第11話 魔具の眠る部屋へ

カイ、テッカードが竜と交戦している同刻。

 グレイグ、ソフィアは魔具があるとされる保管庫を目指し城内を走っていた。

 この役割分担には明確な理由がある。大前提として、まず魔具がある保管庫は王家の血を引くものにしか開くことはできない。よってソフィアが場内に乗り込むことは既定路線。対竜を想定するのであれば最も警戒すべきなのは火炎息。それを防げる魔法の使い手であるテッカードが必須となり、あとは前衛で動けるカイのタッグがベストだという判断だ。

 そして――、

「ぬうんッ!」

 装着している鎧の上からでも分かる鍛え上げられた肉体。それに裏付けされた騎士団随一の膂力を持ち、大盾による防御と斧による攻撃力を兼ね備えたグレイグがソフィアの護衛として最適解であった。

 襲い掛かる魔物の猛攻をグレイグが盾で受け止め、返しの斧で一撃で粉砕する。

 彼の生真面目な性格とは裏腹に戦闘スタイルはまさに豪快。勇ましいという言葉は彼のためにあるようなものだ。

「ソフィア様、無事ですか⁉︎」

「ええ、アンタのおかげでね。さ、二人がくたばらないうちにさっさと魔具を奪取しましょう」

 保管庫があるのは地下の最奥。

 入り口を抜けて階下へ繋がる階段を降りるソフィアを呼び止める。

「……姫、以前から度々思っていましたが喋り方や所作を気にしてください。機能していないとはいえ貴女は王家の血を引く唯一の人間です。世界が戻った時もそのような振る舞いでは……」

 その言葉に振り返らず背だけで応対する。

「……わかってるわよ。でも、そんなこと考えるのは魔の王を倒して世界を救ってから! 今もか弱いお姫様を演じていたら本当に弱くなっちゃうわ!」

 グレイグの忠告、というよりはお小言に反論し、ソフィアはむすっと下の階へと降りていく。その背を見つめるグレイグは小さくため息をつき、しかし昔から変わらぬその姿にホッと胸を撫で下ろしたのも確かだった。




「『クーゲルフォイアー』!」

 地下一階。

 保管庫があるとされるのはこの階層の最奥。

 階段を降り先へ進んだ二人に立ちはだかる牛頭の怪人。

 奴に向かってソフィアが放った火炎の魔法が炸裂する。

「グモォォオオオオオ!」

 燃え盛る牛人。しかし、奴は止まらない。自らを燃やした姫に向かって咆哮し、デカい図体から拳を振るう。

「ハッ!」

 ソフィアは下がり入れ替わりでグレイグが前に躍り出る。構えた盾でそれをしっかりと受け止め、防ぐ。

 牛人――ミノタウロスは約三メートルの巨体その全身が全て筋肉という天然の鎧を持っている。それによる物理耐性も脅威的ではあるが、何より全身筋肉の巨体であるが故のパワーが最も警戒すべき点である。

「ぐ……ッ」

 荒ぶる牛人は涎を撒き散らしながら一心不乱にグレイグに仕掛ける。連続で振り下ろされる拳撃。その一撃一撃が凄まじく重い。グレイグといえど全てを受けていられるほど余力があるわけではない。

 ミノタウロスが大きく振りかぶり渾身の一撃を叩き込んだ。

 それにより盾が後方へ流され大きくよろめく。同時に、ミノタウロスが片頬を吊り上げ勝利を確信した。

「――」

 その瞬間――赤い閃光が牛人の背後に回る。

 生存本能というべきか野生の勘というべきか。牛人の目線は自身の背後に送られていた。

 だが、その時にはもう遅い。

「せいッ!」

 急所を狙い放たれた細剣の突き。切っ先に魔力を集中させられた必殺の一撃だ。

「ッ、ゴモオオオオ!」

 ミノタウロスの全神経が自身の命に迫る危機に応じ、反射で振り向きざまに拳を振り抜いた。速度、パワーが掛け合わされた人間をいとも容易く破壊する拳撃。思考も何もない本能のままに撃たれた拳。

 それはソフィアに向かって飛んで行き――、

「――!」

 空を切って激突した壁を派手に崩した。

 ガラガラと瓦礫が崩れ去り、土煙が立ち上がる。

「残念」

 彼女の声は、牛人の頭上から聞こえる。

 対象に幻影を見せる魔法。

 それによりミノタウロスの虚をついて致命的な隙を生み出したソフィア。

 彼女はすでに空中。そのままミノタウロスの上半身にのぼり、口から喉にかけて刃を突き立てる。

「――『クーゲルフォイアー』」

 爆炎――。

 体内で炸裂させた灼熱の魔法は、初手のガワに放ったそれとは効果の桁が違う。

 確実に葬るために、何度も何度も撃ち込む。反撃の隙も猶予も与えず、徹底的に内側から焼き尽くす。

 そして、ついにミノタウロスは倒れた。

「はあ……はあ……」

 ソフィアは呼吸を整えながら突き刺したレイピアを抜く。血を振り払い、鞘に収める。

 後ろからグレイグが駆け寄ってくる。

「お見事ですソフィア様」

「グレイグが引きつけてくれたからよ。私だけの成果じゃない」

 事実、ミノタウロスの意識がグレイグに向いていたからこそ、ソフィアが背後を取れたのだ。この戦果は二人で得たもの。

 とはいえだ。

「それにしても、何故この城の地下に魔物がいるのかしら。地上ならまだ分かるわ。こんな世界なんだもの」

 ソフィアの疑問は至極当然のことだ。

 この城塞都市フォートヴェイルはたった一体の竜に滅ぼされた。しかし、それはあくまで結果の話。その過程の中では、魔物による波状攻撃があったはず。実際、城塞内にも魔物は存在していた。だが、地下は施錠された扉を抜けなければならない。それに入口は人間が通れるほどのサイズしかない。ミノタウロスのような巨大な図体の魔物はどうやっても通れるわけがないのだ。

 その疑問に、顎に手をついたグレイグが答える。

「おそらくですが、長年この辺りに滞留していた魔力が原因でしょう。魔物はいわば魔力そのものが生命を宿した獣。それに魔の王が解き放った闇が混在し、ミノタウロスのような強力な魔物を本来表れない場所にも生み出した

……そう考えるのが打倒です」

 ミノタウロスのようなスペックの高い強力な力を有する魔物は本来、ダンジョンや人の手が届かない洞窟の奥深くにのみ生息している。

 しかし、この世界の理は十年前に大きく歪んでしまった。

 本来あり得ないことも起きてしまう。例えば、ただの村人だった少年が急激に力をつけたことのように。

「ソフィア様」

 突如彼女を呼ぶグレイグの声。

 その視線は廊下の奥に向けられている。ソフィアも、その気配を察知した。

「……ええ。視えてる」

 奥から聞こえる重い足音。一歩一歩その重量を感じられる。

 彼女の眼に映る魔力の形は、間違いなくそれが脅威だと示している。

 そして、暗闇から松明の光に照らされて、それらが姿を現した。

「……あーあ。これはとんでもないわね」

 その姿を捉えた瞬間、ソフィアの口からは呆れた笑いが漏れ出した。

 ミノタウロスが列を成して、廊下の奥から姿を現したのだ。

 その数はここから見える範囲で少なくとも五体。たった一体倒すのにそれなりに苦戦を強いられたというのに相手は現状その五倍。気配と足音で察するにまだまだいることは間違いない。

「ほんっとにもう! どんだけいんのよ!」

 即座にレイピアを構え、詠唱を始める。

 すると、前に出たグレイグが顔は向けず背だけで声を飛ばす。

「ソフィア様。ここで奴らと戦うのは分が悪い。この戦力差の上、我々には長々と戦っている暇はありません」

 外では竜と対峙し、魔具を持って戻ってくることを待っている二人がいる。

 時間をかければこの状況を切り抜けられるかもしれないが、その間に竜に彼らが食い殺される方が先だろう。

「じゃあどうしろっていうのよ?」

「一発、奴らの中心目掛けて頼みます。そこからはスピード勝負。一気に駆け抜けます」

「……なるほどね。任せてちょうだい。こういうゴリ押し、私の大好物なんだから」

 ニッと歩的な笑みを浮かべ、中断していた詠唱を再度開始。

 術式を脳裏に浮かべ、魔力を練り上げる。構えたレイピアの切っ先に燃え盛る魔力が産声を上げる。

「ーー『エクスプロージョン』」

 爆発性を帯びた炎の魔法。

 しかし、本来の高出力で撃ってしまうと地下が崩れかねないので、抑えめでそれは放たれる。

 グレイグの頭上を越え、殺気立った牛人の群れの中心に見事命中。爆発し、熱と光が一気に広がる。

「今!」

 グレイグの叫び。

 彼は床を蹴り、体勢を崩したミノタウロスたちに速度を乗せた大盾を見舞う。グレイグ自身の膂力も相まって、ミノタウロスの列に大きな隙ができた。

 ソフィアもグレイグに続いてその隙間を一気に走り抜ける。

 去り際、もう一度火炎の魔法を背後に撃ち、ダメ押しの足止めをする。

 とはいえ、効果はあまりないと見た方がいいだろう。

 事実、その後すぐにこちらに向かう重い足音がどんどん迫ってきていた。

「ーーっ!」

 ミノタウロスの追従の中、地下一階の最奥。魔具が眠る保管庫の部屋に到着した。

 その部屋は頑丈な金属の大扉に幾重にも重ねられた魔法陣による封印が施されている。

 その封印を破るには、王家の人間の力が必要。ソフィアは手をかざし、その魔力に干渉する。

「早く早く早く……!」

 そうしている間にもミノタウロスの軍隊はこちらに向かってきている。

 廊下は基本的に一本道。いくつか別の部屋に繋がる道はあったが、奴らは夜目が効く。嗅覚も鋭いため真っ直ぐこちらに向かってくるだろう。

 一つ目の封印解除。あと二つ。

「ソフィア様! 私がギリギリまで食い止めます! 急いで魔具の回収を!」

「急かさないで、わかってるから!」

 封印解除に集中する。

 間接視野で、ミノタウロスとグレイグが戦い始めたのが見える。その盾でなんとか防ぎ、ギリギリで耐えているという状況。

「あと、一つ……」

 鋼が打ち付けられる音。

「くっ……」

 グレイグも守りだけじゃなく隙を見て斧で反撃しているようだが、そもそもの物量さで一体に手傷を負わせられても即座にまた一体と万全の牛人が攻め込んでくる。いくらグレイグに騎士としての力量があると言っても、それには限度がある。

 急げ。急げ。急げーー。

 ソフィアは自分にそう言い聞かせ……そして、ついに最後の封印が解かれる。

「グレイグお待たせ! 早くこっちへ……っ!」

 視線を向けると、ソフィアは言葉を失った。

 彼女を守っていたグレイグは、力なく、血を流して倒れていた。

 ミノタウロスの意識はすでにグレイグではなくソフィアに向けられている。

「ーーーー」

 動揺を隠しきれなかった。

 しかし、やるべきことはわかっている。彼が稼いでくれた時間を無駄にしてはいけない。足を止めるなどあってはならない。涙を流す暇はない。

 ソフィアは急いで部屋に入り、そして、そこにある魔具ーー自身の髪色と同じ真っ赤な刀身を輝かせている宝剣を手に取る。その刃はまるで炎のように波打ち、その魔力は彼女が手に取った瞬間に、彼女の魔力に呼応するように急激に高まった。

「ゴモォオオオ!」

 部屋を突き破る牛人の群れ。

 鋼の扉をいとも容易く殴り壊した腕力は目を見張るものがある。

 だが、今はもう、そんなものは関係ない。

「グレイグを、よくもやってくれたわね」

 彼女の手で煌めく灼熱の宝剣。

 待ち望んだ主という存在にまるで歓喜するかのように、光が強まっていく。

「ーー覚悟しなさい」

 彼女の怒りは炎の魔力。

 今、人類反撃の狼煙が上げられた。

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