第4話 都会のキャニオン①

1-4. 都会のキャニオン①


拳銃のセーフティを外しながら、秋良は左手のビルに逃げ込む。しかし、ビルの扉を開く前に辺りの景色が一瞬だけ歪み、気が付けばそこは

「やっぱり来ちゃうか、「生徒」!」

教卓の前には「生徒」と呼ばれた谷田の影が立ち尽くしていた。中心にいる秋良が一歩ずつ下がっていると、やがて「生徒」は一歩を踏み出した。その瞬間、砂埃が舞うと同時に

「…痛っ…!」

左膝に刺さるような強い痛みを感じ、目を向けると、ズボンが破れて傷が出来ていた。恐らく先程転んだ際に生まれたものだろうと秋良は納得しようとして、しかしどうしても違和感が拭えなかった。擦り傷にしては。まるで転んだ際にカッターナイフが突き刺さったかのように鋭く深い傷が膝の肉を明らかにしていた。血が止まらない。

「物質生成系の特異神経…傷…これって…。」

教室に出来た深い切り傷は床や低い高さの壁に多く、逆に天井には一切傷が生まれていなかったこと、転んで出来たはずの傷が深すぎること、そして常に視界を妨害するほどのが、谷田を中心として竜巻を引き起こしていたこと、秋良はこれらを踏まえて谷田の特異神経の使用効果を推測していた。そして壁に書かれた小さな相合傘の落書きが大きな穴を作り上げていたのを見て、それが確信に変わる。

「これは…なんとも厄介だけど…でももしかしたら!」

拳銃のリボルバーを回し、今度は影に向かって発砲する。影を掠めた銃弾は鋭くをしており、「生徒」の右肩を削いだ。と、同時にその影はその傷を起点として真っ二つに裂かれ、床に倒れ伏した。


辺りは元の景色に戻り、秋良はすぐに車に避難する。

三五十みごと領域りょういき脱出…。」

「カナエちゃん、大丈夫?」

気が付けば3人の応援が来ていた。そのうちの一人は自分もよく知る先輩だった。秋良はほっとして少し肩の力を抜いて返事をする。

「はい、大丈夫です。三五十領域は脱出しました。」

「えー!すごいじゃん!よく頑張ったね!」

「しかし…谷田ショウジの「接続」を許してしまいました。」

「しょうがないよ、『インアデイズ』の予測はほぼ不可能、それに「接続」しただけなら大丈夫だよ。ところでどんな効果だったの?」

2人が会話をしている間、他の応援が続々と到着し、谷田ショウジを警戒する。谷田は一切目を覚まさないが、「生徒」が消滅してからは砂埃が段々と弱くなっていた。

「恐らくですが…彼の能力は特殊な機能を備えたを生成する特神でした。砂は侵入した機能があり、傷の深さはおよそ1~5cm。使用者自身の傷にも作用していたことから深くする傷を選ぶことは出来ないようです。」

「な~るほどねえ…。じゃあ名前は「サンドキャニオン」ね!」

「何かの曲名ですか?」

「いや、それっぽいかな~って。…また動き出したみたい。」

風が強く吹き、廃ビルに砂埃がたたきつけられる。再び周囲の砂が谷田を中心に竜巻を形作り、捜査員らを閉じ込めると同時に、周囲のビルや道路に深い渓谷を作り上げる。秋良は周りの捜査員に聞こえるように叫ぶ。

「傷を深くする効果があります!切り傷に注意を!!」

「ねえ、谷田君自身の傷も深めちゃうんでしょ?任せて!」

そういうと秋良の先輩、朝倉ハナは地面に落ちている小石を拾った。

「特神接続、『バーゲン』。」

小石はみるみるとと、朝倉はそれを谷田に向かって投げた。ナイフは谷田の前に立ってその人型を形成し始めていた「生徒」を貫き、谷田自身の左腕を掠めた。その瞬間に「生徒」は歪み、何とも形容しがたい複雑な形状の化け物へと変貌した。

「「生徒」が不定形になった…!」

「あと少しの辛抱かな。」

他の捜査員は盾を構え、「生徒」に向かってを発砲する。弾丸がその化け物を貫くたびに、新たな不定形へと変化する。それを見て朝倉は呟く。

「彼、谷田ショウジの特神「サンドキャニオン」は傷を深くする効果がある。つまり、敵のかすり傷を致命傷にすることが出来る点でいえば無類の強さを誇る。けど、残念なことににはなれない。サポートするにしてもちょっと使いにくいし、彼自身含む敵味方全員にとってな特異神経ね。」

やがて「生徒」は消滅し、気が付けば風は止んでいた。対超常装備のおかげで死傷者は出なかったが、ただでさえ廃墟のような南巳川の街並みは深い谷だらけになっており、まさにそこには一つの新たな峡谷が生まれていた。

「さて…いつも通りならかな。」


「正解!」

甲高い男性の声がすると、谷田の真横に傘を差した男、蒔本が現れる。蒔本は傘を自分の肩に掛けながら、谷田の身体を背負い、連れ帰ろうとする。

「させない!」

「待って!」

秋良は銃を構えるが朝倉はそれを制止し、代わりに石のナイフで蒔本の傘をはじき落とした。蒔本は後ろを振り返り、朝倉は蒔本に睨まれながら冷静に喋る。

「特神名『チャンスアンドデッド』、使用効果は。条件として「影の中にいること」が設定されている。」

蒔本は舌打ちをするが、すぐに笑顔を作る。

「それも、正解。…でも今回も戦いに来たわけじゃない。あくまで僕は回収役さ。」

BOOOOOOOOOOOST!

そのセリフが終わりきる前に、蒔本の後ろからペットボトルが爆音を鳴らして飛んでくる。

、ね?」

それと同時に、街の至る所から様々な爆発音と超常現象が発生し始める。が、蒔本は気にせずに話を続ける。

「どうして急にこんな数…」

「我らがリーダーはショウジくんにでね、ぜひ仲間に加えたいらしい。だからお友達を連れてきたんだ、君にとって懐かしいお友達をね。

「…何人いるの。」

「6人、予定が空いていた仲間達だよ。本当はもっと連れてきたかったんだけど…まあ、この劣悪な社会じゃ忙しいからね。」

「…っ、皆命令!奴らの破壊を止めてきて!カナエちゃんは本部に連絡を!」

「はい!…け、圏外!?」

蒔本は傘を拾いながら笑う。

「ははは、そりゃ対策くらいしてるよ。これくらいならすごい能力もいらないし。ところで朝倉さんはどっか行かないの?ずっと僕と見つめあうつもり?」

そう言った後、拾い上げられた傘に穴が開いていることに気づき舌打ちをする蒔本に、朝倉はナイフを構えて答える。

「それなら留置所でも出来るよ。」

「はは、ノリノリだねえ!やっぱ朝倉さんも「こっち側」じゃない?」

秋良に逃げるよう促しながら朝倉が投げた石ナイフは空を切り、蒔本の後ろで地面にぶつかって音を立てる。

「私はもうはしゃぐだけの子供じゃないよ。」

車へ乗りこむ秋良を尻目に、朝倉は道路に落ちている瓦礫に触れて大量の石製ナイフを一瞬で生成する。

「ただ何も考えずに与えられたものを受け入れるだけの方がよっぽど子供じゃない?あ、それともペットかな?」

「お話の続きは留置所でしようね~!」

次々と飛んでくるナイフを蒔本は避けながら色んな方向に走り回る。時には標識の柱を使い、時には花壇の土を飛ばした。一方で朝倉も街中にある色々なものをナイフに変換し、蒔本が隠れるための障害物となりそうなものを片っ端から片付けていった。その間二人とも互いを煽りながら余裕そうに振舞うが、やがて双方とも動きが遅くなる。

「はあ…はあ…、道路のお掃除ご苦労さまだねえっ!」

「げほっげほ、こいつめ~っ…!」

2人が立つ交差点は瓦礫や柵一つないまっさらな空間となっていた。聳え立つビル群には様々な材質のナイフが突き刺さっている。その中心で互いに軽口をたたきあうが、もはや一歩も動かなくなっていた。

「さてと、セールは在庫切れかな?」

「お前の特神を使うも無いけどね!」

その瞬間、蒔本の腕時計から事前にセットされたのであろうアラームが街中に響く。

「ゲームセット、僕の勝ちってわけだ。」

「な…!」

蒔本が笑うと、その服装がいつの間にか変わっていることに気づいた。最初から着ていた白いTシャツの上に、新たに昼間でももはやただのシルエットにしか見えないほど真っ黒なオーバーサイズのパーカーを着ている蒔本は物々しく大きな声で朝倉に語り掛ける。

「ベンタブラックって知ってるかな?紫外線も通さない、世界一の黒って言われてるんだけどさあ、イギリス国外には基本的に持ち出されてない塗料なんだよね。だから友達に頼んで「作って」もらったんだよ、ほぼ同じものをさあ!」

おもむろにパーカーの真っ黒なフードを被り、顔の半分を隠すと、その口元がにやりと笑った。

「『チャンスアンドデッド』…!ようやくショーの始まりだよ朝倉ぁ!!」

その横に一瞬、スーツを着た松璃の姿が見えた。

「これは…やられた!の『インアデイズ』!」

両手を後ろでつなぎ、堂々と一歩ずつ朝倉に歩み寄る。朝倉は割れた地面に爪を食い込ませ、石をもぎ取り『バーゲン』を使用する。指先に強い負荷がかかり爪にヒビが入るが、気にせずにナイフを向けたまま一歩ずつ下がる。

「おや?もしかして僕の特神を忘れてしまったのかな?…ふふふ、怖がらなくてもいいんだよ。」

「怖くないけど、ただキモイよね。」

そう答えながらも顔が引き攣る朝倉の後ろには壁が迫り、段々とその距離が縮まる度に蒔本の口角は吊り上がり、朝倉の手に汗がにじむ。やがてあと一歩のところまで近づくと、蒔本は朝倉の持つ石のナイフの刃を右手で掴み、へし折る。蒔本の掌が切れて血が流れるが、全く意に介さない。

「朝倉さんって睫毛長いよねぇ~。」

「なにそれ、口説いてるつもり?ウケる。」

そして今度は左手を上げ、朝倉の手首を掴もうとしたその時、

「あれ…なにこの爪」

「え」

赤く、に気づくと同時に、蒔本は右腕を縦に裂くような強い痛みと、そして実際に余りに深い傷に気が付く。

「ぅぐっあああああ!!!」

蒔本が崩れ落ちた辺りの道路を砂が覆い隠し、風が戦慄き声を上げる。

「なんだ、これ」

最初にそう呟いたのは、谷田ショウジであった。

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