第10話 フォートヴェイル 開戦


 城塞都市フォートヴェイル奪還作戦。

 最優先事項は魔具の回収、及び竜の討伐。

 この作戦が成功すれば闇の軍勢との戦いを有利なものへと運べるというのが、彼ら王国騎士たちの見解であった。とはいえ、カイからすればそこはさほど重要なことではない。魔具という強力な武器を手にし、魔の王を倒すための足がかりとする。この作戦において、そのことしかカイの頭の中にはなかった。

 そして当日。

 カイ含め部隊の面々は王国から支給された対竜の戦闘を想定して作られた熱と衝撃に強い鎧を装備し、武器もそれに合わせて新調。万全の準備をして、王城地下へと集結していた。

 全体的にジメッとした狭くて暗い空間。とても神聖なものとは程遠い雰囲気のその部屋の中央に淡い光を宿した魔法陣があった。

「これが、王国が保有している転移魔法陣。転移の巻物の原型となったものだ。転移先はもちろんフォートヴェイルに設定してある」

 そう語るのは騎士団長シュッツ。

 真剣な蒼い瞳で戦地へ赴く全員に視線を送りながら、続ける。

「おそらく、転移後すぐに竜との戦闘が想定されるだろう。そこからは君たち精鋭の力の見せ所だ。作戦は先ほどグレイグから聞いただろうから、不要だね」

 ここへ来る前、大テント内にて装備品の支給と同時に作戦については全てグレイグから説明があった。初手の動きはあらかた決まっている。あとはアドリブでどこまでやれるかというのが問題だ。

「……では、健闘を祈る。必ず生きて戻ってくるんだ」

 台座に乗った四人はその言葉を受け取り静かに頷く。

 淡い光に包まれ、やがてそれは徐々に弱まり、視界には新たな景色が映り込む。

 城塞都市フォートヴェイル。崩れている民家、焼け爛れ、抉り取られた大地。惨状が悲劇を物語っているが何よりカイの目を引くのはフォートヴェイルを鉄壁と言わしめた巨大な要塞。たった一体の竜が落とし、魔具が眠っているという城。

「!」

 そして――耳に届いた大気を震わす咆哮。

 四人は雄叫びが聞こえた空を見上げ、その正体を見て絶句する。

「あれが……」

 大空を埋め尽くす漆黒の翼。まるで太陽の黒点の如き暗黒に満ちた鱗に身を包む魔物。黒竜シュバルスケイルがその黄色い眼で遥か上空からカイたちを捉えた。

その瞬間、猛烈なまでの殺気を四人に向かって振り撒く。

「来るぞ!」

 グレイグの叫び。

 直後、竜は上空から急降下しながら大きく開けた顎をこちらにむけてその奥底から紅蓮を召喚する。

 黒竜のブレス。当たったものを灰になるまで焼き尽くす死の魔炎。

 竜の口からブレスが解き放たれたその瞬間、三人の前に躍り出たテッカードが地面に手をつき、魔力を大地に干渉。竜の灼熱の咆哮とほぼ同時に魔法によって防壁を展開し、黒炎を全て遮った。

 身を焦がすほどの熱波が迫り、岩壁越しでもその熱さは感じられる。

 勢い止まぬ火炎。防壁は徐々にひび割れていく。

「あまり長くは持たない! 早く中へ!」

 テッカードがグレイグとソフィアに向かって叫ぶ。

 それに二人は頷き、彼の時間稼ぎのもと、城塞の入り口へと走る。

「――――!」

 しかし、それを見逃してくれるほど黒竜は甘くない。

 ブレスによる攻撃を中断し、走っている二人に向かって凶爪を振りかざす。咄嗟に構える二人。しかし、その刃が届くことはなく。

「おいトカゲ。お前の相手は俺たちだ」

 カイが放った一撃でその軌道を逸らし、かろうじて防いでいた。

 グレイグとカイは目配せだけし、そのまま城内へと向かった二人をカイが守るような形で竜の前に立つ。

「……すぅ」

 黒竜を見据えながら一旦呼吸を置く。

 ここまでは何とか作戦の範囲内。想定していた通りの展開になっている。

 竜の急襲、ブレスを防ぎ、ソフィアとグレイグを魔具回収に向かわせる。大雑把な流れはこれで見事的中。つまり、ここからが危惧していたアドリブ戦だ。

「フリーデ! 我々の役割はあくまで時間稼ぎだ! 突っ込みすぎるなよ!」

「ハッ、誰に言ってんだよ」

 自分の実力は誰よりも理解している。それを見誤り、驕ることなどあり得ない。

「ガァァアアアア!」

 竜は再度咆哮し、横方向に体を回転させる。尾を利用した広範囲の薙ぎ払いだ。

「フリーデ!」

 後方からテッカードの声。同時に地面がせり上がる。魔法によって作られた足場でカタパルトの要領で射出。尾の攻撃は空を切る。空中に投げ出されたカイは、そのまま姿勢を整え、自由落下で真下にある尾に刃を叩き込む。

「⁉︎」

 鉄と鉄をぶつけたような甲高い音が耳をつんざく。

 全くと言っていいほど刃は通っていなかった。

 竜が纏っている黒い鱗が原因だろう。事前に魔力耐性と物理耐性その両方があると聞かされていたが、そのほどは実際に叩いてみなければわからなかった。とはいえまさかこれほどのものとは。

 カイは再度大きく飛び、竜から距離を取る。

「ったく、とんでもない硬さだな」

 先程の剣の一撃は魔力によって強化された刃。カイ自身の膂力と技量も相まってこれまで以上に強力なものとなっているはずだったのだが、それを遥かに凌ぐほど竜は硬い。

「……まあ、こうなりゃ作戦通り動くしかねえか」

 現状、カイの持つ攻撃手段ではあの竜に対する有効打はない。

 潔くグレイグたちが魔具を回収するのを待つほかないのだ。

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