第4話

移動授業で偶然となりの席だった女子にシャーペンを貸した。

放課後、ばったり再会したから一緒に帰った。


「私たち、気が合うんですね?有馬先輩も読もうと思ってたんですね」といって漫画の最新刊を取り出した女子高生。

岩倉紫音いわくらしおんだ。


瑠璃人るりとは心のどこかでわかっていた。この子はあの“えん”と関わりがあるから注意が必要だと。

だけど同時に、だからこそ嬉しかった。同じ考え方の同世代に出会えたからだ。


いつの間にか連絡先を交換して、気がつけば毎日一緒に帰るようになっていた。


ある日、紫音が誰かにつけられていたから瑠璃人が助けた。

逃げていったストーカーが誰なのかわからなかったが、走るときにTシャツがずれ落ちて真っ赤な入れ墨が見えた。

その入れ墨に、瑠璃人は見覚えがあった。


もう瑠璃人は黙っていられなくなった。

次の日、人気のない公園に紫音を呼び出した。

瑠璃人はベンチに座って確信に触れる。

「危ないこと、してない?例えば、“円”と関わってるとか」


紫音は驚いた顔をしたが、少しして覚悟したように答える。

「ごめんね、黙ってました。先輩にはいつか話さなきゃって思ってたのよ。出会ってから3ヶ月で、こんな話してごめんなさい。私が活動グループ“円”のリーダーなの」


紫音は、瑠璃人とたまにタメ口で話せるくらいに仲良くなっていた。

お互い話しやすい関係性だった。

だから瑠璃人も迂闊に話してしまう。


「そうだったのか。あのストーカーには誰よりも気を付けた方がいいよ。赤い入れ墨をしてるのを見たんだ。あれはヤバい奴らの証なんだ」

「どうヤバいんですか?」

「えーと、紫音には話すしかないか。実は、俺の両親は刑務所にいる。王将を闇金の連中に渡してしまって。当時の借金取りが成駒の入れ墨をしてたんだ、何かの組織だと思う」


将棋の駒は裏返すと進化する。その駒は成駒と呼ばれ、駒の文字が赤くなっている。


セミの声だけが鳴り響く公園。風でブランコが揺れるたびに誰か来たんじゃないかと瑠璃人はそわそわした。


紫音が瑠璃人の手を握る。

「この話は、絶対に誰にも話さないわ。私を守るために話してくれてありがとうございます」


二人は見つめあって、ほぼ同時に口を開いた。

「ねえ、付き合わない?」


その言葉は瑠璃人には、二人のどちらの言葉だったのか、家に帰る頃には忘れた。

恋は盲目というけれど、境界線が見えない。


だけど、紫音には最初から境界線があった。


紫音は帰宅してすぐに部屋の引き出しの鍵を開けた。

2台目のスマホを取り出して電話をかけた。

「もしもし、くれないさんですか?この間はありがとうございました。ええ、いかにもストーカーでしたよ。

いえ、有馬瑠璃人が少年Aなのかわかりませんが面白い話を手に入れましたよ。彼の過去についてです」


電話の向こうで、紅と呼ばれた男が返事をする。

「なるほど、興味深いですねえ。そういや、以前に集会で帽子をうっかり落としたときのこと思い出しましたよ。

僕の連絡先のメモを入れてて。確実に渡せとボスに言われていたから、君が拾ってくれなかったらまずかった。あのときみたいにお礼をしないとですねえ」


その後、紫音が瑠璃人の過去について話したあとスマホの残駒確認アプリを開くと、大きな数の駒が振り込まれていた。

その駒は、“円”の活動資金に充てられる。


スマホから銀行に預けている駒の数は確認できるが、異質な通貨なため令和になってもネット決済やカード払いは存在しない。


紫音は次の一手を考えて、ひとりごとをつぶやく。

「そうだ、瑠璃人を“円”に潜入させよう」


締め切っていた防音カーテンと窓を開けて換気をすると、ベランダでセミが裏返ってもがいていた。

無様な様子が瑠璃人と重なって紫音は吹き出した。


明日から、夏休みが始まる。


つづく

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