かせる。目つきはとろんとして息は荒く、肩は上下し胸も大きく運動している。

 間違いなくインフルだ。

「兄さん、それインフルだよ。タクシー呼ぶから、来るまで換気して、来たら病院行こう。一緒についてくから」

「——寒い。窓閉めて。あと、病院きらい。ほかのもんまでうつされる」

 それを聞いた僕は兄に三点責めを仕掛けた。

「病院行くまでやり続ける」

「——鬼」 


 結局のところ、僕が看病することになった。脇の下とうなじを三点クーリングしつつ、キッチンで冷凍ご飯をチンして鍋でだしやめんつゆと一緒に煮詰める。最後に溶きたまごを回し入れ、鍋敷きとお玉と器、レンゲと一緒に居室に戻る。

「ほら、兄さん。特製おじやだよ」

「——食欲ない」

「口移しするからさ」

「うん食べる」

 もちろん僕だってうつされるのは嫌だったので、レンゲを口まで運んで食べさせるにとどまったけど、体温計、解熱剤、風邪薬、マスク、やわらかい氷枕、スポーツドリンクは買いに行かされた。

 検温してみると——ほらね。三十八度八分。

 体温計の数値を兄に見せてみる。「じゃ、病院行こうか、兄さん」

「買ってきた薬で何とか、なる」

 僕はかぶりをふって、「でも、換気だけはするよ」といった。

「じゃあ煙草吸いたい」

「ここ室内禁煙の物件でしょ?」

「でも換気してるし」

「それはそれとして、病人がそんなもの吸っていいことある?」

「だって吸いたいんだもん。どうせ人間はいつか死ぬし」

「でも、だって、どうせ。兄さんの悪い口癖だ」

「もう」

「いつから僕の兄貴は牛になったの?」

「もう口利いてやんない」

「いいよ、僕も牛語は分かんないし」


 僕は必要なものを手際よくまとめる。氷枕は冷凍庫に入れ、PTPシートの風邪薬は解熱剤と一緒に一回分ごとに小さな証明写真用ビニールパウチに入れる。これなら兄さんでも間違うはずもないだろう。

 おじやもタッパーに小分けする。レンジの使い方くらい分かるだろう、ただ自分ではやりたがらないだけで。


 僕に異母兄弟がいることは、僕が十七歳の時に知った。父が膵臓癌で入院中、放射線治療のしんどさゆえか弱気になって、相続の話をごく狭い身内に対し打ち明けたときに始まる。そこで僕は(直接的な表現こそしなかったが)妾腹の子であったが、子ども好きな父によって快く認知され、事実婚の手続きもさっさと済ませ、晴れて僕は父の子となったのだ。この話の内容の背景にそういったことが前提としてあること、お含みいただきたい。


 このように僕と兄は十四歳差の兄弟だ。別々の家庭で育ち、十七まで僕に兄がいることすら知らなかった。しかし、兄は少々いびつで、僕が高校生の時からストーカーをしていて、大学生になって始めたアルバイト先の同僚として入ってきた。


 初めて兄であると明かされ、その日の晩に犯された。

 兄は三〇歳をとうに過ぎているのに、本当にどうしようもないバカで、誰も寄り付かないような人物だった。そんなバカの相手ができるのは弟の僕だけだったから、そばに居続けようと決めている。


 兄は恭順に薬を飲み、スポドリを飲んで苦しそうな息をしてまた寝床に戻った。

 僕はほかに眠れそうな床面積がないので、仕方なく兄の横に身をねじりこむ。——落ち着くな。確かにこいつは態度もガタイもでかいしすぐ泣くしすぐ怒るしすぐ殴る。どこを取ってもいいところがないのだけど、それは僕に対してであって、外では聖人君子のようなやつだ。相当ストレスもたまるのだろう、僕に対してだけ『悪い子』になるのだ。だから僕は、そばにいる。弟だからという訳でなく、ただ——その、気まぐれのようなものだ。僕にも心変わりがあったら、その時は兄を泣かせてしまうだろう。

 ——嫌だな。


 結局、兄は風邪を僕に移して完治した。

「瞬! 兄ちゃんエプロン着たぞ。裸エプロン! 後ろ姿だけなら画像撮ってもいいぞ!」

「瞬! ほらおこげだぞ。おじやなんか俺の方が美味くつくれるかんな!」

「瞬! 口移しとあーんってやるの、どっちがいい?」

「瞬! マムシ酒とすっぽんドリンク、買ってきたぞ! この二種類は同時に飲んでもいいって薬剤師さんがいってたぞ!」

「瞬……なんであんましゃべらずにゲームしてるんだ?」

「瞬、ごめん。俺、ちょっとうざかったか? 口移しは一日二食にしとくよ……」

「瞬! 俺、昇給したぞ! ダッツの詰め合わせ、ふたりで食べようぜ!」

「瞬……ごめん……ダッツ、ぜんぶ食っちゃった……ホント、申し訳ないっつうか……」


 いい加減うるさいので僕は兄の減らず口をキスで口封じした。

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