業界に集まる人間はピンからキリ
前日の夜から憂鬱であった。この荷揚げの派遣バイトは、前日夜に作業指示としてE-mailが送られてくる。現場場所、作業内容、注意事項からは、簡単な現場なのか大変な作業内容かは分からないこともよくある。しかし集まる人員の名前をみて、ハッキリどんな現場になるのか予想ができる事は多々ある。
班長として来ている加茂。40代のベテランで、最後に会ったのは先月だったろうか。そのとき僕は遂に、会社に電話して加茂さんとはもう一緒に仕事を入れないでくださいと、直訴した。
「なるべくは、考慮して現場に人員決めますけど、全員の要望を聞けない場合もあるので、完全に対応できないことも了承ください」派遣会社の山本さんはバツが悪そうに答えていた。
その日の朝も、現場に先に来ていた加茂に挨拶をしたが、挨拶は返ってこない。
「山本、あいつバカだろ。なんでこの現場に新人2人も入れてんだよ。おもりしてるんじゃねぇんだよ。ボード運ぶの舐めてんだろうな」挨拶を返す代わりに、加茂と仲の良いベテランの加藤と話を続けているようだ。
「ほんと、この業界、集まる人間ピンキリだな」加藤の返す言葉を聞いて、お前たちのような人間がいるからな、と思った。
建築現場の資材の搬入搬出が主な仕事内容だが、沢山の重たい資材を持つことができる人間が偉いような、なぞの上下関係ができることが多々ある。
沢山の資材が来たときは、荷揚げ屋と呼ばれる人間の力の見せ所で、経験のない者が一回や二回運べばたちまちバテてしまうような量も、持ち方運び方がなれている彼らはうまく通常の倍以上も運んでしまう。実際に腕の力を使わないで、なるべく腰や身体の中心に資材を載せたり、背中に担いだりと、業界の技技もある。自分はそんなことも分からずに、最初の数週間は腕がパンパンになり、へとへとになっていた。さすがに数カ月過ぎると、持ち方の工夫を学んだり、先輩たちが教えてくれたりと慣れてきたが、この業界に残る者はえてして、身体が大きいか人よりも技術がありうまく資材が運べる人間達だった。
「おい、先生、きょうはタラタラやるなよ。キリねえし、同じ給料もらってんだから、怠けるのはなしな」加茂は、もう一人の人員、徳田さんに向かって言った。
「はい、迷惑かけないように頑張ります」
中学の国語教師だったという徳田さんは、この荷揚げの現場仕事が好条件だと紹介されて働きだしたという。前回、僕と2人で現場に入ったときは、丁寧に仕事をしながら、面白かった本の話など、色々教えてくれたが、今日の加茂が仕切る現場では、余計な話はしないほうがいい。
「先生、年齢とか関係ないからな。みんな早く終わりたいんだからな」加茂が、徳田さんの事をわざと先生と呼ぶのは実に不快だった。
「もう一人来ねえな。ふざけんなよ。たぶん新人だろうけど、バックレか。」
その日は、全員で5人集まるはずだった。メールでは最後に宇賀神という名前があったが、見たことがない。入れ替わりの多い仕事なので、このようなことはたまにある。
「まぁいいや、いてもいなくてもかわらねぇ」加茂は言い放つと「時間になったから、移動すんぞ」と集合場所から歩き出した。
「トラック10時まで来ねえとか、結局これかよ」
なにか加茂は文句を言っていることを楽しんでいるようだ。
「おい、先生、会社に新人来ないって電話しといて」
「はい、でもまだ時間あまりたってないので遅刻の可能性も」
「知らねえよ。遅れてココに集まれなかったとしても、そいつの責任だろ。キリねぇわ」
加茂が言ったときだった。
「ほんとすみません。詰所の場所わからなくて、遅れてしまいました」
彼は委縮した様子で、そそくさと現れた。
宇賀神の身体に、皆が一瞬注目する。あきらかにデカい。作業用の長袖シャツはパンパンに膨れて、筋肉の隆起はガタイがいいという言葉以上だ。明らかに専門的に鍛えなければそうならないだろうとわかる筋肉。巨漢、といっても身長は平均くらいだろうか、脚は作業用の緩めのボンタンに隠れていてシルエットこそわからないが、太いこと安易に想像がつく。
「つか、やたらいい身体してるね」加藤がすぐに話しかけた。
「あ、はぁ、ちょっと、はい」と宇賀神はペコペコしながら答えた。
「すみません。この現場って上履きいりますか。僕今日持ってきてなくて」
作業場に入るときに、宇賀神は小さく僕に聞いてきた。
「いや、今はいてるの雑巾で拭いちゃえば大丈夫でしょ」
と答える僕に、すいません、と謙虚そうな姿勢は崩れない。
「この仕事、長いんですか?」
僕が彼に聞くと、
「あ、登録してからはちょっと経ってるんですけど、全然シフト入れてなくて、たまにしか来れてなくて、まだ全然勝手が分かってないんですよね」
という。
「ていうか、相当身体鍛えてますよね」
「あ、はい。趣味で10年くらい筋トレやってまして」
「え、趣味ってレベルですか。それ」
「いや、まぁ、はい、がんばってます」
宇賀神はペコペコしながら、僕と徳田の後をついてくる。
「だから、最後一つ残してんじゃねぇよ」
加茂は徳田に声を上げる。
2m四方ある鉄筋の搬入であったが、2、3枚とまとめて運ぶのが常のようで、加茂は最後に一つだけ残した徳田が気に食わないようだった。
「え、これ運ぶ枚数とか決まってるんですか」
徳田の次に残された鉄筋を持った宇賀神が言った。
「いや、そんなことないけど」
徳田が言う。
「すいません。僕も全然慣れてなくて、迷惑かけます」
宇賀神の言葉に、加茂は何も返さない。加茂は宇賀神が現れてから、すこし様子がおかしい。僕に対するように、宇賀神にもなにも言わないで存在を認めないようしている。身体の大きな宇賀神は、作業には慣れていなく勝手も分からないようで、あたふたとしている。そのような人間には、罵声を浴びせるのが加茂だったが、宇賀神には何も言わない。
「こりゃ昼までかかるわ」
加茂が言う。
「え、そんなに急いでいるんですか今日。通常通りなら十分時間前に終わると思うんですけど」
宇賀神は無垢に言った。
「すいません。私があまり持てなくて」
なぜか徳田が返事をする。
「え、でも、これそんなにいっぺんに持たなくても十分終わる量ですよね」
宇賀神はまるで空気を読まない。正論である。
「おまえら、ここやっといて。オレと加藤で、向こうの資材運ぶから」
こんな加茂を見たことがない。
「適当に休憩な。オレ煙草すってくるわ」
加茂は行ってしまった。
「宇賀神さん、自分もジムで身体鍛えてたことあるんですけど、それくらいデカくなるのってやっぱり才能ですかね」
僕が聞いた。そのときだった、彼はそれまでになかったニヤリととした表情を一瞬だけ見せた。
「あ、いや、正しいやり方だと思います。ちなみにですが、どこデカくしたいとかありますか?」宇賀神の目は輝きだした。
「あ、いえ、たとえば胸とか凄いですよね」
「あ、胸はですね。上中下って分けて負荷かけるのがいいですよ。ちなみに10回がマックスで上げられる重さをしっかり把握するのがポイントですね」
宇賀神は、突然たくさんしゃべりだした。ウエイトの重さが重要であること、体重に比較してどれくらいの量を食べればいいのか、フォームとスピードが大切なこと、やたら丁寧に教えてくれる。
「そうなんですよね。だから筋トレするまえに淡水化物のご飯とかしっかり食べること、みんなおろそかにしちゃうんですよ。あと、スポーツ飲料のみながらやんないと、エネルギーが筋肉にしっかり伝わらないです」
彼は常にボディービルのことを考えているようだ。
その日、加茂は静かになった。徳田にも先生というのを辞めた。
「このあと、仕事はいってるのか?2件目の現場会ったら一緒に行きたいか?」
作業があっさりと終わってしまったあと、加茂は宇賀神に言った。
「いえ、すいません。自分、クラブでセキュリティーのバイトやってて、このあとそっち行かなきゃなんですよね」
「そうか。じゃ、またな」
「自分は、格闘技好きで、宇賀神さんくらいデカいといいな思ったことありましたよ」着替えながら僕は話しかけた。
宇賀神の目は輝く、
「あ、筋肉デカくても、強いとは限らないです。もしデカさとか気にしないで強さ求めるなら6回のレップで鍛えるのがおすすめです。自体中で鍛えるのも全身のバネも強くなるんで格闘家の方にはいいと思います。僕みたいに部分部分でかくするのはマニアですよね」
宇賀神はニコニコしながら喋る。
「宇賀神くんありがと!また宜しくね」
徳田もピンピンしている。
この業界には色々な人間が集まる。こんな出会いもあるからこのアルバイトも面白い。
最悪のアルバイト @Ascend55
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