第8話 シュネルドンナー

「ちょっと何あれ!」

 祭りが終わり傷ついた体を治癒の魔法で回復してもらっていた時のこと。

 カイのもとにムッと頬を膨らませたソフィアが怒りをあらわにして近づいてきた。

「ずいぶん元気だな」

「あんなの傷のうちに入らないわ。そんなことより、あの魔法! あんなに速いなんて聞いてないんですけど!」

「あれは……俺もよく分かってねえよ。感覚でなんとなくやっただけだ」

 魔法というのは術式を理解していないと扱えない。

その点、カイは術式というものを一つも知らないまま魔力を操った。そして彼女の手数と魔法を打ち破るということだけを意識し、言った通り感覚だけであれを成した。

「それよりこっちも聞きたいことがある。姫さん、アンタ俺の動きがわかってるみたいだったな。あれどうやるんだ?」

 戦闘中、彼女の攻撃の一手一手がカイの行動を制限、誘導していたように思う。アドルフやヘルトから対人戦について何回か耳にしたことはあるが、そういう動きは並外れた洞察力やそれこそ慣れている相手じゃない限り不可能。それこそ、カイがベーゼにやっていることが後者にあたる。

「ああ、あれは技術的な話じゃないの。これ。この眼がそれを可能にしてる」

「へえ、眼がね……」

 じっと彼女の黄金色の瞳を見つめる。

眼、と聞くと真っ先に思い浮かぶのは動体視力云々についてだが、それだけで激しい攻防の中動きを読んで動くというのは中々に非現実的な話だ。

 とはいえ、吸い込まれるんじゃないかと錯覚するその大きな眼は、確かにどこか異質な力を感じる。これはおそらく魔力によるもの。魔力がある眼、それで相手の動きがわかるようになるのなら少なからず納得がいく。

「……ぁ、その、うう……」

 じっと見つめている瞳が揺れ、逸らされる。

 やがて徐々に彼女の頬までもが赤く染まっていき、ついには顔ごとプイッと背けられた。

「どうかしたか」

「そ、そんなに見つめられると流石に照れる……と言いますか」

 さっきまではあんなに強気だったのに何を今更、と思っていると。

「たしかに普段はあんなお転婆でも、一応ソフィア様は年頃の乙女なんだよ。フリーデくん」

 両手に酒瓶を持って胡散臭い笑みを顔に貼り付けたシュッツが現れた。

 すぐそばの椅子を足で引っ張ってきてそこに腰を下ろす。

「はいどうぞ。労いの品だよ」

「悪い、酒は飲まないんだ」

 カイがそう言うと、シュッツは残念そうな顔をして持っていた酒を近場にあった台に置く。

「ところでフリーデくん。君から頼まれていた例の件だけど、どうやら当たりみたいだ」

「やはりそうだったか。それで、今はどうしてるんだ?」

「僕の結界を二重にして瘴気もろとも封じている。幸い彼女自身にはそれによる悪い影響はないようだし、もちろん君が危惧しているようなことは微塵もない。安心してくれ」

 その言葉にカイはホッと胸を撫で下ろす。

 しかしいつまでも安心してなどいられない。情報があるということはやれること、選択肢の幅が増えることを意味する。頭をサッと切り替えて、次なる策を講じようとしたその時だった。

「ねえ、ちょっと」

 二人の会話をすぐそばで聞き、蚊帳の外で全くついて行けていなかったソフィアが痺れを切らして声を上げた。

「二人して私を除け者ってどういうことかしら」

 ぷんすかと腕を組み頬を膨らませているソフィアをシュッツが宥める。

「どーどー……すみませんねソフィア様」

「はあ……それで、一体何の話をしていたの?」

 ソフィアからの問いにカイはあっさりと答えた。

「俺の婚約者の呪いについてだ」





「フリーデくんのくれた情報をもとに彼女にかけられている『眠り姫』の呪いを解析したんだ。うちの解析班は優秀でね。長年の研究の成果もあって一晩足らずでその特異性を発見した。――彼女の呪いは魔の者を寄せ付ける性質がある」

 淡々と説明するシュッツの言葉。

 医療テントの最奥。結界により隔たれた空間で眠っている少女を三人は見つめていた。

「……俺の勘は当たっていたってわけだ」

 十年もの間、エマを守りながらカイは戦い続けてきた。

 日々絶え間なく溢れるように湧き続ける魔物。人間が闇によって変貌した怪物ベーゼ。当時、抗うための力すらなかったカイは、これら魔の者から逃げ惑うことしかできなかった。

 しかしいつしか剣を取り、立ち向かった。そうじゃなきゃ死ぬから。逃げ続けるなんてできやしないから。骨が砕け、血は流れ。何度も死ぬような思いを経験してきた。

 その中で、まるで光に群がる羽虫のように魔物がエマに集中していっていることに気がついた。

「綺麗な人ね……」

「……ああ」

 ソフィアの言葉に小さく頷くカイの声には、どこか寂しさが感じられる。

 亜麻色の髪、長いまつ毛に幼い顔立ち。十年前と何ら変わりない姿が彼の視線の先にはあって。

「十年前、俺は彼女……エマと結婚の約束をしたんだ。村中から祝福されて、きっとこの幸せがずっと続いていくものなんだと思ってた。その矢先にこれだ。俺は何もかもを失った。唯一残された彼女でさえ、この十年の間一度たりとも起きやしない」

 彼の口から語られるのはこの世界では往々として存在している悲劇。

 しかし、カイの表情は絶望に染められているわけではなくむしろ――、

「失ったものは戻らない。だが、彼女はまだ救える。そのために俺は魔の王を倒すと誓ったんだ」

 その覚悟を前に、ソフィアは力強く頷いた。

「私、あなたに協力するわ」

 思いもよらない一言に、カイは驚く。

「いいのか?」

「だってあまりに可哀想なんだもの。見てられないわ。それに、魔の王は私の父の仇でもあるのよ? 元々倒すつもりだったけど、そこに理由が一つ加わっただけ。文句ないわよね?」

 ふふんと鼻を鳴らし、いたずらに笑う。

カイとしては協力者が増えるのはありがたいから文句を言う道理はない。ましてや、カイ自身この王国という一つの徒党をも利用してやろうという気でいたのでこのような純粋な善意での形は本当に予想外であった。

「ということでシュッツおじさん。次の作戦までの間、彼を鍛えることにするわ。彼の魔法は今後の戦いで絶対に必要になる。そう確信したの」

「ええ、構いませんよ。ソフィア様が彼に手取り足取り教えてあげてください」

「て、手取り足取り……ふ、ふんっ! 任せなさい!」

 顔を赤くしながら豪快に胸を張る姫に、カイは素直に礼を言った。

「ありがとう、姫さん。恩に切るよ」

 

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