第参拾捌話:吐露

「夜見さん、早苗です――あの、起きてますか?」


 丑三ツ時のこと部屋の扉が叩かれそんな言葉が投げかけられた。

 ただ悩んでいるだけだったし、寝れる気もなかったので扉を開けた俺はそのまま彼女を部屋に通す。

 

「起きてるよ……何の用だ?」


「今回の事ちゃんと話さないと……と思いまして」


「分かった。とりあえず入ってくれ」


「ありがとう、ございます」


 そうして彼女を部屋に招き入れれば、早苗さんは俺の顔を見てから口を開いた。


「まず、あの時に連れて行かれるのはだけはどうしても嫌で……あんな嘘をついてしまいすいません」


「あー……それはもう良いって、俺も乗っかって一目惚れしたって姫様にも言っちゃったし」


 秋の夜ということもあってか、少し冷え始めた部屋で彼女が気にしないようにそう言った。


「それでなんですが、私の話を聞いてくれますか?」


「いいぞ、元々聞かないととは思ってたし」


 俺はまだ彼女の事をあまり知らない。

 関わった中だと優しい人って言うイメージで子供達と仲が良いし悪い人というイメージはないし、何よりこの人は誰かのために命を使える人だから。


「私は……試練の時に死ぬのが怖くて逃げたんです」


「それは聞いたぞ、俺も分かるし……しょうがないだろ」


「そうですね、夜見さんはそう言ってくれます。だけど……こんなことになるなんて思った無かったんです。逃げたことで妹にも失望されたでしょうし、何より夜見さんが殺される可能性なんてまったく考えられていませんでした」


「……確か、凪沙様は嘘が嫌いなんだっけ?」


「はい……それすら忘れ私はあんなことを言ってしまいました。あの子は私の事を慕っててくれましたから。本当に私の生まれた意味を考えると、逃げてはいけなかった」


 ……生まれた意味?

 そう言われ俺は少し身を乗り出した。月明かりしかない部屋、最低限の表情しか見えない中で、彼女が何を考えているか分からないが……少なくともこれは大事な事ってのが分かった。


「夜見さん、私は――試練のためだけに育てられました。生まれてすぐに加護を与えられ、それから十五年間ずっと強くなるためにだけ育てられたんです。妖怪を狩り、鍛錬し……試練を突破し力を受け入れるための器として生きてきました」


「それは――」


 これを俺が酷いなんて言えない。

 これは前世の常識に当てはめて考えることが出来ないことだからだ。


 不知火家で生きてきた俺はそれを誰よりも痛感していて、次世代のためにとずっと育てられてきたから――そして、期待に応えられなかった俺には彼女にかける言葉が思いつかない。


「――年頃の少女らしいことなんて出来なくて、城の中から城下町のことを見るのが日課でした。鍛錬ばかりの中で、城の女中の話が楽しみでよく聞いていたことも、憧れたこともあります――というより、憧れるのが楽しかったです」


 甘味を食べたり、友達と遊んだり……恋をしたりと続ける彼女は夢見る少女のように、楽しそうに語る。それだけ彼女がそういう事に憧れていたってのが分かるし、その思いをひしひしと理解した。


「そしてまぁ、試練が始まって、戦ったのは良いんです。龍水様の九頭竜大神としての力と対峙して――戦って、死にそうになった時、思ってはいけないのに嫌だなぁって――このまま死んだら何も出来ないなって私は何のために生まれたんだろうって」


「……それで、早苗さんはどうしたんだ?」


「あはは、知っての通り逃げたんです。駄目なのは分かってるのに、どうしようもなくて逃げ出して、それで斗真叔父さんに見つけて貰って――初めて私は、やりたいことが出来ました。遊んで誰かと関わって些細な事で笑い合う……みたいな事を」


 ……そう言って微笑む彼女のことを考えると、確かに納得できた。

 子供と関わるときの姿や俺と真神と話してたとき……何よりこのお店のお客さんと関わっていた姿はどれもが楽しそうだったことを覚えている。


「初めて夜見さんと会った日なんて、すっごく驚いたんですよ? だって、私が誰かに守られるなんて想像した事なんてなかったですし……それに子供の頃に見た御伽噺の英雄みたいで格好よかったですし」


「あー……そう、なのか?」


「はい、そうですね」


 なんか急に褒められたことで微妙な空気が流れる中……余計に部屋が冷えてきたように感じる。というか、めっちゃ寒くないか? 今は寝間着で少し薄着とはいえ、あまりも寒すぎる……と思った瞬間の事、今まで気づかなかったけど部屋のあちこちが凍ってた。


「――えぇ」


 困惑のその声、あまりの事態に扉の方を見れば少しそこは空いていて……隙間から尻尾と狐耳が覗いていた。


「……朧様?」


「…………こんっ」


「いや、狐の鳴き声そうじゃないだろ……入っていいぞ朧様」


「あぅぅ、何故バレたのですか?」


「そりゃあ、この惨状を見れば……な」


 割と酷い光景だと思うが、氷柱さえ生えているこの現状。

 それを出来るのは朧様だけだし、何より狐耳と尻尾が見えてたし……。


「……えっと朧様はいつから聞いてたんだ?」


「早苗様が……部屋に入る所を偶然見まして。そこから、ですね」


「つまり最初からかぁ」


「そうですね――それで夜見様、話は変わりますが一目惚れとはどういうことですか?」


「え、いや――ほら、乗るって言ったし……城で姫様に言っただけだぞ?」


わたくし達に対してそういうことを言わないのにですか?」

 

 部屋の温度がさらに下がる。

 最早ぱきっと――氷が割れる音さえして、ひゅおーと風さえ吹いてきた。神使としての圧なのか、神威が解放され……どうしようもなく凍る部屋。


「あの早苗様、神楽様達を起こしてきてくれませんか? ――これは万屋の未来に関わることなので」


「――はい! 今すぐ呼んできます!」


「え、ちょ――早苗さん!?」


「ふふ夜見様は、私とお話です」

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