第6話 小細工①

 1-6 小細工①


 南巳川市の一角、ある廃墟ビルにて。特神犯罪対策組織臨時活動課に所属する四篠よしのマツオは、開拓者である女性、足立あだちを前にして自身の銃を拾うことが出来なくなっていた。だが、それは決して人を殺すことへの罪悪感から来るものではない。

「ねえ、拾わないの?代わりに拾ってあげようか?」

「近づくな。」

 四篠は足元の銃を捨て、ナイフ一本で戦わなくてはならなかった。四篠は目の前で缶ジュースを飲む女性の顔を見ながら、自身の持っている装備を思い出していた。四篠などの臨時活動課に所属する戦闘員は、いくつか武器の持参を認められている。しかし先ほど、この開拓者、足立カホに襲撃を受けた際に幾つかの武器をしまったのだ。

「ふぅん、何か考え事してるみたいだし…こっちから行こうかな。」

足立は瓦礫からゆっくりと立ち上がると上着のポケットに飲み終えた空き缶を突っ込んでから、思い切り床を蹴る。足立が蹴り飛ばした瓦礫は四篠に向かって爆音を立てて飛び込んでくるが、四篠は冷静に左へ回避すると同時に地面に落ちている拳銃を蹴り飛ばし、右手でナイフを投げた。

 拳銃は「BOOOOOST!」と音を鳴らして地面を勢い良く滑るが、足立はひょいと跳ねてそれを乗り越えた後、左手で挟むようにしてナイフを受け止める。

「最後の武器、こんな使い方で良かったの?それとも投降したいってこと?」

手元でくるくるとナイフを回す足立に対して、フルフェイスのヘルメット越しににやりと笑って答える。

使

ザクザクザク

「いっ…!」

足立は鋭い痛みを発する左手を見るが、そこにあったはずのだった。四篠に視線を戻すとその右手には。足立は何か超常現象が発生していることだけはすぐに理解できた。

「…小細工ばっかり、させてよ。」

「すぐに特神を使わなかった方が悪い。」

 瓦礫に跳ね返った拳銃が回転のかかった状態で足立の後頭部に飛んでくるが、足立は振り向きもせずにその場でバク宙してそのまま四篠に蹴り返す。失われていた速度に再びブーストがかかり、轟音を立てる。四篠は右手のナイフを空中のそれに突き立てると、地面に振り下ろした。突き刺さったナイフによって地面に固定された拳銃はピタッと動かなくなる。

 足立はポケットから飲み終えたばかりの空き缶を取り出して投擲するが、四篠は一歩下がってから、たった今銃に突き立てたはずである右手のナイフで切り落とした。真っ二つの空き缶が地面にたたきつけられて音を鳴らす。足立がちらっと地面の銃に視線をやると、そこには突き刺さったナイフの代わりにがあることに気が付く。

「なんとなくだけど、分かってきたかも。」

足立がぽつりとつぶやくと、四篠はわざわざそれに答える。

「どうだかな。」

四篠はゆっくりと後退り、後ろの壁の窓を横目で見る。外に立ち並ぶボロボロの廃墟には朝倉ハナバーゲンの石ナイフが何本か刺さっていた。

「外を見ても、助けは来ないよ。」

足立が一歩近づき、更にもう一歩を踏み出そうとした瞬間、


 ガン! ピキッ


 四篠は思い切りナイフを。強い力で刺さったナイフは、先端だけが窓を貫通し、窓全体に薄くヒビが入る。

「いや、来る。」

足立はその言葉を聞いて一瞬キョトンとして、それから思わず吹き出した。

「あははは!ごめんねえ、そこまで追い詰めちゃって!」

黙ったままナイフを向ける四篠とは対称的に、足立は笑いながら機嫌良く話を続ける。

「ナイフ一本、ひとりぼっちでよくやったと思うよ。だからさ、安心して死んでよ。」

足立は自身の足から爆音を鳴らしながら四篠に向かって走り出す。

 足立カホ、特神名は『ブースター!』。物体作用型の特神で、使用効果はこと。ブーストされた物体は投擲された時や発射された時、打撃を受けた時などに吹っ飛びやすくなり、そして吹っ飛んだ時の威力が上昇する。

 欠点としては左手で触れなければならないこと、こと、ブーストされた物はBOOOOSTという爆音を鳴らすこと、対象物の質量によっては効果が薄いこと、そしてブースト自体は10分ほどで切れることが挙げられる。欠点が多く、出来ることが少ない特神だが、この特神ならではの強みもある。それは、他の「吹っ飛ばす」特神や超常現象と併用可能であること、BOOST音を場の撹乱に利用できること、そして何より対象物やその数に限界がないことである。


「ほら!脳天ぶちまけろ!『ブースター!』」

 BOOOOOOOOOOOOOOST!!!!


 無論、使



「あっははははは!!」

 狂ったように笑いながら走ってくる足立に気圧され、四篠はその場を急いで離れる。足立はそのまま、数秒前まで四篠の後ろにあったコンクリートの壁に飛び込むと、何事も無かったかのように砂埃の中から起き上がり、真横に立つ四篠を目でまっすぐ見つめた。足立の目の前にあるコンクリートの壁には交通事故で出来たような巨大な凹みが発生し、窓枠の一部はひしゃげていた。四篠は数歩下がってナイフを構える。

「お前、自分に使ったのか…!」

「当たり当たり!あははは!」

 足立はから四篠を視界に捉えたまま壁の凹みを蹴ると、そのまま四篠に向かって突撃する。四篠に回避する猶予はなく、両腕で防御態勢をとる。しかし、

 BOOOOOOOOOST!!!!

「ぐはっ……!!」

 四篠は両腕越しに強い衝撃を受けて思い切り吹っ飛ばされ、口から血があふれる。と同時に、両腕を大量の小さな小石が貫通する。装甲のおかげで胴体を突き抜けることは無かったが、アームアーマーは使い物にならなくなっていた。ごろごろと転がった後、そのまま反対側の壁にぶつかって、よろめきながら立ち上がる。腕に体重をかけて体を起こしたせいで腕の細かな穴から血が噴き出す。

「………まるでショットガン…いや、クラスター弾みたいだな…。」

 同じように傷だらけの掌に穴を開けた足立は、半分割れたヘルメットから苦悶の表情を浮かべて呟く四篠に対してニコニコと笑って一言だけ言った。

「私も、。」

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