第12話 黒竜の咆哮

 カイ・フリーデの剣はほぼ完全なる我流。

 ドルフ村にて衛兵隊長である父に剣の基礎は叩き込まれていた。そして、この終末を迎えてしまった世界で十年間、愛する者を守るためだけに培ってきた生き残るための剣として独自に昇華させていた。

 その剣は、今回の作戦の要であること時間稼ぎという点において、これ以上にないほどの効果を発揮してみせる。

 とはいえ、たかだか十年ほどの研鑽で超えられるほど、竜という存在は甘くはない。

 王国騎士たちの算段では魔具を回収さえすればこの竜の撃退に成功する……らしいのだが、およそ一時間ほど交戦を続けてきたカイとしては俄かに信じ難い。そしてそれは、どうやら共に戦っているテッカードも同じようで。

「――『エルデレーゲン』」

 中空に生み出した無数の鋭利な岩石を、竜目掛けて落とす。絶え間なく雨のように降り続けるそれは、しかしほとんど効果を示していない。圧倒的な物量を持ってしても動きを一時的に止めるだけで関の山。止む頃には、立ち上る土煙の中、ほぼ無傷の黒竜が恐怖を振り撒く黄眼で二人を睨み、再び羽ばたき大空へと飛び立つ。

「どうやら俺の剣だけじゃなく、アンタの魔法も大して効果がないみたいだな」

 特に問題なく飛翔した黒竜を見上げて呟く。

「だが情報通りだ。今のところは想定の範囲内。それに少しの時間ではあるが、動きを止めることはくらいはできるらしい。これは嬉しい誤算だな」

「とはいえ、あんな大技連発はできねえんだろ?」

 現状、カイが知っているテッカードの手札は治癒の魔法を除けば計三つ。

 岩の槍で突き刺す魔法。

 岩の壁で封じ込める魔法。

 そして、先ほど放った岩の雨を降らせる魔法。

 魔法を満足に扱えないカイからしたらどれも強力なものだが、中でも岩の雨を降らせる魔法――エルデレーゲンが、おそらく最大火力を誇る魔法だろう。それを裏付けるかのように、魔力の溜めが他のものよりも長かった。

 それに、あの魔法を使った後に、息が上がり目に見えて疲弊しているのがわかる。

「バレないようにしているつもりか知らんが、その程度で俺の目を欺けると思うなよ」

「……さすが、亡霊にはお見通しというわけか。だが、安心しろ。今のところそれほど問題はない。この戦いを満足いくくらいには戦えるほどの余力はある。私とて、自分のできることくらいは把握しているんだ」

「……それならいい。アンタに倒れられると俺も困るんだ」

 あの竜との戦いにおいて最も警戒すべきなのが初手にも放ってきた死の魔炎。ブレス攻撃だ。

 尻尾による薙ぎ払いや爪撃などの物理攻撃に関してはなんとか対応することはできているが、あれに関してはカイにはどうすることもできない。魔法によって障壁を作れるテッカードに頼るしかないのだ。

「……来るぞ!」

 上空から高速落下してきた黒竜。開かれた口の喉奥には煌々と燃えたぎる炎が見える。開戦と同じように、シュバルスケイルは黒炎の咆哮を放つつもりだ。

「テッカード!」

 振り返り、銀髪の騎士を見やる。すでに対応すべき魔法の詠唱は完了していた。

 詠唱完了と同時に、竜のブレスの溜めも終わる。

「『エルデワンド』」

 魔炎が解き放たれ、迫り来る。そのタイミングに合わせ、テッカードが地面に手をつき周囲に岩の壁を展開する。

「く……っ」

 竜の咆哮、膨大な熱波を魔法によって生み出した岩壁で妨害しているも、それは徐々にヒビが入っていく。

「ダメか……ッ!」

 度重なる魔法の行使。

 黒竜という、ベーゼと比べるまでもないほどの圧倒的な格上との戦いによって、テッカードには見るからに疲労が積み重なっていた。

 肉体的なものに限らず、精神的、魔力的な疲労もだ。

 だから、カイはこの作戦における第一段階である時間稼ぎにおいてこの状況を最も危惧していた。

 竜のブレス攻撃に対応できるのはテッカードのみ。長期戦になるにつれて、それが仇となってしまう。

「フリーデ……これは何とかして耐え切ってみせる……だから、後は頼むぞ……!」

 黒竜は羽を羽ばたかせ空中に停滞し、その状態で二人のいる岩のドームに火炎を吐いている。あのブレスは強力な分、持続時間に限界があるはずだ。

テッカードがそれまで魔法を維持し、隙だらけになった竜をカイが叩く。

「ああ、任せとけ。あのトカゲ叩き落としてやる」

「それだけ聞ければ、十分だ……っ!」

 目線をこちらに頬を吊り上げ、再度テッカードは前を向く。

 全てを焼き尽くす炎により、岩の障壁のヒビはさらに広がる。だが、テッカードは意地で、気合いで、死に物狂いで魔力を練り上げて維持している。

「……っ」

 しかし、広範囲高威力を秘める魔炎に対抗すべく限界まで高出力の魔法を維持し続けていたため、やがてテッカードの魔力は底をつき、エルデワンドは崩壊した。

 だが、それと同時に、魔炎息の持続時間も終わりを告げる。

 再び溜めの時間を設けようと、竜は上空へと行こうとする。

「行かせねえよ!」

 崩れた魔岩。そこから飛び出す一人の剣士。カイ・フリーデがテッカードの意思を継ぎ、竜の真上まで跳躍する。

「いい加減……」

 天高く掲げた銀色の刃に魔力を込め、

「落ちろ――っ!」

  全霊を持って竜の黒鱗に振り下ろす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

闇の支配者と失われた光 坂本てんし @sakamototen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ