第9話 姫と亡霊、二人きりの訓練

 城塞都市奪還作戦は人類が魔の王に勝つ為の第一歩。反撃の起点となる重要な作戦だ。

 そのため、作戦開始まで限界まで時間を設けている。相手は一国を単独で落としたとされる黒竜シュバルスケイル。万全の用意をしても足りないほどの相手だ。

「なんでなのよ!」

 ソフィアの悲痛な叫びが修練場に響き渡る。

 この日、カイはソフィアの協力のもと魔力コントロール、魔法の訓練のために王国地下にある修練場へとやってきていた。中は特に何があるわけでもない簡素な作りとなっており、この部屋を勧めてくれたシュッツ曰く、この部屋の壁は魔力に強い耐性を持つ特殊な岩で作られているから思う存分やっていいとのこと。

 彼女の放つ咆哮を前に、カイは両耳に指で蓋をして、口を開く。

「さっきも言った通り、あの時は感覚でやっていたんだ。理屈を言われても落とし込めるわけがないだろう」

「そんなこと言ってもう三日よ⁉︎ 明日までには仕上げなきゃ行けないのに……」

 三日。

 訓練を始めてかれこれ三日の時が経過した。作戦開始というタイムリミットまで残り数時間を切っている。それでも、カイの魔法は一度たりとも成功していない。

「基礎的な魔力の運用……身体強化術はなんとか実践レベルにはできたけど、まさかここまで下手くそだとは姫驚きですわ」

「悪かったな下手くそで」

 魔法というのは術式の構造を理解し、脳内で並び立てたそれに自身の魔力を流し込むことで成立している。

 大前提として簡単な魔力操作ができていなければお話にならない。

カイはかろうじてその第一関門を片足だけ超えたような状態。しかし、次の術式理解という点でどうしても躓いてしまう。

「俺が扱える魔法……たしか雷の魔法だったな」

「ええ。属性魔法という種別において最も扱いづらく応用が効かない魔法。でも、攻撃性能だけは群を抜いてある。魔の王を滅ぼすことを目標に生きてるあなたにピッタリの魔法ね」

 属性魔法――人間に潜在的に宿っている五種の魔法。

火、水、風、土、雷の五つのうちせいぜい一つ、多くて二つ。大抵の者に何かしらの適性がある。とはいえ、カイのようにその力が長い間目覚めないということもある。カイの場合はシュッツが魔力を目覚めさせたため、扱えるようになったのだが。

 そして五つの属性いずれかに適性がないからといって全く使えないというわけじゃない。が、適正のある魔法より威力も精度も格段に劣る。なので、魔法の訓練は基本的に適正のある分野にのみ絞って技を磨くことがほとんどだ。

「でもそれにしてもよ。あの時見た魔法――『シュネルドンナー』は、雷の魔法の中でもかなり高度な技術だったはず。なんであの時はできて今はできないのよ!」

「だからそれは俺にもわかんないんだって……姫さんが用意してくれた資料なんかにも目を通して何時間も睨めっこしてみたが、いかんせんその術式ってやつを理解できない」

「はあ……じゃあちょっと見てて」

 そう言って、彼女は右手を前に魔力を練り上げる。

 全身に流れている魔力という力の奔流を、差し出した右手に送り込み、放出、圧縮。

「これも基礎的な技術の一つ『シュトラール』。もう時間はないし習うより慣れろね」

 指向性を持ち速度を得たそれは、高密度のエネルギーとして発射される。

「は?」

 ――『シュトラール』。

 身体強化術に並ぶ魔力を用いた基礎的な技術。

 放たれた魔力の光線は咄嗟に回避したカイの頬をかすめて壁に衝突し霧散する。

「どういうつもりだお前!」

「あら、姫をお前呼びとは国によっては死刑ものですわよ」

「今死刑みたいになってんだろうが!」

「吠えてないで次。さっさと反撃できなきゃ死ぬわよ?」

 瞬間、ソフィアの指先から光の粒子が線を結び一斉に放出される。

 魔力に対抗するには同じく魔力しかない。しかし、カイは未だ彼女が嬉々として行使しているシュトラールすら使えない。

 カイは自身に身体強化を施して回避に専念した。

「くっ……」

 ソフィアの眼は特殊で見たものの魔力の流れを見ることができる。だからカイがこうして魔力による強化術を用いて動き回っていても基本的にはその動きは読まれている。しかし、シュトラールの速度に対応するには強化術を使う他にない。

「ほらほらっ! 逃げてばかりじゃどうしようもないわよ!」

 一手、また一手と魔法光線によって先んじて行く手を封じられる。

 このままでは何も得られず、何も為せずに終わってしまう。逃げてばかりじゃどうしようもない、まさしくその通りだ。

 思い出せ、あの時のことを。

 彼女との決闘で、どう魔法を扱ったのか。

「――――」

 足を止め、強化に回していた魔力に意識を集中させる。

 今、カイが意図的にできることは基礎的な強化術のみ。出力、放出するための基礎シュトラールができないのは体外に撃ち出す感覚、イメージが掴めないから。

 しかし、ソフィアはそれを見越して何度もシュトラールを撃ち込み、手本を見せてくれた。

 魔法を扱うための大前提として、基礎的な魔力操作の技術が求められる。そしてそれは今、達成せしめられた。

「――『シュトラール』」

 燃え上がる炎のような力の奔流を自らの指先へと集中。気を抜けば爆発してしまいそうな圧縮されたその力を丁寧に、そして、一気に解き放つ。

 初の一撃。精度も何もあったものじゃない。しかし、確かな威力を持って放たれたそれは、傍観していたソフィアを確実に捉えた。

 命中したシュトラールは爆発を起こし、白煙が辺りを飲み込む。

「……はっ、しまった!」

 魔力操作に夢中になりすぎてつい彼女のことを考えず撃ち込んでしまった。仮にも彼女は一国の姫。怪我をさせでもしたらシュッツ……はあまり考えられないが、グレイグなんかには明確な殺意を向けられてもおかしくはない。

 煙は霧散し、晴れていく。

 そこにうっすら人影が見える。

「……危ない危ない」

 汗を拭うソフィアの姿。彼女の前には、半透明の水色の障壁があった。

 どうやら魔力でつくられたらしいその障壁でカイのシュトラールを防いだようで、役目を終えたその壁は消え去った。

「無事だったか姫さん」

「まあね。あなたが撃ったシュトラールは魔力の密度も力の強弱、精度もバラバラで防ごうと思えば防げるものだったわ。まあでも初めてにしては上出来だったと思う。それに、重要なのは魔力コントロールの感覚。コツを掴むいいきっかけになったんじゃないかしら?」

「ああ。おかげさまで、なんとなくコツは掴めてきた」

 魔法の上達というのは一つの大きなきっかけを起点に急速に、そして緩やかに伸びていくもの。魔力コントロール、魔法の精度、習得している数、どれを取っても等しく同じことが言える。

 そのため、限られた時間の中カイの魔力を練り上げるために、ソフィアが取った魔力による攻撃の手本という選択はいい結果を生み出したと言えよう。

「よし、じゃああとは、雷魔法を明日までに習得するだけね。ビシバシ行くから覚悟しなさい!」

 作戦の時まであと数時間。

 ようやく大きな一歩を踏み出せたところでその流れを切りたくないと思う反面、重要な作戦を前に疲労を重ねてしまっていいのかとも思う。

 彼ら王国の人間にとって、城塞都市の奪還は人類の反撃の起点となる重要な任務。

それを任された二人が疲労を重ねては流石にまずいだろう。

「……なあ、あんまり時間に余裕はないからそろそろ切り上げるべきだと思うんだが」

「え? ……って、もうこんな時間⁉︎ うーん、ほんとならあと二、三時間くらいは鍛錬に注ぎ込むつもりだったんだけど……」

 しばらく悩んだ後、彼女は「うん」と小さく頷く。

「じゃあここまでにしましょうか」

「ああ。あとは実戦でどうにか仕上げる。ここまでありがとう。助かった」

 そう言われて顔を赤くしたソフィアはぷいと顔を背けた。

「ふ、ふん! まあ、私はあなたに協力するって言ったのだし、いわば師匠みたいなものだからね。さあ、もっと感謝しなさい!」

 照れ隠しでそう冗談めかして声を張り上げるソフィア。

 その姿に、どこかエマの面影を重ねてしまって。

 それが脳裏によぎった瞬間、カイは自分の両頬を思い切り叩いた。

「え、何。どうかしたの……?」

「……何でもない。気合い入れ直しただけだ」

 この感情は不要なものだ。今はただ、目の前のことに集中する。

 エマを目覚めさせるため、魔の王を倒すための手がかりを得るために。

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