第2話

校舎裏の自販機に、割れた将棋の駒を投入する。

ぎこちない音がしてから炭酸ジュースが落ちてくる。


女子高生が缶を開けて友達に話しかける。

「ねえ、最近転校してきたイケメン知ってる?2年の、有馬瑠璃人ありまるりとって人」

「もちろん知ってるよ! 後輩にも優しくてー将棋実習も強くてー。あ、もしかしてしーちゃん狙ってるな?」


そう言われて、彼女はぶどう炭酸を吹き出しそうになりながらごまかした。

「違っ! 別にそんなんじゃないわよ。それより、この自販機釣り銭ないんだけど」

「しーちゃん、“釣り駒”でしょ?銭なんて古い言い方したら生徒会に……あ」


二人の視線は背の高い学ランの男に向けられた。

その人は、まさに恐れていた生徒会長の郷道赤矢ごうどうあかやだった。

さらに爽やかな青年も同行していた。有馬瑠璃人だ。


女子高生達はあわてて逃げていった。


赤矢は、後ろを振り返りの瑠璃人の肩をたたく。

「なあ瑠璃人、聞いたか?あいつら、円が通貨だったときの言葉を使いやがって! ムシャクシャするからあの自販機を機械ごと買うぜ、飛車ひしゃでな」


赤矢にひけらかされた駒を見ながら、瑠璃人は満面の笑顔で返す。

「よ! 大盤振る舞い! これが本当の振り飛車ふりびしゃですね。釣り駒で家が買えるんじゃないですか」

しかし、赤矢は生徒会長のメンツをひけらかしたくて言っただけだった。

本当は最もランクの高い飛車を手放したら持ち駒に取り返すことが困難だ。


赤矢は学ランのポケットに手を入れてうつむく。

「さすがにこんな大駒を渡したら自販機の持ち主も気を遣うだろうしさ。やっぱやめとくわ」


そして、二人は何事もなかったように生徒会室へ帰った。

赤矢が駒を磨いている間に、瑠璃人は校則違反者ファイルをチェックした。

さっきの女子高生“しーちゃん”について調べるためだ。


――岩倉紫音いわくらしおん。将棋の駒を通貨として使う社会に違和感をもっており、将棋決闘の演習もサボりがち。反体制組織“えん”と関与の疑いあり。


瑠璃人は、まだ生徒会長の補佐だ。正式な生徒会メンバーではないため、こっそりファイルを元の状態に戻す。


駒を磨き終わった赤矢がつぶやく。

「まったく、あんな反抗心のあるやつ、どうして将棋学園に入ろうと思ったんだろうな。瑠璃人はなんで転校してきたんだっけ?」

「僕の転校の理由ですか?将棋学園の生徒会に入りたかったからです。僕は入学前に赤矢会長の演説を聞いて、感動したんです」


当時の赤矢の演説は、第二の心臓である王将を他人に渡した反逆者を刑務所行きではなく、処刑するというプランだった。


瑠璃人の親は、反逆者として刑務所にいる。

赤矢の政界入りを阻まなければならない。

相手の動きを抑えつつ、自身が総理大臣になって親と孤児を救うために。


ふと思い出したように、生徒会長が尋ねる。

「そういやさ、瑠璃人って確か火事で親を亡くして独り暮らしだよな?なんで飛車なんて最高ランクの駒もってるんだ」


瑠璃人は将棋技能による特待制度で入った奨学生だ。だからこそ、赤矢の疑問はするどい。

ただの成金じゃないな、と警戒しながら答える。

「親の形見ですよ。よくある話です」


本当は15歳のときに詐欺師を返り討ちにしたときに口止め料として取り上げた駒だ。


赤矢は優しい顔で語りかける。

「きっと瑠璃人なら副会長になって卒業後は政界入りだぜ。これもよくある話ってやつだな」

瑠璃人は謙遜して照れたように頭をかいた。


この世界での政界入りは、50年前に将棋が娯楽だった時の“プロ棋士”に近い。

世襲で入る人、秘書から出世する人、高校生で政界入りする猛者もいた。


将棋の駒には表と裏がある。

表裏は人間にもある。

赤矢にも、瑠璃人にも。


そして、紫音にも裏の顔がある。

日本の通貨を将棋の駒から円に戻す活動グループ、“円”のリーダーは現役女子高生だ。


つづく

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