第8話 都会のキャニオン③
1-8 砂漠のキャニオン③
谷田は蒔本の顔を見上げながら朝倉に言われたことを思い出した。
「恐らく今、谷田君は『サンドキャニオン』を反射的に使用しているの。もしもこの砂が貴方の体力を使って生成されているなら非常に危険、このままだと衰弱死するかもしれない。貴方が今最優先で行わなきゃいけないことは『サンドキャニオン』を随意運動…つまり自分でオンオフ切り替えられる形にしなきゃいけない。」
右隣に座る谷田に対して神妙な顔で朝倉は言う。
「そんな怖いこと急に言われても、じゃあ具体的にどうしたらいいんですか?」
谷田は慌てて指先をつまんでさらさらと流れる砂を止めようと努力するが、全く効果は無い。朝倉は谷田の両手を取ってそれを辞めさせると、強調するようにその質問に答える。
「それを、『サンドキャニオン』をあなた自身であると認識するの。」
「に…認識?」
朝倉は両手を離してゆっくりと一息ついて前を向くと、地面に転がる小石を拾い『バーゲン』を使ってナイフに変形させながらゆっくりと話し始める。
「『サンドキャニオン』をイメージするなら呼吸かな。呼吸は無意識に行っていることが多いけどさ、心臓の鼓動と違って止めようと思えば止められるでしょ?ああ、実際に息を止めろって言う訳じゃなくてね。」
真剣に聞く谷田に対して朝倉は自身の胸の下辺りに触りながら話を続ける。
「似た特神の子を知ってるんだけどさ、彼女の特神について色々調べたり実験したら貴方みたいな大量の物質を生成するタイプの物質生成型は「弁」を操作してたの。」
「弁…。」
「つまり、『サンドキャニオン』が流れている状態がオフで、止まっている状態がオン。蓋みたいにね。」
谷田が自分の両手の甲をじっと見つめるのを、朝倉は見守る。
「『サンドキャニオン』は武器じゃなくて臓器、貴方自身だってことを忘れないでね。」
谷田の『サンドキャニオン』は止まらない。谷田が少し悲しそうな顔をすると、朝倉はぷっと噴き出して大笑いする。
「まあまあ、まだ一日も経ってないんだからさ。焦らずゆっくり学んでいこう?」
「……はい。」
組み伏せられた谷田の前にしゃがみ込み、蒔本はその顔を覗き込みながら問う。
「僕らと来ない?」
「断ったら…どうなる?」
谷田はなんとか余裕そうな笑顔を作るが、痛みと恐怖から引き攣ってしまい上手く出来ない。蒔本は谷田の本心に気付くとにやりと不気味な笑みを浮かべた。
「分かるだろ?朝倉さんの傷を見なよ。」
朝倉は苦痛に顔を歪めながら這いずって自販機に近づくが、それに気付くと松璃が蒔本に合図を送る。蒔本は後ろを振り返って朝倉をじっと見つめると、立ち上がってその左手を思い切り踏んづけた。
「ぐうううううう…!!!」
朝倉は悲鳴を上げ、谷田は目を閉じて顔を伏せる。
「谷田クンさ、俺がいつまでも優柔不断な君を待つと思うか?それとも朝倉に寝返る瞬間を見られたくないってことか?」
蒔本は足に力を込めて、ぐりぐりと朝倉の左手を潰す。朝倉はその度に呻き声を漏らす。
「なら、朝倉を殺した後に改めて聞こうかなぁ?」
蒔本は目を薄め、口角を上げながら再び谷田の方を見る、と同時に松璃がハッとした顔で「離れろ!」と叫ぶ。
その瞬間、谷田は確かに蒔本の眼を睨んでいた。
谷田は砂嵐の目で自分と会話していた。自分は全てが砂で構成された人型の何かだったが、谷田はそれが自分であると理解していた。
自分が言う。
「わくわくしてるね、漫画みたいな、アニメみたいな展開でさ。」
「…。」
「俺は昔から、ボスキャラになりたかった。圧倒的な力で周りから尊敬されたかった、畏怖されたかった。」
「…。」
「『サンドキャニオン』は災害だ、もはやだれにも止められない。そうでしょ?」
「…いや、違う。」
「なら『サンドキャニオン』は俺の王冠だ。世界を支配するんだ。」
「違う。」
「『サンドキャニオン』は俺の力だ。全てを覆してさ、理想郷を作るんだ。」
「違う!」
「…じゃあ、何?」
その時、どこか遠くで建物が崩れたような音がして意識が覚醒し始める。辺りの砂嵐が消え、うっすらと消滅していく中で確かに自分が谷田を睨んだのが見えた。
「忘れるなよ、俺はいつもお前に刃を向けている。一時の正義をせいぜい楽しめよ、悪党。」
谷田は目を閉じた。
騒々しい砂嵐が止み、蒔本は砂まみれで遠くの壁にもたれかかっていた。
「げほっげほっ…松璃ィ!!何やってんだァ!!!」
そう怒りながら蒔本は松璃をギョロリと睨む。しかしそこに松璃はおらず、蒔本と同じように砂だらけで窓際にうなだれていた。周りにあった動かない自販機やゴミ箱、積み重なった段ボールの空箱も同様に砂だらけでへこんでおり、その中心には谷田が立っていた。
「俺は、
そう呟くと、朝倉の傍をゆっくりと通り過ぎて蒔本の目の前で立ち止まり、蒔本を見下ろした。その目は酷く乾いて、沈んでいた。谷田がその右手に作った拳を振り下ろそうとした時、左手が強く引かれた。谷田がその方に顔を向けると、朝倉が睨んでいた。
「冷静になって。」
谷田が一瞬大きく目を見開くと、その顔はいつも通りのぼんやりとしたそれに戻った。谷田が朝倉から視線を外して更に顔を後ろに向けると、砂を被った松璃が目を覚まして立ち上がろうとしているところだった。
「や、やばい!どうしたらいいですかね!!」
「逃げるよ!急いで!」
コミカルに二人はあたふたして、そのままバタバタと階段を下って行った。腰が抜けた蒔本は、その光景をただ眺めているだけだった。
二人が最初の交差点まで逃げると、丁度そこには黒い車が到着する。谷田は身構えて握りこぶしを作るが、朝倉はほっとした様子でその車に手を振った。
「カナエちゃん!!!おかえり!!!」
高いテンションでそう呼びかけるが、車の運転席から顔を覗かせたのは秋良カナエではなくぱっちりとした目の、チャラそうな金髪をぼさぼさに生やした男だった。一瞬、誰も意図しない静寂が訪れ、気まずい空気が流れる。
「…朝倉さん…あの、秋良さんは本部の方で…。」
「あっ…、確かにそうだよね…。」
運転席の男が居心地の悪そうな顔で俯くと、朝倉は申し訳なさそうに軽く笑った。二人の間に再び無言の時間が流れ、その男が誰なのか分かっていない谷田まで何とも言えない気分になった。気まずい空気が流れる。
「…。」
なんとかこの、誰も望まない時間を終わらせようと、谷田が静寂を切り裂く。
「あ、あの!はじめまして…お、私は谷田ショウジと申します。貴方の名前は…えっと…。」
男は顔を上げて谷田の方をまっすぐ見て答える。
「私は特神犯罪対策組織外部協力開拓者…三五十高校OBの荻ノ瀬レイトと言います。」
谷田は、その荻ノ瀬という珍しい苗字に聞き覚えがあり、それからこの男が一体何者であるのかピンときて尋ねる。
「荻ノ瀬…もしかして、荻ノ瀬リンさんのお兄さんですか?」
「…はい、そうです。」
その人物は谷田と同じクラスに所属しており、確か沼田と恋愛関係にあった女性であったと、谷田は思い出していた。しかし荻ノ瀬リンという人物名を聞いて、荻ノ瀬レイトは再び顔を伏せる。谷田は、自分が何か地雷を踏んだことに気が付いた。それに補足するように朝倉が小声で伝える。
「リンちゃん、あの時沼田君と付き合ってたでしょ?多分それが理由であの子、あっち側にいるの。」
「あ…えっと、そうだったんですね…。」
「…。」
三度の沈黙が三人の中央に横たわり、微かな風の音だけが辺りに流れる。気まずい空気が流れる。その空気に耐えられなかったのか、後部座席に座っていた人物がドアを開ける。
「みんなどうしたの?早く乗りなよ、逃げてきたんなら追手が来ちゃうよ…あ。」
「あ。」
谷田は後部座席からゆっくりと現れたその顔と、特徴的な傷、そして喧しい声に身に覚えしかなかった。同じオカルト部に所属していながら谷田とまるで意見が合わず、常に何かしらを言い争っていた相手であり、あの事件以降一切連絡などを取らなかったオカルト部の同級生、三井トモコである。同時に三井も谷田の存在に気が付いたようだった。突然久しぶりに対面した、特に仲が良かったわけでもない単なる知り合いの登場に二人は思わず沈黙し、そしてまた、気まずい空気が流れる。
Sand たたり水 @tatarimizu
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