第4話 答え合わせ
「さてさてー。どんな質問が来るかなー。今から俺は質問に答えるけれど、分かったらじゃんじゃん答えを出してくれても構わんからね」
翌日。
今日は一段と上田の機嫌がよろしく、嬉々とした様子だ。
まるで、東雲たちが夜通し考えた推理を聞くのを、待ちわびているようだった。
「それじゃあ、一つ目の質問から早速しても構わないかしら」
「いいぞ緒方。しかし質問に必ず答えられるわけじゃないからな」
上田は念を押す。
つまりそれほど、たとえばちょっとした些細な質問からあっという間に答えが導けるほど、意外とこれは単純な道筋であるということだ。
だから上田はこれまで以上に、自分が話す言葉、東雲たちの顔色に、注意している。
「一つ目は、その生徒がいつ職員室前の提出ボックスにノートを出したのか」
緒方は、最初に考えた質問を、上田にぶつける。
「そうだなあ。確か、六月二十三日だ」
「二十三日か。現代文の課題ノートの締め切りが二十四日だったから、それまでの間に何かが起きたってことなのかな」
小河が何やら考えを膨らませているが、東雲の推理では、その考えは根本で間違えてしまっているのではないかと、そのように思いつつある。
まあ、推理と言えば少し大袈裟な気がしなくはないけれども、一応東雲は昨日、おおよその答えは導き出したつもりであった。
しかしながらまだ、この時点では、それは確固たるものにはなり得ていない。
東雲が今現在立てている推理では、たとえば、もし生徒Aが仮に二十一日に出そうと、あるいはもっと早い段階で、それとももっと遅い段階で出していようが、なんら関係のないことである。
それよりもっと、むしろ一番重要なのは、今、夜桜香織がしようとしているこの質問だ。
「じゃあ、その生徒さんはどういった正確なのでしょうか」
「むむ? 予想外の質問だな。それはつまりどう言うことだ?」
上田が首を傾げる。
流石にそれは言葉が足らなすぎるぞ、と東雲は心の中で呟いた。
当の夜桜本人は、「どうして伝わらないのかしら」みたいな顔をしてこちらもこちらで首を傾げているのだから大変面白い。
「その生徒は几帳面な性格でしょうか。字が綺麗かどうか、整理整頓はできているかどうか。具体的に言えばそんな感じですよ」
東雲はフォローした。我ながら良いフォローだと悦に浸っていたが、隣で緒方が「ふっ」と失笑すると、急に現実に引き戻される。
なんてやつだ。失笑しやがった。
「ああ、そういうことか。うーん。整理整頓はできないかもなあ。一度、ロッカーを整理するように注意したことがある」
「なるほど。ありがとうございます」
ここで一歩答えに近づく。
東雲はあと二つの質問を考えていた。
その二つの質問はこうである。
一つ、六月二十三日に古典の先生は学校にいたか否か。
二つ。その生徒のノートが発見されたのは何日のことであるか。
この二つの回答次第で、およそ東雲の現在の推理に幾分か信憑性高まる。
一方で、この回答が予想と大きく外れた場合、東雲の推理は一気に崩壊する。
これは賭けでもある。情報が少ない以上、もはやこれしか方法はないのだ。
「ほーーう。良い質問だ。四つの回答全てが良い質問だ。よく考えたねぇ」
上田は面白そうに口もとを緩め、それぞれ四人を見渡したあと、大きく息を吸った。
「質問に答える。三つ目の質問だ。古典の先生は二十三日出張に出ていた。四つ目、解決したのは二十六日だ」
「さて。質問は全て答えた。答えを聞かせてもらおうか!」
「ええと……。これじゃあ思いつかないわね。東雲君。どうして古典の先生について聞いたの? 教えてくれるかしら」
緒方が思案しながら、俺に目配せしてくる。どうやら真剣に考えているようだ。
いつもは毒舌で、何かにつけてとやかくいじってくる緒方だが、考える時はしっかり考えるし、分別がある。
東雲は向き直って説明することにした。
「そうだな。まず、僕は誰かが間違えてノートを取ったり、隠したり、そういった結末にはならないだろうと、最初から考えていた」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
小河が首を傾げる。
「間違えたらすぐに気がつくし、例えばもしそれがいじめによるものだとしたら、こんなこと問題には出さないだろう。上田はこう見えて正義感が強い」
「おお。まさか性格を見破られるとは。これは予想外だ。確かにその通りだよ」
東雲の考えに、上田が目を見開いて頷く。
範囲が狭まる。これで、選択肢は狭まった。
なんの証拠も確信もなかったが、今の上田の反応で確信に繋がる。
東雲は口元を緩めて、話を続けた。
「なら、次は夜桜の質問に繋げる。生徒Aはズボラな性格で、注意散漫なところがある。とすれば、間違えて提出ボックスに入れてしまう可能性が高い」
「ですが、別の提出ボックスに入れれば、担当の先生がすぐに気がつくのではないでしょうか?」
夜桜が疑問を示した。良い疑問だ、夜桜。
その疑問は、そのまま緒方の最初の疑問に帰結する。
「……あっ。だから、あなたは古典の先生がいるかどうか、質問したのね」
緒方が閃いた。さすが緒方だ。頭の回転が速い。もう彼女は答えに辿り着いただろう。
そして、この場にいる全員が、東雲の答えを予想できるようになる。
「古典の先生は、あいにく出張だった。もし、生徒Aが間違えて古典の提出ボックスに入れていた場合、古典の先生が帰ってきて、ノートを一つ一つ確認しない限り、三十近いノートの中に生徒Aのノートは埋もれてしまうことになる」
「だから気が付かなかったんだ」
「そういうことだ、小河。二十五日に職員室で上田と生徒Aが押し問答していたのに、他の先生がノートの在処を知らなかったのは、肝心の古典の先生が出張でいなかったからだ。解決したのは二十六日って言ったな。つまりその日が古典の先生が学校へ戻ってくる日で、ノートが古典の提出ボックスから発見された日になる」
東雲は言うだけ言うと、ほっと息をついた。
辺りは静まり返っている。間違っているか合っているか、そんなのはどうでも良い。
間違っていたらそこまでだ。そもそも、それほどこの推理は重要ではないのだから。
全員の視線が上田に移される。
上田は手を胸元まで挙げて、パチパチと音を鳴らした。
拍手した。
東雲はその時、己の推理が今回も的を射ていたということを悟った。
一安心である。
「素晴らしい! 全て東雲の言う通りだ。まさか、古典の先生の出張日まで言い当てるとは。いやぁー、良いねぇ」
「これは一か八かの賭けでもありました。僕が先生の性格を推理した時、しらばっくれられてしまったら、推理が成り立たなかった」
「はっは! そういう意図が! まさか計られているとは思わんかった!」
上田は満足そうに笑った。
その時、隣の緒方が東雲の袖を引っ張って「よくやったわ。褒めて遣わす」と呟いた。
おいおい、何様だよと思わず東雲は笑った。
しかし、その言葉を発した彼女の唇は妙に艶かしく、色気があり、思わず吸い込まれそうになる何かを秘めていて、東雲は目を逸らした。
再び彼女を見ると、彼女はふっと、口元を緩めて、嬉しそうに微笑んでいた。
「いやぁ、今回も東雲に助けられたね」
「あっぱれあっぱれ、ですね!」
もうすぐ下校時刻を迎えようとしていた。
ほんの些細な一日である。
次、いつ上田から謎を持ち掛けられるか、それは誰にも分からない。
上田はなんのためにこの四人を呼び出して、何の意図を持って、このようなくだらないと言って仕舞えば簡単な、それでいてそれなりに面白みのある謎を持ちかけてくるのか。
ただの上田の趣味だろうか。
趣味だとしたら、やはりこの学校は変わり者の集まりだと、東雲は思った。
推理部の日常! イヌニクキュー @inu-nikukyuu55
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