第7話 最強のバトルプリンセス
相変わらずの曇天の下、王国の中央広場はこれ以上にないほど賑わっていた。
屋台が立ち並び、歓声が湧き上がり、今か今かとメインの大舞台に観客の目が向けられている。まるでお祭り騒ぎのこの光景は、終わってしまったこの世界では実に久しく見るものだろう。
そして最も人が集まっている、たくさんの群衆の視線が交差する位置。そこに、カイは立っていた。
「ったく、なんでこんなことに……」
あれからとんとん拍子で話は進んでいき、どうせなら民に活気付いてもらうためにもお祭りのようにして盛り上げてみるのはどうかというシュッツの提案で今に至る。
カイとしてはそこは別に受け入れている。何を言っても避けられないことではあっただろうしと。
しかし、少し離れた位置に立つ少女……ソフィアが少々心配ではある。仮にも彼女は一国の姫。たった一人の王家の血筋を受け継ぐ者だ。王家に仕える彼ら騎士からすれば絶対に守らなければいけない存在。だというのに、戦場へと駆り出して現在カイと決闘させるのを許している。
「フリーデくん。叩きのめすつもりで全力でやってくれていいからね」
団長であるシュッツもこう言っている始末だ。
「いいのか? だがそんなことしたら姫さん怪我しちまうんじゃ」
「いいや。君は彼女の心配より自分の心配をした方がいい。本気でやらなきゃ死ぬからね。……ところで、昨日君に渡した贈り物は気に入っていただけたかな?」
「……ああ、心配するな。奪還作戦までにはモノにする」
「ふふっ。期待しているよ」
そう言ってカイの肩を軽く叩いてシュッツは離れる。
見えない魔力の壁――結界が張られる。
シュッツ・シルトは結界術の達人。現在この王国に魔物の襲撃がほとんどないのは彼の張っている高度な結界によるものだ。刻まれている術式効果や結界自体の強度も一級品。少なくとも、カイとソフィアの戦い程度では壊れる心配はない。
「それではソフィア姫。持てる力の全てを使って彼をコテンパンにしちゃってください」
「任せなさい!」
シュッツの言葉にソフィアは胸を張ってグッと親指を突き立てて見せる。
それを見届けたシュッツは、二人の決闘を見るために待機している彼ら王国の民に向き直る。
「急遽開催した祭りにお越しいただきありがとうございます。これから始まるは我が国の姫ソフィア様と先日我々に協力してくれることとなった流浪の剣士カイ・フリーデ、この二人による決闘です。両者の実力は我々王国騎士に勝るとも劣らないとても優秀なもの。どちらが勝ってもおかしくない素晴らしい試合となるでしょう。それでは二人とも、準備はいいかい?」
「ああ」
「もちろんよ!」
そしてシュッツが高々と手を掲げる。戦場を見つめる観客達にも緊張感が生まれているのがわかる。
そして、その手は振り下ろされた。
「始め!」
「ハッ!」
開戦した瞬間。ソフィアは地面を蹴り、一気に間合いを詰めてきた。
同時に鞘から抜き出された刀身の細い木剣。そこから見舞われる高速の突きがカイの頬を掠める。
「ふんっ」
こちらも負けじと抜剣し、次々と迫る彼女の攻撃を捌く。
独特なステップ、緩急をつけた突きに翻弄され思うように攻めきれない。そもそも突きは点の攻撃。カイのように通常の剣撃であれば線上の攻撃になるため防御しやすいのだが、攻撃面積的にどうにもやりづらい。
「ほらほら! どうかしたのかしら亡霊さん!」
そう言って、徐々にギアを上げるソフィア。突きの速度、手数も攻撃を重ねるごとに増していき、このままではまずいと判断したカイは突き出された木剣を弾き、後ろへ大きく飛ぶ。
一旦距離を取り、相手の流れになっているこの状況を断ち切る。そのはずだった。
「残念! そこは私の間合いよ!」
まるでその時が来るとわかっていたかのように構えられていた詠唱。掲げられた手の先に魔力が集まり、それはやがて煌々と揺らめく炎が球体となって生み出される。
「――『クーゲルフォイアー』」
撃ち出された灼熱の魔球。
高速で飛来してくる火球に避けられないと判断したカイは咄嗟に腕を交差させ防御の態勢をとる。
カイは魔力を持つ者との戦いは幾度となく経験したことがある。しかし、魔法を扱う者との戦いは一度たりともない。だから、判断を誤った。これが致命的なミスだと気付くのはこの直後。
「――!」
魔力に対抗できるのは同じく魔力のみ。魔力の無いただの防御では当然その威力を防ぐことなど出来はしない。
「う、ぐ……っ!」
防御態勢とはいえ魔法によるダメージは免れない。その上、あまりの威力にカイは大きく吹き飛ばされる。地面に背が付き、しかしその勢いを利用して起き上がる。
「どうかしら? 私の魔法のお味は」
「……悪かったな。正直舐めてたよ」
本気でやらなきゃ死ぬ、先のシュッツの言葉はあながち嘘ではなかったのだと思い知らされた。
細剣独特の戦闘スタイルに魔法という未知数の力。
カイが知らない世界を今見せつけられているのだ。きっとシュッツがこの決闘に許可を出したのもカイに刺激を贈るため。実際、その思惑は的中している。
カイは今、十年前に消え去っていたはずの高揚感をその身で感じていた。
「ここからは俺も全力でやる。悪く思うなよ、姫さん」
姿勢を低く、腰の辺りに剣を構えて、深く息を吸う。
カイには剣の才覚だけではなく魔法を扱うセンスもない。かつてベーゼを前に逃げ惑うことしかできなかった彼がこの域まで到達できたのはこの世界で十年間孤立無援で戦い抜いたが故。剣の腕は上達したし膂力ももちろん上がったが、何より大きかったのは慣れ。ベーゼの習性を学び、数々の死地を乗り越えてきた努力の結果。
だから、ソフィアが扱う剣術や魔術に対して明確に対策を見出すことができていない。手札、手数の差で負けているのだ。
しかしカイは、彼らとの出会いで良いきっかけを得た。テッカードの魔術、シュッツの結界術、そして今その身で受けたソフィアの炎魔法。見て、受けて、感じた。もう十分すぎるほどに魔法の経験値は吸収した。
昨日彼から貰った贈り物――魔力の種火に火をつけてもらった。内側で眠っていた魔力を起こしてもらったのだ。その力の脈動を知覚、全身に満遍なく回す。五感が研ぎ澄まされ、世界が自分中心で回っているかのような感覚を覚える。
魔力による身体強化術。基礎的な魔力の運用。
そして今、さらにその上の段階へと上り詰める。
「『シュネルドンナー』」
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