第18話 ラビ急襲
=前書き=
デジャブ注意です。
=本編=
「あともう少しの辛抱だ! 切り離すからな!」
「大変世話になった!」
日米決戦の舞台がソロモン諸島に移ろうとニューギニアの戦いは変わらない。ニューギニアの要衝であるポートモレスビーを巡って日本軍と米豪軍が激突した。日本軍はサラモアとラエに上陸と陸路で目指すが、狭隘な地形と堅牢な防御に阻まれており、ラバウルを筆頭にニューブリテン島の航空隊が空から叩いている。
米豪軍も負けじとポートモレスビーから戦闘機と爆撃機を飛ばした。最近はミルン湾に面したラビに飛行場と魚雷艇基地を建設中と航空偵察から把握する。日本軍の輸送船団は空と海から妨害を受けることになり、ポートモレスビー攻略どころか、ソロモン諸島の維持さえ覚束ない。
「予定地点に到達した!切り離しまで10…9…」
「そんなものは要らない! 今すぐに切り離してくれ!」
「良いのか! こいつは想定以上にキツイぞ!」
「構わん! やってくれぇ!」
ラビはミルン湾に面するために海から強襲上陸を仕掛けることが常道と思われた。日本軍は自他共に認める強襲上陸作戦のスペシャリストである。画期的な上陸用装備の大発や高速輸送艦(揚陸艦)を擁して太平洋の島嶼部を電撃的に制圧した高い技量を誇った。
ラビは飛行場と魚雷艇基地が置かれている。強襲上陸作戦は非常に困難だ。飛行場を無力化して制空権を確保すると同時に魚雷艇基地も破壊する。これらを両立するためには大艦隊が必要だ。海軍の主力級戦力はソロモン諸島に集中している。海軍に助力を求めても基地航空隊の提供が精一杯だ。
ポートモレスビーの本格的な攻略前に戦力を消耗したくない。陸軍は単独でラビを制圧しなければならず、飛行場を無力化するためには意識外の奇襲が必要不可欠であり、やむを得ないと秘匿兵器の投入を決めた。
「切り離し!」
6時頃の日の出を背にしている。日の丸を掲げた爆撃機が護衛機を連れた。日本陸軍は中国総撤退から生じた余剰を太平洋に転用する。歩兵部隊や機甲部隊だけでなく基地航空隊も展開させたが、海軍の基地航空隊と役割を明確に分けることで効率化を図り、陸軍航空隊は専ら近接航空支援を担当した。敵飛行場に対して重爆と軽爆、襲撃、直協等々が1日に何度も反復攻撃を敢行する。
いいや、今日ばかりは様子がおかしい。
「あとは頼んだ…」
「このまま上空を通過してください! せめて機銃掃射で援護を!」
「わかった! 何なら旋回してやる!」
後方の機銃手たちが防弾ガラス越しに眺める先で翼を得た戦車が突入を果たした。
「目覚ましに戦車はいかがかなぁ! 榴弾だ! ひたすら榴弾を吐き出せ!」
「俺たちは止まりませんよ!」
「前進! 前進! 前進!」
日本陸軍は特異な空挺部隊の投入を決める。敵飛行場の制圧に空挺部隊は切り札の一つを為した。飛行場はだだっ広い滑走路を抱える都合で火砲を設置しづらい。陸路からの攻撃を受け止めることはできるが、空路からの攻撃は止められずに容易く通してしまった。
「こいつは面白いですよ。敵兵が逃げ惑うところへ榴弾を叩き込める」
「気持ちはわかるが油断するなよ。対戦車砲か重機関銃を持ち出してくるかもしれない。火炎放射器を持った四号車と五号車はどうしているんだ」
空挺部隊の奇襲攻撃は決して無敵ではない。空挺部隊は爆撃機又は輸送機から降下するので軽装を強いられた。37mm歩兵砲や75mm山砲/歩兵砲、60mm軽迫撃砲に軽機関銃、機関短銃、短小銃で武装する。仮に敵飛行場の守備隊が野砲や榴弾砲、重機関銃を装備していた場合は苦戦どころか一方的に殲滅されかねない。
これを何とかするために奇襲効果を高めるなど運用を工夫した。根本的な解決には至らない。空挺部隊の装備を潤沢に変えざるを得なかった。そこで空挺戦車ことクロ号(特三号戦車)の出番なのである。
「四号車と五号車が到着! 火炎放射器が唸っています!」
「よっしゃ! 火炎放射器の援護を得られる! 足を止めるな!」
「建物の間へ突っ込みます!」
「緩めるな! 行けぃ!」
ラビ飛行場を急襲したのは日本陸軍の空挺戦車である特三号戦車『クロ号』だ。既存の九八式軽戦車を基に空挺戦車と開発している。特徴は何と言っても「翼が生えていること」に尽きた。左右に長い主翼と尾翼を外装式に有して滑空機の性質を帯びる。グライダーの滑空機に括られた。九七式重爆撃機や百式重爆撃機に曳航してもらい、敵地の眼前で切り離されると滑空飛行から着陸を強行するのだが、着陸時の衝撃を和らげるために履帯と車体の間に分厚いゴムを挟んでいる。
「豆鉄砲も歩兵には十分だ」
九八式軽戦車から一〇〇式37mm戦車砲と同軸7.7mm機銃を引き継いだ。武装は貧弱と言って差し支えないが、飛行場を奇襲攻撃する以上は対戦車を切り捨て、対歩兵にシフトすることはさして不思議なことでない。それでも九七式中戦車の57mm戦車砲や二式砲戦車の九九式75mm戦車砲へ換装する改良案が提示された。
「重機関銃だ! 対空用の物を平射できたか」
「てっ!」
「沈黙したぞ。流石の腕前だな。機銃掃射も忘れずに」
敵兵は勇猛果敢にも対空機銃を兼ねる重機関銃を操作する。12.7mm重機関銃は高い貫徹力から軽装甲車両の天敵を務めた。天敵の出現を素早く察知して37mm榴弾を叩き込むと敢無く沈黙する。いかに37mmが小口径と雖も碌な防御を持たない生身の人間には過大な威力を発揮した。
天敵は対戦車砲よりも対空機銃と重機関銃である。重爆撃機が曳航できるよう徹底的に軽量化した結果が紙に等しい装甲なんだ。九八式軽戦車の時点で防御力は低いにもかかわらず、約10mmの装甲厚は小銃弾を止めるかどうかであり、機関銃陣地の制圧は急務に挙げられる。そのための切り札と火炎放射器を用意した。火炎放射器は装甲目標に無力でも軽装甲や非装甲には絶大を誇る。今回は片っ端から敵兵を重機関銃ごと焼き払った。
これ以上は説明せずともおわかりいただける。
特三号戦車はピーキーが過ぎていた。空挺部隊の秘匿兵器の運用は至難を極めて戦闘以前に事故の恐れが高い。実際にラビ飛行場制圧作戦に際しての猛訓練で失われた命もあった。上層部はいくらなんでもと作戦中止を下そうとする。現場から猛反対の突き上げを受けた。敵飛行場へ軽戦車が滑空で降下するという常軌を逸したが故に面白い。
米豪軍に目に物を見せてやる。
「敵の増援が来る前に制圧する! 我々が制圧に失敗した場合は友軍機が爆弾の雨を降らせる。爆弾に塗れることを御免とする者は我に続いて突っ込めぇ!」
「歩兵を守れ!」
「弾を絶やすな! 撃ち続けろ!」
ラビ飛行場の戦いは約3時間で終末を迎えた。
早朝の出撃準備を進める直前に奇襲攻撃を被る。それも戦車が空を飛んで来る光景に全員が硬直を余儀なくされた。ラビ飛行場守備隊は37mm対戦車砲や75mm野砲など潤沢な装備を有すれど、適切に扱えなければ玩具に成り下がってしまい、敵兵に鹵獲されることが相次いでいる。
「味方の到着まで何とか持ち堪える。滑走路が無事ならば爆撃機か輸送機が滑り込める。それに湾から上陸してくれるはずだ。俺達はここで砲弾と燃料が尽きるまで死守する」
友軍偵察機がラビ飛行場制圧を確認して直ぐに爆撃機が上空を通過する。これが制圧失敗の場合は容赦なく爆弾の雨を降らせた。生存兵の確認は省略する不条理を孕んでも承知の上である。あっという間に制圧できてしまったので支援を受けられた。今度は輸送機が飛来して武器と弾薬、食糧、水を詰めた物資を落下傘で投下する。ミルン湾から強襲上陸する地上部隊と合流するまで時間稼の物資を得た。こうして持久戦に臨むところ、上陸作戦もあっさり終わったらしく、未明には合流に成功してガッチリと握手を交わす。
ラビは日本軍の手中に落ちた。
これは連合国軍ニューギニア総撤退の始まりを意味する。
続く
帝国海軍の切り札 五十万トン戦艦 竹本田重郎 @neohebi
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