第7話 小細工②
1-7 小細工②
四篠は震える右手でナイフを構えるが、手に力が入らない。そんな四篠に対して、足立は容赦なく蹴りを入れる。
「っがぁ……!」
四篠は再び倒れこむが、今度は立ち上がるのもままならない。頭が回らず、自分が今どこにいて、何と戦って、何を待っているのか一瞬分からなくなる。ゆっくりと足立が近づき、四篠の顔を覗き込む。
「ブーストされたらさ、吹っ飛ばされている間は頑丈になるんだよね。だからほら、痛くないでしょ?」
四篠の視界がグラグラと揺れ、足立の表情が笑っていることだけがかろうじて読み取れる。彼女の言う通り痛みは無い、ただ頭が揺れて言葉を紡ぐほどの余裕がない。足立は頭を上げると先ほど歪めた窓を見た。ひびの入った窓の向こうでは砂嵐が段々と強まっているだけだった。
「あんた、窓に細工してたのかと思ってたけど…。なんだ、割ろうとしてただけか。」
「…。」
足立は溜息をつく。
「もう終わりか。なんか期待して損した。」
四篠は何も反応せず目を逸らす。足立は右足を四篠の腹部に乗せ、力を込める。右足から腹部に爆音が響き、じわじわと四篠の内臓を破壊する。四篠が精一杯の力で右足を掴むが、その力は弱く、足立のブーストを妨げる程ではなかった。
「んじゃ、まあ、さよならってことで。」
ブシュ
「…え、何。」
四篠の腹部に乗っている足立の右足に激痛が走り、足を一歩のナイフが貫通する。しかし、ブーストによってアドレナリンが大量に放出している足立の脳はその痛みに恐怖せず、足を退けることは無い。
「あー…。これが、切り札?」
足立は苦笑いで問いかける。
「違う。」
バンッ
今度は背中から引っ張り出したボロボロの拳銃で足立の額を撃ち抜く…が、穴だらけの腕は安定せず、発射された刃状弾は足立の頰に傷を作るに過ぎなかった。
「んー、残念!どれもこれも時間稼ぎにしかならなかったね!」
足立はおおげさに高笑いして、四篠を煽る。その高い声に反応するように窓ガラスのひびが濃くなる。
「ははは、ああ、そうだな。」
四篠はその煽りに対して怒るわけでもなく、冷静に対応するわけでもなく、この戦いの中で初めて笑い、そして拳銃を投げ捨てた。
「だが、十分だ。」
そして、窓ガラスが割れた。
基点設定型座標保存ナイフ。臨時活動課内ではよくエコナイフや、リサイクルナイフと呼ばれている超常技術を利用して作られたナイフであり、とある場所で発生する超常現象が基となっている。その場所、あるホテルの一室では毎日朝午前3時25分の状態を基本として、あらゆる物の位置が保存される。調査の結果、物の位置は部屋の床を基点として記録されていることが判明し、そこから掌を基点として位置を保存するこのナイフが開発された。位置をリロードする際に小さな無数の斬撃を残すのは副次的な効果であり、うまく副次的効果を発動させられる四篠の努力の賜物であった。四篠はこの武器を見ると、いつも昔を思い出す。
かつて特神犯罪対策組織の前身、総合超常犯罪対策組織通常活動課の次期エースと言われていた四篠マツオは我慢強く堅実な男だったが、その実心の奥底には強いコンプレックスを抱えている繊細な男だった。
特神犯罪対策組織にある二つの活動課、通常活動課と臨時活動課の役割は超常現象やその使用者との戦闘である。そのため、この二つの課に集まってくる人材も超常の使用者や天才的なセンスの持ち主、あるいは特殊な一族の出である者など、超常現象に対して立ち向かえる強い力を持つ者ばかりであった。
四篠マツオは幼少期にある事件に巻き込まれたことがきっかけでその存在を知り、その恩と憧れから所属を決断し、必死に努力し、そして夢を叶えた。しかし、他の者にとってはそうではなかった。組織には様々な人物が集う。四篠のように懸命に努力してギリギリ所属出来た者、そこそこの努力で普通に所属出来た者、そして生まれながら天賦の才を得た者たちである。
彼らは四篠が必死に苦労して登った壁を軽々と飛び越えてしまうような連中で、彼らにとって四篠の「夢」は「妥協」にすぎなかった。四篠は努力し、真面目に仕事をこなしたが、評価されるのはいつも彼らだった。「総合超常犯罪対策組織通常活動課の次期エース」とは蔑称である。通常活動課の主な役割は警備や巡回などの、いわゆる「兵士」のような存在であり、対する臨時活動課の役割は緊急時の戦闘や救助活動など、まさに巨悪に立ち向かう「戦士」のような存在だった。その為、基本的に臨時活動課の方が人気が高く、それゆえに戦闘訓練の成績が良い者から順番に臨時活動課に配属された。つまり、彼らは四篠を真面目だが才能が無いという皮肉を込めて「通常活動課の次期エース」と呼んだのだ。そして彼らの蔑称の通りに四篠は通常活動課に配属され、輝かしい強者たちの陰に隠れていた。あの日が来るまでは。
沼田ツカムによる南巳川市襲撃事件、組織の中では彼が自ら名乗った特神名『ドギーロード』にちなんで「ドッグラン」と呼ばれる。国の重要な研究施設が襲撃され、研究員のほとんどが行方不明、あるいは体のほとんどを融解させた状態で発見された。派遣された臨時活動課所属隊員はその3分の2が消滅し、生存した隊員も片脚又は両脚を喪失しておりこれ以上の活動が不可能な者が多かった。その埋め合わせとして幸か不幸か、四篠は「墓地送りの課」と呼ばれるようになった臨時活動課に転属したのだ。
四篠ははじめこの話を聞いた時、心の底で喜んでしまった自分を酷く嫌った。それ以来彼は殉職した彼らへの弔いとして、自分への罰として、沼田と彼の率いるPearlの討伐に強く固執するようになっていた。そんな中で彼は、自身が平凡な非超常的存在であることを悔やみ、そして組織の提案を受けて基点設定型座標保存ナイフ、エコナイフを使うようになったのだ。彼にとってこのナイフは、そうした忌々しい過去の象徴である。
「あああああああああああああああ!!!!!!!!」
苦痛と怒りに満ちた叫び声をあげて、足立は右足を血まみれの両手で抑えたまま地面に転がる。エコナイフによって大きな一本の切り傷と細かな切り傷が出来ていた足立の右足は、そこから肉が剥がれてボロボロと零れ、崩壊していく。割れた窓ガラスの破片が床を削り、ビルを切り崩していく。四篠はゆっくりと起き上がり、壁に寄りかかって座り込む。
「たしか…『サンドキャニオン』だったか。谷田ショウジがやっと起きたようだ。」
「うるさい…うるさいうるさいうるさいうるさい!!!」
足立は憎しみに満ちた目で四篠を睨み、唸るような声で叫ぶが、それ以上は何もできなかった。頬の傷がメキメキと割れ、足立の鼻筋にまで傷が伸びる。天井からぱらぱらと砂がふり、天井の至る所にひびが発生する。二人のいる廃墟は今にも倒壊しそうになっていたが、四篠は至って冷静だった。
「何故、お前の右足をナイフが貫通したと思う?」
「うるさい…黙れ、黙れよ!!!」
「俺の右手を基点としてナイフは戻ってくる。例えその先が誰かの体の中でもだ。」
「ああああああああああ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!!」
「そのナイフは今、どこにあると思う?」
喚き続ける足立を無視して、四篠は独り言を続ける。その目は窓の向こうに広がる砂嵐のさらにどこか遠くをじっと見据えており、その右手は床に置かれていた。
「これが俺の、小細工だ。」
四篠の座る場所を中心にビル全体を亀裂が走る。四篠は自分の体がふわっと浮かぶ感覚を覚えた後、ゆっくりと意識を手放した。
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