第参拾玖話:この世で最も残酷な褒め拷問

「まず最初に、なんで事前に話してくれなかったの?」


「……神楽達に心配かけたくないなと思いまして」


「それで無茶された方が心配するよ……そんなに信用ないの?」


 丑三つ時を超えた寅の刻、そこでまた俺は神楽達に正座されられて……極寒とも言える部屋で体を冷やしていた。

 神楽が怒っている理由は至極まっとうなもの、俺が事前に相談せず試練に挑む件であり……それに対する反論などはない。


「大体聞いたからいいけど……そろそろ本題に入るから覚悟してほしいの」


「……え、本題?」


「うん、龍水の試練の内容を聞いた時からこうなることは予想してたから別にいいんだ」


「じゃあなんで、俺は説教を?」


「それはさっき言ったとおり、相談なしに挑んだから――でもね、私が怒ってるのはそれじゃないんだよ?」


 そう言って、神楽は笑った。

 とても綺麗な顔で、いつもならこっちまで嬉しくなるような笑顔を浮かべて……だけど、心底思うのだ。なんかその笑顔が凄く怖い、死の恐怖とかじゃない本能的な恐怖を奥底から感じてしまう。


「私達はね夜見が大事だよ。それは夜見もそうだし、いくらクソボケだからといって変わることはない」


 そこで言葉を切り、俺のことを真っ直ぐと見ながらハイライトを消した神楽。

 いつにも増して圧を感じる彼女から顔を逸らすことなんて出来なくて、あまりにも自然にゴクリと息をのんだ。


「嘘をつくのは良かったよ。だってそうしなきゃ夜見が死んでたかもしれないし、でも早苗に対して一目惚れしたっていうのは……ちょっとずるいかな。私達だって言われてないんだよ?」


 こくこくと頷く朧様、無表情だが真神もそれに同意しているのか一度頷く。

 これ……もしかして嫉妬なのか? 

 確かに俺は神楽達の事が大切だし……本当に大事な仲間だからこそ、恥ずかしくて普段から感謝を言葉ではなく行動で示しているつもりではあるが……。


「だから夜見の神として命じるね、私達を褒めて思ってること全部今言って」


「……え、今なのか?」


「うん、今……じゃないと私は戦うことを許さないから」


 灯りがともった火之巫女亭の一階で、神楽の表情はよく見えるが……彼女も恥ずかしいのかほんのり顔を赤くして顔を逸らしている。 

 あんまり我が儘を言わない彼女だから……本心でそう言っているのが分かるし、俺も応えないととは思うけど、考えるだけで火が出そう。


「神楽……あの、せめて一人ずつ頼む」


「駄目今ここで私達に全部伝えて貰うから」


「…………心の準備を」


「一分ね」


「――殺生な」


 それは、あまりに酷じゃないだろうか?

 せめて早苗さんがいないところでお願いしたいのだが、神楽の……それどころか残る真神と朧様も期待しているのか、こっちを見てるし、逃げられる雰囲気ではない。

 

「……あの神楽……様、俺はどうすれば?」


「畏まるのは許せないけど――まぁいいや。そうだね、どうしよっか選んでも良いよ?」


「……あのぉ神楽様、流石にそれは――いや、それでいきますか?」


「やだ真神が最初がいい……」


「じゃあ真神からだね、私は最後で良いから……次は朧かな?」


 そうして自然に……俺の意思とは関係なく決まっていく順番。

 これは俺が悪いのだろうかと……何の拷問なのかと、自問するが答えは出ない。


 そもそも、こういうのって誰かの前でやることじゃなくないか? と言い出したいが、今更逃げれる雰囲気ではないので、目の前に来て尻尾と耳を揺らす真神に対して俺は口を開く。


「……真神は、いつも俺と一緒に依頼をこなしてくれて――町の子供とよく遊んでさ無邪気に遊ぶ姿が可愛くて、毎日料理を作ったら感想伝えてくれていつも作りがいがあるし……狼の時の姿とか艶のある毛並みが格好いい。それに……あの、布団に潜ってきたときの抱き心地が……そのいい、です」


「……うん、許す。これから毎日潜るね」


「それは驚くから止めてほしいなぁ」


「やっぱ、許さない?」


 既に限界な俺は、この時点で顔が真っ赤で……もう布団に潜って叫びたいレベルには駄目だった。これを聞いている早苗さんはどうなってるのかと視線をずらせば、早苗さんは目を隠しながらもこっそりこっちを見てて、顔が真っ赤だった。


「次はわたくしですね、準備は出来ていますのでどうぞ夜見様」


 ふんす……と意気込みようにそう言う朧様は期待からか、九本の尻尾と耳がゆさゆさと揺れている――一人目で既に限界な俺にこれ以上期待しないでくれと思いながらも、既に枯渇しているボキャブラリーに自分の無力さを嘆いた。

 でも、嘆いてもこの拷問は終わらないので……俺はもう舌を噛み切る覚悟をして、朧様を褒めることにした。


「朧様……は、凄い綺麗だよな。毎日欠かさず尻尾や髪を手入れしているのは知ってるし、所作が本当に洗練されて……だけど、気が抜けた時とか小説読んで微笑んでるときとかドキッとするし、何より……その幸せそうに何かしてるときの顔が素敵……です」


「……やはり夜見様はちゃんと見てくれるのですね、髪や尻尾の手入れは乙女の作法ですので――頑張って良かったです。それに、そうですか、私が笑ってるのが素敵と、ふふ……夜見様は可愛らしい部分もあったのですね」


「あの……大丈夫ですか? 夜見さん、既に涙目なんですけど……」


「自業自得だからいいよ……それより、最後は私だね。夜見は私の事どう思ってるの?」


 もう自棄だ。

 ……恥ずかしいとか知らない、ここまでの恥辱は……というかもう駄目だ。顔が熱いし何か視界が滲んできたし、熱すぎて目眩がするし深夜のテンションに任せて全部言ってしまおう。勝負はここで決める……というか、もうあれだ。


 この勢いに任せないと何も言えないし、もう神楽に思ってること全部言おう……さよなら尊厳、ウェルカム恥ずか死。


「神楽は……一番大切だ。最初に俺を救ってくれた大切な神様で、可愛いし綺麗だし、なんかもう俺の言葉じゃ足りない……初めて見た時の瞳とか未だ覚えてるし、いつも俺を支えてくれる大切なひとだ……これからもずっと一緒にいてほしい――それに、あのもういいか? そろそろ心臓止まるぞ俺、というか聞くなら顔逸らすなよ神楽」


 ばっくんばっくんとなる心臓。

 最早岩礁マグマを顔に敷き詰めたような熱さすら覚え、もう完全に敗走を選んだ俺は白旗を上げて降伏した。


 一番大切な、俺を助けてくれた神様に本心を伝えるのはマジできつい。ボキャが足りないとか、恥ずかしいとかの次元じゃなくて神楽も限界なのが余計にくる。

 というか、神楽のこんなに照れた顔とか見たことないし……それ見るとさっき褒めた以上の感情が湧いてきて、普段意識しないようにしてることすら思ってしまう。


「え、えっと……さ、流石は私の覡だね、よく出来ました。でも、今はちょっと顔を見ないでほしいな」


「……双方撃沈、ですね。夜見様にしてはよく出来たかと」


「……神楽様、照れてる。珍しい」


「仕方ないでしょ、こんなに夜見が真っ直ぐ言ってくること無いんだから――とにかく作戦会議は少ししたらやろうね、龍水の力のことはなんとなく分かるし試練自体は明日でしょ?」


「……それで、頼む。もう……一回休ませてくれ」


「うん、あと出来るだけ早く部屋戻ってほしいかも――これ以上一緒にいると襲いそうだから」


「――え、神楽?」


 なんか普段の神楽からは想像出来ないような言葉が飛んできた気がするが、絶対聞かなかったことにした方が良いと思う。とにかく俺は無事……とは言えないが、この生まれてきた中での一番の拷問を乗り切る事が出来た。

 

 こういうのを知らない早苗さんとか、完全にショートしているし……他の皆もなんか顔が真っ赤。そうやって全員が死んだその夜は、部屋に戻ることで解散となったのだった。






[あとがき]

 読了ありがとうございます!

 まじで今回の話が一番難しかった。戦闘とかシリアスとかこの小説を書いてて色々あったけど、純粋に作者が死にかけた話でした。単純にヒロインを褒めるぼきゃが無くて苦しみながら一番時間かけた回です。

 暫く惚気回は書かねぇ! と心底誓いながらも次回からは試練……つまりは戦闘回なので次話の作者がなんとかするでしょう。

 とりあえず、この話が「面白い」「夜見のクソボケw」「神楽達可愛い!」と思ったりしたら、よければ★★★やフォローをお願いします。

 それとこの回でどう思ったか気になるのでよかったら応援コメントくれたら嬉しいです。



 



 

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