第3話

匿名メッセージアプリからメモを開く。

「△3三角さんさんかく5九飛ごきゅうひ3一金さんいちきん

謎のテキストは数秒もしないうちに消えた。

今日の集会場所を示す暗号だ。


男は帽子をかぶり直して向かった。日本の通貨を将棋の駒から円に戻す活動グループ“えん”の定例会へと。


たどり着いたホールでは、壇上で若い女性が布で顔を隠しながら話していた。

「さて、皆さんは少年Aを知っていますか?偽造駒を使った詐欺師を、いとも簡単に返り討ちにした15歳の少年です」


知っているも何も帽子の男、くれないは少年Aを探しだすために遣わされていた。

もちろん、この女性が岩倉紫音いわくらしおんという女子高生だということも調べてある。


「本日は、少年Aの伝説を再現した映像を見ていただきます」

紫音がモニターの電源をつける。


再現映像は、有馬瑠璃人ありまるりとの実話に忠実だった。

桂馬けいま金将きんしょうに変えてもらえると聞いて、瑠璃人の親友が詐欺師の元に訪れたシーンから始まる。


少年は、震える手で桂馬を差し出した。

「金将だなんて昔の円だと数百万円の価値があるのにいいんですか?」

「通貨なのに、数万とかあいまいな基準がおかしいと思わないか?もはや駒を使った支払いは物々交換だ」


詐欺師は優しく、少年が求めている言葉を放つ。

「将棋の駒は人それぞれ好みが分かれる。僕は桂馬が好きだから、金将に変えてあげるんだ」


箱から出された金将の駒は、偽造品だがまだ子供の彼には本物にしか見えなかった。


「ほら、新鮮な駒だよ。駒交換しようよ」

詐欺師は笑顔で桂馬を見つめて言った。


そこに、同じく中学生の瑠璃人が現れた。

もう手遅れだった。親友は、駒を渡してしまっていた。


瑠璃人は将棋決闘を申し込み、男は売り言葉に買い言葉で受けた。

あっという間に瑠璃人が勝った。


持ち駒は歩兵ふひょうのみ。相手は飛車ひしゃ2枚持ち。

にもかかわらず、王将を守り抜き攻めてきた駒を軒並み奪って自分の駒にして反撃した。


中学生の彼の自信をただの世間知らずとなめていた。


だが、やはり彼はまだ世間を知らない。詐欺師の男を信じて交渉する。

「俺の要求は2つ。ひとつは、親友に桂馬を返すこと。もうひとつは、自首すること」


詐欺師が肩を落とす。

「わかった。桂馬を返すよ。自首もする。君に××をあげるから、どうか今回のことは他言無用にしてほしい。中学生相手に駒を奪って返り討ちにあったなんて恥ずかしくて生きてられない」


詐欺師から、××が瑠璃人に渡された。


――再現映像が終わった。終わりの方はところどころ明確になっていない。

実際の瑠璃人は飛車の駒を受け取っている。


紫音が演説を再開する。

「あのあと、詐欺師が自首した情報はありません。この再現映像はその手下からの情報提供に基づいています。少年Aが見逃したことで、私たちはこの話を知り得たのです」


その後のリーダーの演説は少年Aを称え、仲間にひきいれようとするものだった。


紅は、だんだんとうとうとして眠ってしまった。頭がガクッとかたむき、帽子が落ちた。

集会が終わり、紅を起こすために紫音が声をかけた。

ピクッと反応して起き上がる。


しゅさん、すみません」

紅は寝ぼけて答える。

その後、まずいことを口走ったような動揺を見せて逃げるように去った。


紫音は、“シュウ”さんか“シュ”さんなのか気になった。

どちらも中国ではよくある名前だけど、“シュ”といえば、国内ではあの人が有名だからだ。


総理大臣、朱龍太郎しゅりゅうたろう


紫音も瑠璃人も知らないが、この朱総理大臣こそが、瑠璃人の親から王将を奪って刑務所送りにした張本人だ。


つづく

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