第3話 問答
1-3. 問答
沼田の元へ向かう黒い軽自動車は山道を走る。秋良はモニターを操作して、最近流行っているJ-POPを掛ける。インターネット上で活動している匿名の歌手、サバクラクダの新曲「ガラクターボックス」という曲だと秋良は説明する。しかし、後部座席に座る谷田は生返事を繰り返すのみでどこか上の空だった。秋良が話を変える。
「何か、考え事でもしてるんですか?」
「まあ、はい。ああいや、不安だとかそういうのじゃなくてですね。ただ…、気になったことがあって。」
「知ってることならお答えしますよ!」
「ああ、ありがとうございます。…純粋な疑問なんですが、沼田がその…「特神」っていうものに目覚めたのはエル…えー…なんとか定数の電流を浴びたからなんですよね?」
「はい、そうですね。エルペンタ定数の電流に感電したからですよ。」
「じゃあ、なんで僕はそういう「特神」を持ってないんですか?」
「ああ、なんで「脳の開拓」がされてないのかですね。それは単純な計画のミスだと推測されています。」
「ミス?」
「はい、あの三五十高校の校舎には放電、つまりわざと漏電させる為の処置が施されていました。しかし、実行本番までに実際に使用したことは無かったようでして、設計ミスがありました。それで…少しだけエルペンタ定数に電力が足りていなかったみたいなんです。」
「え?じゃあ、その開拓ってのはされないんじゃないですか?」
「エルペンタ定数の近似値で電流を脳に流すと、「開拓」自体はされないですけどその準備をするみたいで…。まあ、寝惚けている状態だと考えてもらえれば。」
「つまり…僕の脳もその「寝惚けている」んですか?」
「そうですね恐らく沼田さんは、何かにもう一度感電して、それで特神に繋がったんだと思われます。」
赤信号で車が止まり、その際に谷田は座り直す。
「じゃあ、僕も感電すれば「特神」に繋がるんじゃないんですか?」
信号が青に変わるが、秋良は車を発進させず谷田の方を見る。
「やめといたほうがいいですよ。」
「え?なんでですか?」
幸い後ろに車は無く、道路も黒い軽自動車、秋良が操縦する車以外に見当たらない。その上丁度「ガラクターボックス」が終わった所だったので、数秒の間沈黙が流れる。そして秋良は前を向き、車を発進させながらつぶやく。
「過ぎた力が最初に刃を向けるのは、自分自身なんですよ。」
谷田は、何も答えなかった。
車がある道路に入ったところで、カーナビが真っ暗になる。
「あれ?カーナビ消えちゃいましたよ?」
秋良は平然として答える。
「ああ、この先は一般人が入れないように本来は封鎖されているんです。だから地図に載らないようになってますよ。」
「え?そんな話初めて聞きましたよ。」
「ははは、そりゃそうですよ。ここから先は無かったことになっている街、南巳川市ですから。」
「無かったことに…っていうのはどういうことですか?」
「だから言ってるじゃないですか。一般公開されてるあらゆるデータベース…例えば地図とかに載ってないんですよ。国の重要な施設がいっぱい置いてあるんです。」
「なるほど…。すぐにバレそうなもんですけどね。」
「特神とはまた別の、超常的な技術を使ってるらしく、今までバレてなかったんですよ。彼に襲撃されるまではね。」
「彼…沼田、ですか。」
「ええ。」
キリの良いところで車は止まり、全ての窓がシャッターのようなもので塞がれる。
「これから先、車から出ないでくださいね。」
「なんでですか?見てはいけないものでもあるんでしょうか。」
「いえ、彼が来ました。」
「…!」
その会話の直後、今度は運転席と後部座席の間にカーテンがかかる。カーテンの向こうから秋良の声がする。
「ここで待っていてください。」
ドアを開ける音と共に、外の音が一瞬鮮明になったかと思うとすぐにドアが閉まり、再び車内にはサバクラクダの「ガラクターボックス」だけが流れ始めた。
暫くして今度は横のドアがスライドし、鋭い光が谷田の目に飛び込む。
「うわっ…」
頬を砂埃が殴り、チクチクとした痛みを覚える。やや遠く、風の向こうから秋良の声がする。
「もう出て大丈夫ですよ、こちらに来てください。」
ゆっくりと車を降りる。外はあの映像と同じ、荒廃した街だった。車は白線を無視して真ん中に止まっており、その前方には交差点があった。そして、そこには二人分の人影がある。手前にあるのは女性、秋良カナエのものだと分かり、その奥には。
「ツカ…!」
「ショウ、久しぶり!」
交差点の丁度中心にいる沼田の元に駆け寄ろうとして、谷田はその手前で秋良によって制止された。
「谷田ショウジは、一度あなたの話が聞きたいそうです。」
「なるほどね、両陣営の話が聞きたいってわけか。なら…ショウは間違いなく俺の方に来るけど、大丈夫?」
「…ええ、構いません。」
秋良と沼田は互いに睨みあう。ふと、暫くして沼田がふっと笑うときょろきょろと辺りを見渡し始めた。
「1、2、3、4、ふんふん…ざっと20人ってところかな。…友達の前でそういうことをやりたくないからさ、
「………分かりました。」
秋良はそう返答すると、ぼそぼそと自身の右袖に向かって何かを呟く。その数秒後、沼田はにっこりと微笑んだ。
「うーん…まあ、いっか。カナエちゃんも聞いてってよ。」
秋良は制止した左腕を下ろし、秋良に対して頷く。それに答えるように谷田も頷くと、さらに一歩前に出る。
「あれ、そういえばショウってまだ「繋がって」ないの?」
「…まあ、うん。つーか、こういう存在も2日前くらいに初めて知ったし。」
「あー、確かに普通に過ごしてたらそうだよねー。説明はもう受けたよね、「脳の開拓」とか「特異神経」とか…あ、あと「Be Order」計画とかさ。じゃああれは?俺が今何してるのかとかは?」
「革命…だっけ?」
「そ、新しい社会秩序になりたいんだよね。この力はさ、選ばれた者にしか与えられないんだよ。」
「え、選ばれた者って…。単なる事故の被害者ってくらいじゃ…。」
「まあまあ、話を聞いてよ。理由は何であれ、俺たちはこうして「力」を受ける運命にあったんだよ。そしてそれは、この腐った日本…いや、世界という箱庭を支配してより良くする為に存在するんだよ。」
沼田は地面に座り、2人にも座るように促した。
「今の社会は、金、権力、学歴、そういう仮初の
沼田の声はだんだんと大きくなり、辺りに響きはじめる。が、谷田は至って冷静にその話を聞いていた。やがてその演説が終わると、谷田は一言言った。
「なんか…久しぶりに会った友人が変な新興宗教にハマってるのって、こんな気分なんだな。」
「……理解、してもらえないか。」
谷田は今まで抱いていた沼田に対するイメージを払いのけ、インターネットで見て学んだ「煽り」をしたい気持ちになった。それは罵って全てを否定したい訳ではなく、単に友人をイジるような、高校の頃のような軽いノリだった。
「残念だけど、俺は俗世に染まりきってるからさ、何言ってるかマジで分からんわ。」
「そっか…残念。でもまあ、会えてよかったよ。」
沼田は立ち上がると、大きな声で言った。
「ショウがまだ繋がってないって知れたからね。俺達にとっちゃ有益だよ!」
「「俺達」…?」
突然、谷田は首に激しい痛み、痺れを感じ、後ろを振り返る。そこには見覚えのある人物、沼田ツカムの友人だった
「松璃…さ…ん?」
「覚えてくれてたんすね。それはまあ、嬉しくないな。『インアデイズ』の対象外だ。」
その言葉を最後に、谷田は意識を手放した。秋良が急いで
「「特異神経」への接続は、今まで無かった新しい腕が生えるようなものだ。だから繋がったらまずは反射的に慣れようとして「特異神経」を限界まで使用し始める。これを特神課…君たちは「暴走」と呼び、俺たちは「適応」と呼んでいる。」
辺りの風が強くなり…谷田を中心に竜巻が生まれ始める
「そうともショウ!これは俺達への「適応」なんだよ!…ってもう気絶してるのか。」
沼田はそう言い残すと、砂煙に隠れて一瞬で消えた。残された秋良は、急いで車に戻ろうとするが、いつの間にか道路に空いていた大きな傷に引っかかって転んでしまう。
「これは…、まずいかも…!」
砂埃が酷くなる中で秋良は、右袖に向かって大声で叫ぶ。
「監視対象、谷田ショウジが「暴走」を引き起こしました!
右袖から男性の声が響く。
「捜査員秋良カナエ、先程応援を要請した。戦闘、銃火器の仕様を許可する。到着まで耐え」
しかし、その声は最後まで言葉を繋ぐ前に途絶えてしまった。秋良カナエはジャケットの内側から奇怪な形の拳銃を取り出し、呟く。
「まさか、谷田さん、貴方に使うことになるとは…!」
風は強くなるばかりだ。
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