第5話 都会のキャニオン②
1-5 都会のキャニオン②
谷田は高校時代を思い出していた。
相合傘の落書きが残っている一番右端の席で谷田がスマホをいじっていると沼田と瀬内がやってきて、昨日観たものの感想を言い合っていた。谷田はそれを聞いて頷くだけだったが、それでも楽しく思っていた。そうして一回目のチャイムを無視して話を続けていると、二回目のチャイムの直前くらいに教卓の前に立つ先生がこっちを睨んでくる。そうすると、いそいそと2人は帰っていくのが少しだけ面白かった。たまに二回目のチャイムまでついつい2人とも喋っていると、谷田も巻き込まれて3人とも怒られた。それでも、谷田にとっては十分な日常だった。
あの事件の後、住んでいる場所の関係から谷田は他の皆とは違う高校に転校した。そして身一つで、既に体育祭も文化祭も終えて麻紐のような絆で固まった見知らぬ人達の中に突然放り込まれた。初めこそ話題になったあの事件のことで興味の対象になっていたが、面白いエピソードもキャラも、なにも持っていないことが分かるとすぐに飽きられ、捨てられた。
飛び交う会話は身内ノリや、見知らぬ人物のあだ名が散りばめられていて、理解できない自分には会話をする権利も無かった。連絡先も全く増えず、自分のプロフィールやステータスは一切変化せず、自分だけ時が止まったように感じた。けれども、かつての同級生はプロフィールやステータスメッセージを変化させ、投稿される写真に写った見覚えのある顔は進む時間の中にいた。気が付けば、自分と自分以外の全ての間には大きな谷が出来ていた。ずっと遠く、自分が至る未来の光景は砂煙に隠れてしまい、ただ漠然と生きていた。
「ん…?あ、れ…。」
何か固いものが額に当たり、谷田は目を覚ます。拾い上げたそれはかすかに光を帯びたボールペンだった。その光はやがて消えるが、それを見届ける前に自分の爪が気になった。
「あれ?爪…?」
爪からは絶えず砂が流れていた。それを見ていると、ぼんやりあの日の記憶が蘇る。そして、慣れた感覚で指先に近いどこかに力を込める。と同時に、少し遠くで甲高い男の呻き声が聞こえる。反射的にその方向に目を凝らすと、その男は腕が真っ二つに裂けていた。
「なんだ、これ」
蒔本が地面の上でじたばたしている隙に、朝倉は谷田の元へ駆け寄る。
「谷田くん大丈夫?」
谷田はゆっくりと立ち上がり、なんとなくボールペンをポケットにしまいながらその顔を確認し、驚愕する。谷田ショウジにとって朝倉ハナはオカルト研究部の先輩にあたる人物だった。
「あ、朝倉先輩!?どうして…ってそもそもこの状況は何ですか!?」
「あ、えーっと、そこら辺は後でカナエちゃんに聞いて!とにかく今はここを離れ」
蒔本が右腕を抑えながらゆっくりと立ち上がり、叫ぶ。
「逃がさねえぞ!!どこ行きやがった!!」
明らかに殺意のこもった声に谷田はびびり、それに比例して爪から流れる砂の量が増す。おかげで辺りの視界は最悪になっていたが、今はそれが功を奏していた。ビルに刺さった石のナイフの向きを見て、朝倉は方向を把握する。
「こっちに行こう。」
朝倉が静かにそう伝えると谷田は訳も分からぬままついていった。
少し離れたところにある廃ビルの中で2人は息をひそめる。蒔本が近くにいないことと悟った朝倉は谷田に迫る。
「この砂の量すごいよ!繋がったばかりなのにどうやってるの!?」
「繋がっ…え?」
「あ、そっか。えっと…どこまで覚えてる?」
谷田は今朝の記憶を振り返っていたはずだが、その記憶がやけに遠い昔のように感じられた。その中で一番新しいのは首に感じた鋭い痛みと痺れだった。
「何か、こう、後ろから首を刺されたような…そこまでは覚えてます。」
「なるほどね~。じゃあ自分が「特異神経」に繋がったのは知らないんだ。」
「え…えーっと、そ、うですね?」
「あ~…、じゃあどこから説明しよっかな?ってかどこまで知ってる?」
蒔本は右腕を抱えてゆっくりと二人の足跡を追っていた。
「ふーっ…ふーっ…ックソが…。」
蒔本の能力、『チャンスアンドデッド』はある意味では最強の戦闘、回復手段であるが、基本的に防御に徹することを前提としている。つまり致死傷を受けず、けれど重傷を受けなければ有利に立ち回ることが出来ない。ベンタブラックの外套に打ち付ける砂を感じながら、痛みに耐えながらただまっすぐと都会の砂漠を踏みしめて歩いていた。
「大丈夫すか?傷、代わります?」
「いや、大丈夫。お前が使えなくなる方が…。」
背後から聞こえた松璃の声に返事をするが、視線は動かず1棟のビルを見据える。だが、一つの邪悪な作戦を思いつき、歯を食いしばってから松璃に頼みごとをする。
「いや、一つ頼まれてくれないか。」
そういうと、松璃はビルの一角に見えた人影に向かって走り出した。
「それで、谷田君は『サンドキャニオン』を…待って。」
風の音に隠れて微かに聞こえる、階段を登る足音に気づいた朝倉はその方向を睨む。
「おいおい、足元に気を付けなよ。足跡で丸わかりだぜ?」
ゆっくりと姿を現す蒔本の腕には傷一つない。蒔本は余裕そうな態度で部屋中に聞こえるように語り掛ける。谷田と朝倉はビルに残されていた小さめの棚の裏に隠れる。
「ん~?ああ、そういうことね。」
いくつもある障害物の中でその棚だけを狙って石を投げる。
「…!」
「ほぉ~ら、姿見せな~?」
ゆっくりと、蒔本はおもむろに足音を鳴らしながら近づく。その声は笑っている。ある程度の距離近づいたタイミングで朝倉が立ち上がりナイフを構える。
「それ以上近づいたら、分かるでしょ?」
「え~へっへ?わっかんないなぁ~。」
じっと睨む朝倉に対して蒔本はとぼけた態度で振舞い、朝倉の方を見ずに辺りを見渡す。
「谷田ク~ン?どこかな~?」
朝倉はその瞬間にナイフを投げる。蒔本の頬を掠める。
「ん?何よ?」
と言って微笑む蒔本の足に向かって小さな棚だったものが一斉に発射される。
「足元に気を付けるのはそっちだよ!」
「馬鹿だね。」
そうして大量のナイフの傷を受けたのは、朝倉だった。
「あ…え…?」
「『バーゲン』で生成されたナイフはその場に留まるか、ターゲットに向かって発射されるか選択できる。既に知ってたよ、そんなこと。いや~便利だね君の『バーゲン』。」
朝倉はその場に膝から崩れ落ちる。右腕は真っ二つに裂かれ、大量の血が流れる。精一杯のか細い声で疑問を口にする。
「何故?何をしたの?」
「あーそっかぁ!そこの自販機に隠れてる谷田クンにも分かりやすいように教えてあげるね?」
谷田は自販機の裏に隠れ続けるが、その自販機の方向をあからさまに見ながら蒔本が話す。
「『インアデイズ』は二つの使用条件がある。影にいることと、体力だ。使えば使うほど疲れが溜まるんだよね…でも、逆に言えばさ。使用回数自体に上限は無いんだよね、そしてクールタイムも。だからさ、ほら出てきていいよ。」
谷田は突然腕を掴まれ、松璃に組み伏せられる。谷田には松璃の右腕にある乾いた血の跡が見えた。
「傷の再交換ってやつ…いや、再々交換…あー、再々々交換かな?全ての傷は僕が受けたけど、全ての痛みを受けるのは朝倉さんってわけ。あらためて聞こうかな…いや、まだ僕からは聞いてないか。」
組み伏せられた谷田の前にしゃがみ込み、蒔本はその顔を覗き込みながら問う。
「僕らと来ない?」
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