共に重ねた9年間

田中ソラ

本編

 私が太郎と出会ったのは9年前。14歳の時だった。

 倉橋家という陰陽界で名家として数えられる家で育った私は、陰陽師学園に行くことが嫌だった。学園は小さな家や一般家庭の子が行く場所で、名家で育った私にはふさわしくない場所だとずっと思っていた。でも父の命令には逆らえなくて、私は全寮制のそこに入学した。慣れ合いをする気もなく、早く見習い過程を卒業することだけを考えて迎えた4月。教室の扉を開けるとそこには驚きの人物がいた。


「蘆屋……」


 誰よりも高い霊力。誰よりも優れた体格。頭1つ抜けた彼の名は蘆屋太郎あしやたろう。ここから先、唯一無二となる人との出会いだった。

 倉橋と蘆屋。共に名家と数えられるが倉橋の方が一歩抜きんでていたんだろう。蘆屋家は中々術師として表に出ている人は少ない。陰陽界でも肩身の狭い家。でもそんな彼は居心地が悪そうな気配はなく堂々としていた。教師からも色眼鏡を通して見られているのに、同級生からも遠巻きにされているのに。何も気にすることなくひとり修行に励んでいた。初めて見る人種だった。


 倉橋家ではひとりで修行することはない。必ず師が付き、自主練以外でひとりになることはない。

 どれだけひとりで頑張っても習うことがなければ意味がないとされていた私にとって、信じがたいものを見ているような気がしてつい、声をかけてしまった。


「ねえ」

「……誰だ」

「私、倉橋京子くらはしきょうこって言うの。よろしくね蘆屋太郎くん」

「倉橋さんが何の用だ。蘆屋の俺に用事なんてないだろ」

「そんなに突き放さなくてもいいじゃない。もう同級生なのよ?」

「そんな見え透いた嘘。つく必要あるか?」


 初対面は正直、最悪なものだっただろう。彼は蘆屋の俺に用事があるとは思えないと私のことを突き放した。それに腹を立てた私は彼を煽るような口ぶりで話すがそんなのに火をつけるような人ではなかった。背を向けて立ち去る彼に、興味と少しの期待を抱いた。


 倉橋では、使えない人間は倉橋の恥さらしと呼ばれる。私は数いる兄妹の中で1番優秀だった。産まれた時から霊力が澄んでおり、6つの頃には小さな式神を作った。傍系だった家にとって私は希望の光だった。それでも倉橋家の中では傍流。本流には勝てることなく空気として扱われる。家では尊敬を、本家では虚無を押し付けられた私には対等な人間はいない。

 だから蘆屋太郎という人間が、私と切磋琢磨できるほど良き人間であることを期待した。


 それから私は事あるごとに彼へ付きまとった。朝は教室で、昼は共に食べて夜は寮の門限までは修行場にいた。続けていくごとに太郎は気にする様子もなく、私をいないものとして扱った。だけど邪見にすることはなかった。それが心地よくて、任務が始まるまでの間ずっとそれを続けた。そのことが教師の耳から家を通じて伝わってしまった時、正直焦った。

 倉橋家の本当の本家は土御門家。土御門家は安部家から派生したもので、安部家は蘆屋家と犬猿の仲だった。だから太郎から離されると思って、離れたくないと思って必死だった。


「倉橋はなんで俺にここまで執着するんだ。お前は倉橋だろ?」

「なんで、倉橋であることに執着するの? 私は私が仲良くしたいと思った人だからこうしてるの。お家なんて、関係ないよ」


 私は倉橋流陰陽師。それは婚姻してどこかの家に入っても生涯変わることはないもの。家に囚われることは嫌じゃない。だけど家を理由に仲良くならない理由にはならない。学園に入って、倉橋以外の人に触れて少しずつ価値観が変わっていった。だから私が倉橋京子だからって避けられるのが悔しくてたまらない。

 学園に入ってから、家に帰ることが嫌になった。家からの命令を聞くのが嫌になった。

 自分の好きにしたい。自由にしたい。制限されたくない。


「私は‼ 私は蘆屋太郎って人間が好きなの。それを否定しないで……」

「悪かった。倉橋のこと何も考えてなかった。保身に走った」


 いつの間にか涙を流していた私の頬に持っていた手拭で触れる。私の事を見る目が少し変わった気がした。憎悪と、少しの憧れを抱いていたその目は少しずつ協調の色を映すようになった。




 学園に入学して半年が経った。私は初任務に出る。

 倉橋家で他の陰陽師の任務に時折同行していた私にとって仕様が変わることはなく任務内容も簡単なものなので苦労することはなかった。それは太郎も同じで。怪我をして帰ることもほとんどなく、等級違いに出くわすこともない。仲間殺しに巻き込まれることも、今のところなかった。

 だけどひとり、同級生が死んだ。任務を片付けた後、運悪く霊門が開いてしまい出て来た2級の妖に殺されてしまった。同行していた陰陽師も重傷を負い、学園は任務選びに対して慎重になった。私達の学年で、初めての殉職。〝死〟が限りなく隣にあると再認識した事件だった。


 その事件を聞きつけた父が、1度家に帰って来るようにと命令を下した。先生に訳を話すと休みを取ることができて、私は学園に入ってから初めてお家に帰宅した。半年帰っていなくても家は変わりない。本家から2つ敷地を跨いで隣にある私の家は他家に比べて大きなものだろう。大門には門下生が門番をしており、跨ぐ時には挨拶をされた。家に帰ることは、憂鬱だった。聞かれることと言われることは分かり切っているから。


「京子です。只今戻りました」

「入れ」


 障子の先には上座に座る34代倉橋家当主、倉橋金三くらはしきんんぞうがいた。私の叔父だ。陰陽寮でも顔が利き、倉橋本家でも空気扱いされることのない優秀な陰陽師。桁違いの霊力と、その治癒術は祓いに長けていなくても、後方支援として名を広げた。この倉橋家を立て直した人のひとり。威圧感のあるこの部屋は、幼い頃から苦手だった。そしてそれは今でも変わっていない。


 正面に当たる場所に正座で座り、挨拶をする。


「学園はどうだ」

「はい。先日初任務に出、順調に任務をこなしております。2年以内には卒業できるかと思われます」

「そうか」


 ぽろぽろと近況を話していくけれど、本質には触れない。

 そんな話し方と、私に言わせようとしてくる強引さが、ずっと苦手だ。


「……先日、同級生が殉職する事件がありました。用心しようと再認識しました」

「そうか。それと、蘆屋の小僧と行動を共にしているらしいな」


 さらっと流された殉職の事件。やはり本質は太郎とのことだった。戻ってくるまで数多くの言い訳を考えた。でもそれは太郎の耳に入ったらいいものと呼べるものじゃない。考えた言い訳は全て流し、本心で話したい。でも当主はそれを許さない。立て直した家を崩されることを嫌うから。蘆屋を嫌うから。何度も何度も伝令式神で太郎との行動を慎むように言われてきた。だけどそれを拒否してきた。


 今日ここに来たのも賭けだ。ここで失敗すれば私は学園にいる間ずっと誰かをつけられることになる。それだけは絶対に阻止したい。だから本心と、少しの嘘を混ぜる言い訳を重ねた。


「蘆屋はほとんど表に出て来ていません。ですから蘆屋の技を少しでも盗めるよう共に行動をしてまいりました。蘆屋と親しくなることで倉橋に迷惑をかけることは必ずないようにします。彼は、悪い人ではないので倉橋の名が穢れることもないです」


 拒否されたらもう、後はない。心の中で祈るよう当主へ目を向ける。

 感情が見えない。表情も目の動きさえも変わらない。まるで私がそう言い訳することを分かっていたかのような素振り。この人はつくづく倉橋家当主であることを私に見せつけてくる。私にこうなれと、私にこうはなれないだろうと態度で示してくる。


「……1年だ。17までに卒業できねば蘆屋の小僧との接触を禁ずる。いいな」

「寛大なご判断ありがとうございます。ご期待に添えるよう精進してまいります」


 勝った。初めて当主に打ち勝った。障子を跨いだ廊下で、小さく笑みがこぼれる。これから先も太郎と関わることができる。また、太郎の傍にいられる。対等に、なれるかもしれない。


 小さな期待は大きな期待へと少しずつ形を変える。欲が少しずつ膨らんでいく。




********************************



 それから1年。私と太郎は同じ日に見習い過程を終了した。当主に言われた期限内に全てを済ませることができた。太郎とここまでずっと一緒にいれたことが嬉しくて、そしてこれからも一緒にいられることが嬉しくて、太郎に抱き着いたのは感情が高ぶったからってことにしてほしい。


 配属された課も同じで、最初の内は一緒に任務も行っていた。同僚が殉職した時は共に悲しんで、等級が上である任務にふたりで挑んで。怪我をしたときはお互いに治療し合って。

 太郎はいつの日からか私のことを〝京子〟と呼んでくれた。唯一名前で呼ぶ人に昇格することができた。太郎と時を重ねていくごとにその気持ちが増していく。これが恋だと気づいたのはいつからだったのか今となってはもう思い出すことすらできない。


「京子。ちょっといいか?」


 恋だと気づかなければ、こんな辛い思いもしなかったんだろうか。後になってから、辛いと気づいた自分に少しだけ呆れたのも、笑えてしまう。


「蘆屋から婚姻日の連絡が来たんだ。京子も参加してくれるか?」

「こん、いん? 婚約者いたの?」

「あれ言ってなかったか? 5つの頃からいるぞ。陰陽師として安定してきたからそろそろって催促されてもう断れない所まで来たから折れたんだよ。京子は唯一の女友達だし参加してほしくてさ」


 私は太郎と重ねた時が長いものではないが、太郎の全てを知っていると勘違いしていた。実際は何も知らなくて、何も知ることができなくて。蘆屋と倉橋の壁を感じた。本来なら私が婚姻式に参加できないはずだ。太郎が無理して私を招待しようとしていることはすぐに分かった。だけどその日は生憎海外の任務があり移動式神を使っても移動に時間がかかる。太郎の婚姻式には、参加できない。


 そう伝えれば残念そうな顔をしてすぐに諦めた。隣の課にいる井東くんにも声をかけにいくと襖を開ける彼の背中は、今まで見て来たものと全く違うようにみえた。何かを背負っている重々しさを感じた。

 太郎の婚約者は安門院明花あもんいんはるか。北を守っている名家。力はないし陰陽師として強いわけではない。むしろ足を引っ張っている邪魔者として名を広げている家と、蘆屋が婚姻する。私の方がいいのに、倉橋のほうが役に立つのに。そう思ってももう遅い。私にだって顔も知らない婚約者がいる。いずれ婚姻するだろう。今更、人生を変えることはできないのだ。



 海外の任務から戻って来た時、太郎は婚姻していなかった。なぜか問い詰めると婚姻式にはお互いの式神同士を仲介とし、式神同士を融合させることで婚姻が成立する。だが融合した式神が何らかの影響を受け暴走し、婚姻相手、安門院明花を殺してしまったという。それにより婚約は破棄され、安門院とも絶縁になってしまったらしい。


「なんで式神が暴走したか分からないんだよなぁ。後で調べたら呪いが付着していたらしいけど」

「……誰かに呪われたんじゃない? 婚姻に不満を持つ人とか少なからずいそうだし」

「不吉なことだよな。俺もう20だし今から婚約者また見つけるの大変すぎるだろ」


 私がいるじゃない。そう口にはできなかった。

 私はこの日から太郎への恋愛感情に蓋をすることにした。式神の暴走に自分が加担してしまったかもしれないと思ったからだ。自分の感情はふたりにとって良きものではない。倉橋の血は強く、美しいものだ。呪いになんて関係ないかもしれないけど、知らぬ間にふたりのことを呪っていたのかもしれない。そう思うと心を閉じないと隣に立てなかった。いや、もう隣に立つ資格もないかもしれないのに。


 太郎の隣に立ち始めて6年。随分と年を重ねてしまった。

 もう対等な人間だからとか、期待してるからとかそういう綺麗な気持ちだけじゃない。汚い、人に見せることができない気持ちも混ざり始めてる。


 ねえ太郎。貴方にとって私はただの友達。学園の時に執着してきて、今も隣にいる同期でもあり同僚だろう。もしかしたら相棒と思ってくれているかもしれない。だけど私にとって貴方は唯一の人。変えられない、誰にも変わりを務められない人。だからお願い、死なないでね。




「凄い奴がきたな。半年で見習い過程終了だってよ」

「驚いちゃう。土御門北星つちみかどほくせいくんだっけ? すぐに昇級していきそうね」


 太郎と出会ってから8年が経った。お互いに陰陽師としての地位は確率していて、沢山の部下ができた。教えることも、学ぶことも未だにあり、やりがいのある仕事。部下が殉職することも、少なくはないけれど他部署よりも気にかけて大事に育てて来た。それは太郎も同じで。いつからか優秀な陰陽師として、緊急連絡のみであれば陰陽頭に掛け合うことができるようにまでなった。倉橋家での立ち位置も変わり、本家からも認められた。倉橋家次期当主にまでなり、婚約者も新しくなった。何もかもが順風満帆だろう。太郎への気持ちも少しずつ収めてきて、今ではお見合いをすると聞いても大きく感情が揺れることはなくなった。大人へ、成長していっている。


 そんな代わり映えのない日常に変化が起き出したのは月並桜香つきなみおうかさんって子が部下になってからだった。彼女も優秀な陰陽師で見習い過程を1年半で卒業し、土御門くんと肩を並べることができると言われている子。月並家も最近名をあげているし陰陽頭の耳にも入っているだろうな。


「おはようございます」

「月並桜香さんね。こっちよ」


 2月。気候の変化が少ない京都でも冷え込むこの時期に彼女が配属された。一目見た時から優秀であることがはっきり分かる。でも辛い経験をしていそうな哀愁も漂う。そんな少し変わった16歳の子。

 部屋に案内するとすでに座っている太郎。新しく部下が配属される時普段は部署に行ってから挨拶をすることが多いのに珍しい、なんて思いながら太郎の隣に座る。


「私は倉橋京子よ。この人は蘆屋太郎。私達二人が桜香さんの直属の上司になるから、任務の振り分けだったりは私達が指示するからね。これからよろしくね?」

「はい! よろしくお願いします」

「……京子。此奴はいける」

「あら。太郎がそんなこと言うなんて珍しいじゃないの」

「度胸がありそうな肝の据わった女だ」


 太郎の目が、変わる。そんな瞬間を私は真横で目撃してしまった。

 最初は見定めるような目をしていた。優秀だけど生き抜くことができる生命力があるか。でも少しして桜香さんを見る目に色がでた。私には向けたことのない目。向けられることがない目。

 桜香さんの方に伸ばされた手は握手を求めている。そんなこと絶対にしないのに。霊力を人に当てることもしないのに。そんな、目をつけていますって人に分かるようなことしないのに。


「どうか太郎のこと怖がって避けてあげないでね。ぶっきらぼうだけどいい人だから。同期の私が保証するわ」


 怖がっている彼女に無意識に口に出した言葉。

 部下として桜香さんのことを気に掛けるけれど、人として好きにはなれそうにない。



 桜香さんとは太郎よりも過ごす時間が多かった。同性だし、年も近い方だから任されることも多くて。同じ年代で陰陽寮に入ったから辛さやしんどさ、向けられる目も知っているから時折相談にも乗った。その中で、彼女が気にかけている人がいることを知った。彼のことを話す彼女の目は暖かくて、どれだけ表情を変えないよう努力しても、目は口ほどに物を言うな、と再認識し自分も目で太郎のことを好きだったと語りかけていないか不安になった。


 彼女と触れ合う度に彼女の魅力を知り、惹かれていく。部下として、同じ陰陽師として彼女を好きになっていく。太郎が彼女に色を持ったのも仕方のないことだと分かった。すぐに諦めた。



*************************************


 色んなことに余裕を持てなくなったのは北都百鬼夜行が出現してからだ。1年に2度も百鬼夜行が出てくるのはおかしい。そんな事例を聞いたこともない。私と太郎は処理や作戦を立てるのに追われた。落ち着きのない日々を過ごしていく。倉橋から戻って来いと言われるのも無視して陰陽寮に居続ける。家に帰ってもお家の結界を強化するだけで今はこっちの方が優先だ。


 もう色々ごちゃごちゃで分からない。気づいた時には土御門くんが安倍晴明の生まれ変わりだと言われていて、気づいた時には桜香さんの好いた人が記憶喪失になっていて。気づいた頃には彼女が無所属になって。触れ合うことができなくなった。何が正しくて、桜香さんに上司として何をできたのか分からない。あとの後悔など、しても無駄なのに何度も後悔を重ねてしまう。

 後悔をしなかったことはない。部下が死んだ時、陰陽師を辞めて内勤になった時。太郎のこともそうだ。どれだけ後悔をしても戻ってこないから、今しかできないことをしようと務めて来た。でもそれは、間違いだったかもしれないとふいに思う時にはもう全て手遅れだった。


 〝蘆屋太郎が妖側に寝返った〟


 そう通達を受けた時頭が真っ白になった。ずっと一緒にいたのにそんな素振りはなかった。妖と接触することなんて少なかった。事情聴取されても知らない、分からないとしか言えない。また太郎の知らない部分が出て来て嫌になった。

 ようやく事情聴取から解放された時。太郎が蘆屋道満になったと連絡を受けた。正直もう何が正しくて、何を信じればいいのか分からない。でも太郎の顔をした知らぬ人が暴れているのは事実。私は太郎と親しかったことで刺客として疑われ牢へ入れられた。生家である倉橋からも巻き込まれないように追放された。部下も私から離れていく。


 手元には何も残らぬまま解放され、馬車馬の如く任務へ行かされる。沢山の鬼を祓って、人を助けて。心がすり減って、壊れていく音がした。霊力も少なくなって、怪我も増えていく。体がご飯を受け付けなくて、やせ細っていくのを自分でも感じた。

 ようやく少しの休みを取れた時。北都百鬼撲滅作戦が立てられ、酒呑童子諸共祓うとの通達を耳にした。その中には蘆屋道満の名も入っており私は急いで土御門くんを探すため陰陽寮内を走る。見つけた背中は、何かを背負っているかのように重々しく、いつの日か見た太郎の背中によく似ていた。


 呼びかけた土御門くんはすぐに振り向いて話を聞いてくれた。私は必死に訴えかける。


「……太郎と、話がしたいです。彼は蘆屋道満じゃない。陰陽師学園で同級生になってから9年一緒なんです。ずっと見て来た」

「できることならそうしてあげたいですけど、もう蘆屋道満に取り込まれている可能性の方が高い」

「それでもいいんです! せめて最期だけは看取ってあげたい……」


 取り込まれていても、彼の体がある限り蘆屋太郎は生きている。

 太郎の同期として、ずっと一緒にいたものとして最期を看取りたい。


 土御門くんはわりとあっさり作戦に加入することを認めてくれた。死を伴うと言われても私は作戦に参加する旨を伝えると了承した。最期を看取るために、太郎と話すために私は北都へ行く。

 北都は酷い荒れ方をしていた。東都百鬼夜行の時も北都百鬼夜行の時も私は現場に出ていない。だから実際の状況を目視できていなかったのだがこれほど現場が酷いものだとは思わず、殉職していった部下の墓へまた行かなければならないと思い、生きる意志を高めていく。


 北城付近にて鬼と戦っていると知った後ろ姿を見つけた。急いで向かうとそこには予想通り桜香さんがいた。


「太郎のところに、行くんでしょう? 私も連れて行って」


 桜香さんは蘆屋道満を殺さないといけないと言った。太郎に恩返しをしたいと言った。

 殺すことが恩返しになるかと尋ねて来た。


 正直それは分からない。でも私は太郎が死んだと思っていない。その肉体を違う魂が乗っ取っていたとしても太郎の魂は消えていない。太郎は実質まで死んでいない。陰陽師は死後霊になるからこそ、太郎の死を認めていない。だからだろうか。太郎の顔をした蘆屋道満から、太郎の魂すらももうないと言われた時泣き崩れてしまったのは。私に覚悟が足りなかったのは、本当に信じたくなかったのは。


 桜香さんの式神を超えて、太郎に刀を向ける桜香さんが見えた。

 彼女は太郎を殺そうとしているんじゃない。そう分かっていても太郎を殺そうとしているようにしか見えなくて式神を霊術で倒して、太郎と桜香さんの間に立ち塞がる。もう、なんでこうなってるか分からない。


「桜香さんごめんね。頭では分かってるの。でも太郎の顔したこの人を殺すところを見たくない」

「私はそれを承知でここに倉橋さんを連れてきたんです。退いてください」

「嫌よっ!」

「なら! なら最初からここに来るなんて言わないで……蘆屋さんを看取るなんて難しいこと必死で決めてここまで来たのに気持ち変えるんですか⁉」


 心に刺さる。私は難しいことを決めたわけじゃない。ただ太郎に会いたいからここに来ただけだ。

 必死に決めてもいない。ただ作戦に参加して着いてきただけだから。桜香さんの言うことは何も私に当てはまっていないのに、私が刺されたかのように胸に突き刺さる。


「人殺し。人殺し‼」


 なんで人殺しだって叫んでいるんだろう。彼女は何も悪いわけじゃない。太郎の肉体を殺してくれたことに感謝している。だけどどうしても、太郎の顔をしているから殺されたように脳が感じている。もう気持ちと、本能がぐちゃぐちゃだ。

 暗くなっていく視界の先に見えた桜香さんは、一筋の涙を流した。

 ごめんなさい。貴方は、何も悪くないの。悪いのは、何も気づけなくて殺すこともできなくて、全てを貴方にゆだねてしまった私なの。




「起きましたか」

「土御門、くん?」


 次に目を覚ました時、見慣れない天井があった。視界に映るは土御門くん。その表情は憑き物が晴れたかのようなのに、どこか辛さを含んでいるようなそんな顔をしていた。北都百鬼撲滅作戦は無事に遂行され、酒呑童子は祓われ、酒呑童子の子である鬼童丸は桜香さんにより常世へ追いやられたと聞いた。彼女は大きな成果をあげていた。私は何もできていないのに。


「桜香さんは今、どうしているの?」


 口ごもる土御門くんに違和感を覚えた。怪我をして寝込んでいるの? 喋れない状態? 会えない状態?

 深呼吸をして開かれた口から出て来た言葉に私は絶句した。彼女は大霊門を閉じるために人柱となったらしい。すでに大霊門の閉門は遂行された後であり月並桜香は英雄として書物にその名を刻んだ。


 私は彼女に会うことは愚か、謝ることすらできない。

 自分の保身に走って、自分の好きなようにして彼女の気持ちも考えないで本能で叫んで。自制も何もなかった。私は犯罪者で、彼女は英雄。


 私は英雄を苦しめた犯罪者として、その心に傷を負いながら生きていくことになった。

 私は何をしたかったんだろう。何をするべきだったんだろう。もう倉橋京子ではない。ただの京子として、ただの陰陽師として、桜香さんの上司として。太郎の同期として。


 倉橋京子という人生に課せられたものは、一体なんだったんだろうか。

 追及することも、解明することも今はもうできない。

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