第17話 第一次ソロモン海戦の余韻

1942年8月中旬


「米軍の大輸送船団は壊滅状態です。三川さんの挺身隊が突貫して残存の護衛艦ごと粉砕しました。敵護衛艦隊を撃破して直ちに突撃とは…」


「一方の我々は徹底的に空襲を行ったのみ。ツラギの横浜航空隊が敵機動部隊を発見しています。ツラギは大規模な攻撃を受けました」


「ツラギは無事なのだろうか。そこだけが不安だ」


「連絡が取れておらず、何とも言えませんが、四航戦が救援に向かいました。我々もガダルカナル島の輸送が完了次第に向かいましょう」


 ソロモン諸島の戦いはガダルカナル島に集中する。日本軍はガダルカナル島に飛行場を建設して米豪連絡の遮断を試みた。米軍はガダルカナル島の飛行場を奪取してニューギニアを救う。日米両軍の戦力がソロモン諸島に集中することは必然と言える。


 つい先日も日米海軍が激突した。


 日本軍は海軍陸戦隊と陸軍の一個師団規模をガダルカナル島に送り込む。要塞砲や重砲、野砲だけでなかった。工作用重機も含まれる。武器と弾薬、食糧、水、医薬品も一緒に送った。これらを高速輸送艦(戦時量産型)が満載して連合艦隊の護衛を受けて突入する。米軍もまた海兵隊師団の投入を諦めていなかった。お互いにガダルカナル島輸送阻止を図る。


 これより数度にわたる大海戦が勃発した。


「ガダルカナル島への航空機輸送は特設空母に一任します。今すぐにでも向かっては」


「そうもいかない。敵がガダルカナル島を奪還に来る以上は離れられん。ツラギは四航戦の奮戦に期待する」


「角田さんなら負けることは無い」


「そういうことだ」


 先日の大海戦は昼戦と夜戦を合わせて第一次ソロモン海戦と名付けられる。日本海軍第一機動艦隊は未明から攻撃隊を発進させた。敵軍の輸送船団を護衛艦隊ごと攻撃する。米軍の大輸送船団は護衛艦隊と共にガダルカナル泊地から一時退避し、ツラギ方面の友軍艦隊と合流を急いだが、時すでに遅しを叩きつけられた。リッチモンド・K・ターナー提督は日本海軍の水偵に発見された際に全てを悟ったと言う。


 ツラギ方面の米海軍機動部隊は情報共有の不足から判断を誤った。フレッチャー艦隊という空母3隻から為る有力な空母機動は早々に退避を選択してしまう。ツラギを無力化してガダルカナルに向かう予定が想像以上の猛烈な抵抗に遭い、ツラギ島の奪還を諦めて空母の保全に走ったが、ガダルカナルの輸送船団と護衛艦隊を冷酷に切り捨てた。第一次ソロモン海戦を完敗どころでない惨敗も惨敗をもたらすと知らない。


 米軍は昼間の大空襲を凌ぎ切った残存艦を掻き集めた。輸送船から生存兵を収容すると改めて合流を急ぎ、三個部隊で泊地を囲んだが空襲によって数をすり減らし、夜戦に突入する時には全員が疲労困憊で満身創痍の様相を呈する。ソロモン諸島から退避するところを水偵に再捕捉され、照明弾の閃光に照らされた途端に8インチ砲弾が降り注いだ。


「五藤少将の指揮には疑念を抱かざるを得ません。加古を敵潜水艦の雷撃で失ったことは看過できるわけが…」


「いかに老齢艦でも貴重な重巡を失うなんて」


「南雲さんと一緒に陸上へ飛ばされる」


「それ以上はやめておけ。勝利に酔い過ぎだ。三川さんの顔に泥を塗ってはいかん」


 日本海軍も無視できない被害を受けている。特に重巡『加古』の喪失が痛かった。貴重な重巡洋艦が欠けたことはいただけない。伊吹型重巡洋艦(2隻)が参加すると雖も数が多いに越したことはなかった。加古は古鷹型重巡洋艦の二番艦である。さすがに老齢が否めず「最悪は失っても仕方ない」と言われたが、問題は喪失が戦闘によるのではなく、敵潜水艦の雷撃によることに置かれた。


 第六戦隊の五藤少将の指揮に疑念を抱かざるを得ない。第一次ソロモン海戦(夜戦)において加古を含んだ第六戦隊は見事に戦ったが、第六戦隊は輸送船団撃滅に参加しないどころか、ラバウルへ退避する際にあまりにもな油断を敷いた。加古は敵潜水艦の雷撃を受けて約5分で沈没する。五藤少将が対潜警戒を緩めていたが故に加古を失ったと見ることができ、ミッドウェー海戦から南雲中将が陸上勤務に左遷されたよう、五藤少将も海上勤務から退かされると散々な言われようだった。


 三川中将の評価は対照的にうなぎ登りである。彼は自身の『鳥海』と志願の『天龍』『夕凪』を率いて追撃戦の掃討戦に移行した。翌朝になれば敵機の攻撃を受ける恐れは重々承知である。敵護衛艦隊は壊滅状態でも残存艦を確認できた。輸送船団も全速力で退避している。敵は味方機の傘の下に入ろうと必死なのだ。そんなことはどうでもよい。たった重巡と軽巡と駆逐艦が1隻ずつの計3隻が追撃戦の掃討戦に突入した。


 そして、勝利を確固たるものにする。


「五藤少将の後任は誰になるのか」


「今はガダルカナルの守りに思考を向けよ。敵重爆が揚陸作業を妨害しに来るかもしれない。常に水偵と零戦を飛ばし早期発見に努めよ」


 ガダルカナル島の日本軍は奇しくも先の米軍同様に揚陸作業に追われた。


 ガダルカナル島の砂浜に一号型揚陸艦と百号型揚陸艦が交代制で突っ込んでいる。艦首の渡し板を下すと重装備が吐き出された。地上戦の主役たる兵士は揚陸艦から大発に乗り換えており、大発は輸送艦と揚陸艦をガダルカナル島の砂浜に連絡する。いわゆる、ピストン輸送に従事した。


 ガダルカナル島上陸時は支隊単位の数的不利が指摘される。一気に師団単位の投入と変わるどころかだ。小銃と軽機関銃、擲弾筒、迫撃砲等々の軽装から野砲と重砲の重装が送られる。兵士は中国総撤退から生じた余剰にビルマ方面から一定数を引き抜いた。重装備の中でも沿岸砲や高射砲は海軍の14cm砲や12cm砲と旧式を頂戴している。海上戦では旧式でも地上戦では絶大な威力を発揮してくれた。


「オーライ! オーライ! オーライ!」


「九七式中戦車改と九五式軽戦車の増援とは驚いた。こんな島に戦車がいるのか」


「それだけじゃない。自走砲も参加するぞ」


「飛行場を守るのに必死なんだなぁ」


 百号型揚陸艦は渡し板を下してから戦車と自走砲を揚陸する。大発も戦車を揚陸可能だが一度に約10両を運べる利点は持たない。米軍が退避中の限られた時間で多くの物資を届けなければならない。島嶼部への強襲上陸作戦のプロフェッショナルの意地を張り上げた。なんせ、米軍と対照的に友軍の制空権の傘と制海権の盾を享受できるのだから。


「いつでも上陸して来いってんだ。俺達は戦車もあるんだぞってか?」


「あとは飛行場さえ完成すれば…ガダルカナルは完全無欠の要塞と化す」


「直協だけじゃどうにもならない。海軍さんの航空隊がラバウルから飛んで来る」


 今回の大規模な輸送作戦で飛行場を一気に完成させるつもりだ。直接協同偵察機や水上戦闘機は所詮の急場しのぎに過ぎない。海軍航空隊が進出して米豪軍の行動を縛るため、一式陸攻後期型を中心とした陸攻隊はラバウルから直接飛んで来るが、零戦隊は航続距離の都合より特設空母が運んだ。零戦隊は全体的に強化された零戦三二型が供給されている。零戦二一型から航続距離が低下する点はガダルカナル島が前線基地であることで問題にならなかった。


「仮設飛行場は潰すのか。勿体ない」


「いんや、潰さんよ。あそこは陸軍航空隊が間借りするんだ。戦闘機は持たないで専ら直接協同偵察機と襲撃機、哨戒機が利用する。あの夜襲が想像以上に効いたことを受けたのを建前にしてね」


「本音は?」


「勝手な勘だが潜水艦対策じゃないかな。ここ最近は潜水艦から攻撃されることが増えた」


「アメさんは良い物を持っていないようだ。まさか味方の船に3本も突き刺さるなんて」


 ガダルカナル島に激闘の後とは思えない程の朗らな空気が漂っている。


 彼らの頭上に軽快なレシプロエンジンの音が響いた。


 地獄のガ島攻防戦が幕を開けるのはいつになるか。


続く

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