第5話

将棋学園の生徒会長、郷道赤矢ごうどうあかやは人使いが荒くて有名だ。

自分の都合に合わせるためならどんなことだってするし、気にくわないやつは捨て駒にした。


生徒会長補佐の一人、有馬瑠璃人ありまるりとは校内の雑巾がけをさせられていた。

瑠璃人はぼやいた。

「夏休みなのに、ついてないなあ」


本来なら、生徒会メンバー全員でやる作業量だったが赤矢に押し付けられたのだった。


そこにバケツを持った紫音しおんが現れた。

「私も手伝うわ。ついてきてほしい場所があるから早めに終わらせましょ」


瑠璃人には女神のように思えた。まさか、雑巾がけ終わりに反体制グループ“えん”の集まりに行くなんて思ってもいなかった。


二人は寂れた貸し会議室に向かった。

会議室にはマスクや布で顔を隠した十数人が集まっていた。その人たちと同じように瑠璃人も顔を隠して参加した。


どうやら、“円”では昔の通貨であるお札や小銭を集めてわざと人目につくところに置いたり、本来の通貨のあるべき姿を説明するセミナーをおこなっているようだった。


役員の一人が紫音に声をかけた。

「メンバーの一人が、お札を入れた瓶をお駒持こまもちの邸宅に投げ入れたそうです。どういたしましょうか」

「そうね、反省させましょう」


紫音のきつい口調に瑠璃人は少しヒヤッとして、尋ねてみる。

「反省させるって、どんなことをするの?」


紫音は淡々と答える。

「指導するのよ。今回は自首もさせるわ。どんなに駒を通貨にして将棋決闘で物事を決める世界がおかしくても、瓶を投げ入れるとかは良くないわよ。

だけど、それを正しい道に導くのが上に立つものの指命よ。一度メンバーに率いれたからには、その人を指導しないとね。都合が悪くなったら切り捨てるなら、最初から人を集めるべきではないでしょ」


紫音の言葉は瑠璃人に響いた。女子高生だから、若いから、そんな言葉をすべてはねのけるような説得力があった。


紫音は瑠璃人を勧誘する。

「ねえ、瑠璃人も“円”に入らない?みんなで通貨を駒から円に戻すのよ」


瑠璃人は悩んだ。志は“円”に共感する。けれど、どうやって活動費の駒を調達しているのか気になった。


押し黙って考えているときに、別の役員が紫音に声をかけた。

「そうそう、例のネット将棋決闘で勝ちまくってる高校生は緋竜ひりゅうだとわかりましたよ。あのとんでもない強さこそ、きっと少年Aでは……」

慌てて紫音が話を遮った。

「その話はまた今度聞くわ」


瑠璃人はポカンとした。少年Aって?

とんでもなく強かったら少年Aの可能性があるのか?

12歳からの俺のネット将棋ライバル、scarletスカーレット

scarlet以外で、とんでもない強さの少年は思い付かない。


その日の帰り道、真剣な眼差しで瑠璃人は紫音に頼んだ。

「なあ、緋竜と会わせてくれないかな。俺は復讐のために将棋の勉強を始めたけど、楽しさを教えてくれた人がいる。その人が緋竜かもしれない」


紫音は微笑んだ。

「いいわよ、彼氏の頼みだもの」

このとき、紫音は瑠璃人の願いを本当に叶えるつもりだった。

誰の手下かもわからない紅という男に駒欲しさで、瑠璃人の過去を話してしまった罪悪感があったからだ。


結局、紫音は瑠璃人と緋竜を会わせられなかった。

くれないから口止めがあったのだ。

「ボスから会わせられないと言え、って言われました」


このように紅は抜けているが、将棋だけは強い。

ボスとは、しゅ総理のことだった。

部下たちは、忠誠を表すためにボスと同じ赤い駒の入れ墨を入れている。

朱は将棋が弱いから、強い者を集めて自分の周りを固めていた。


緋竜の背中にも、赤い駒が彫られている。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お支払いは将棋の駒で!?狂った世界をぶっ壊して親を釈放するのは俺だ くまじろう @arimak

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ