お支払いは将棋の駒で!?狂った世界をぶっ壊して親を釈放するのは俺だ

くまじろう

第1話

「え!? 今月は香車きょうしゃを、2枚もいただけるのですか、ずっと歩兵ふひょう1枚だったのに」


中学3年生の有馬瑠璃人ありまるりとは驚いて甲高い声を出した。

なぜなら、3年間続けてきた新聞配達の給料が最終月だけ桁違いだからだ。

歩兵1枚では本一冊買うのがやっとだ。


この国の通貨は、将棋の駒だ。

香車が2枚あれば、ゲーム機であるスーイッチ1台が買える。


さらに、すべての争い事は持ち駒を使った“将棋決闘”で決められる。

いかにランクの高い駒を多くもっているかが重要だ。


新聞販売店の所長は申し訳なさそうに話す。

「君は中学生だし、うちにも事情があってね。一番低いランクの駒しか渡せなかったけど、おじさんは瑠璃人くんの夢を応援したいんだ。これからも香車のようにまっすぐに生きてね。僕からのはなむけだよ」


瑠璃人はなんども頭を下げて、大事そうに駒袋に納めた。

駒袋にはコツコツ貯めた歩兵と、2枚の香車が入っており、カラカラと心地よい音がした。晴れ晴れした気持ちになり、瑠璃人の髪もサラサラ揺れた。


しばらくして瑠璃人が帰ると、所長室に金髪の若い男がガムを噛みながら現れた。

「所長、どういうことすか? アイツの給料上げるの反対してたオレの意見は無視っすか。どうせあんなのは将来“駒落ち者こまおちもの”確定なのに」


昔、将棋が娯楽だった頃は、“駒落ち”はゲームのハンデという意味だった。

今では、“人生のハンデ”と揶揄されている。

ランクの低い駒だけで生きていくことは難しいからだ。


所長は、ガム男から逃げるように退いた。

「確かにあの子は成人しても親から駒一式をもらえないだろうね。香車なんてたいした駒じゃないし、今までが安すぎたんだから、見逃してあげてよ」


フン、と鼻で笑ってガム男はネチャネチャ口を動かしながら去っていった。

ガム男が棚にぶつかって新聞がバラバラと落ちて、新聞紙の活字「令和6年」が床を埋め尽くした。


ガム男の向かった先は、瑠璃人のいる河原だった。瑠璃人はいつもそこでネット将棋をしてから孤児院に帰っていた。孤児院から借りたスマホからネットにアクセスする。もはや従来の将棋は仮想空間のゲームでしかできなくなっていた。


ガム男が声をかけた。

「おい、貧乏人。お前の両親って犯罪者で、今もムショにいるっしょ。しかも、王将を他人に渡したとか国家反逆罪じゃん」


というのも、王将は駒だが特別なので通貨として使えない。

この駒は第2の心臓と決められており、1人1つしか持つことが許されない。


「父さんと母さんは、俺を守るためにやったんだ! 闇金の取立てがきて駒が無いからって、俺を殺して臓器を売ろうとしたんだ。それをやめさせるには王将で返済するしかなかったんだ」


瑠璃人の脳裏に9歳のときの記憶がフラッシュバックする。

泣き叫ぶ母。

土下座する父。

赤い入れ墨をした借金取りの男。

借金取りの言葉を今でも覚えている。

「お・う・て。あなた達の人生積みです」


――我に帰った瑠璃人は目の前の男を睨み付ける。


ガム男は、話ながら詰め寄っていく。

「そうそう、お前の夢ってさ。どうせ持ち駒を自分の力で揃えたいとかっしょ。そういうのマジでウザいんだよ」


ガム男は瑠璃人の胸ぐらを掴みかかった。瑠璃人は息が途絶えそうになりながら、必死で駒袋を守る。


瑠璃人はもがきながら叫んだ。

「俺の夢は! この狂った世界をぶっ壊すことだよ! 本来の通貨は駒じゃないし、心臓は2つもいらない。親を釈放して、孤児も救う」

「まさか、将棋が娯楽だった時代に戻すとか? それって反逆者になるってことっしょ」


澄んだ瞳で瑠璃人は言いきる。

「総理大臣になって世界を変える」


「バッカじゃねーの! 生意気なんだよ!」

その後、ガム男からボコボコに殴られて、瑠璃人は香車を取り上げられてしまった。


呆然として瑠璃人は倒れこんだ。

これから高校生になるのに、歩兵だけでどうしたらいいんだろうか。

「ついてない。15歳の誕生日だったのに」


15歳になると、将棋決闘を申し込むことができる。ただ、未成年で駒一式持っているのは裕福な家の子くらいで、めったに決闘はできない。


そこに、1人の少女が走ってきた。親友の妹だ。

「どうしよう。私の兄がね、桂馬けいまを使ってとんでもないことしようとしているの」

「は? アイツ歩兵と桂馬しかないのに、どうして」

「とある人に、金将きんしょうと交換してもらうらしいの。桂馬よりランクが高い駒だけど……偽造品なの」


親友を救わなくてはならない。

倒れている場合ではない。


「その詐欺師に決闘を申し込むぞ。歩兵の駒はゲームでは金に成れる! 歩兵しか持ってなくたって勝つんだ!」


威勢よく瑠璃人は起き上がった。

将棋決闘は、20枚までなら何の駒を使ってもいい。

従来の将棋では、最もランクの高い飛車ひしゃは1枚しか使えない。


――まさか、その詐欺師が飛車を2枚も持っていることを瑠璃人はまだ知らない。


つづく

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