第7話 大団円

 この更生できた男であるが、彼は名前を松橋という。

 そう、串木野の同僚である、松橋だったのだ。

 松橋が串木野と、どちらかというと腐れ縁になったのは、串木野という男が、

「緊急避難」

 の話を最近よくしていて、同じ、

違法性阻却の事由」

 の一つである、正当防衛というもので、

「あの時、もし、自分の番だったとすれば、俺が殺されていたことになるんだ」

 と感じたからである。

「だから、あいつは、人を殺しておいて無罪になったというのが、どうにもたまらない。確かに俺たちは、あの男に殺されていても仕方がなかったのに、本人は無罪。理不尽だ」

 と思った。

「俺たちだって、暴行の共同正犯で、暴行未遂ということで、罪を償ったな」

 と思うから、もう一人の男が、

「完全に、足を踏み外した」

 というのも分からなくもない。

 それを思うと、

「俺は、どうしていいのか分からない」

 ということになる。

 もう一人が何を考えているのか分からない。

「あいつだったら、復讐くらい考えそうだ」

 といって、

「誰に復讐?」

 と考えると、

「無罪になったあの男」

 ということになる。

 しかし、松橋とすれば、

「復讐したとしてどうなるんだ? やつは、精神を病んでいるというではないか、そんなやつに復讐というのもお門違い。自分たちが何もしなければ、何も起こらなかったと思えば、それだけのことではあないか?」

 と思うのだ。

 そのうちに、その男から松橋のところに連絡があった。

 何を言われたとしても、何かができるわけではない。

「しょうがない。無視するしかないか」

 ということであるが、それだけで済むだろうか。

 あの男とすれば、

「俺が更生していることに、恨みがあるかも知れない」

 と思えた。

 明らかに、あいつの思いは、逆恨みであり、相手に対してもそうだが、ましてや、俺に対してというのは、

「見当違いも甚だしい」

 と言えるだろう。

 そんなことを考えていると、

「俺にとって、今何をすべきなのか?」

 ということを考えていると、ちょうどそんな時、串木野の存在を知った。

 今まで、松橋はあまり、人とかかわりを持つようなことはなかった。

 というのも、

「俺は一匹狼だ」

 というよりも、一人でひっそりということだったのだ。

 もっとも、あの時二人にそそのかされて、婦女暴行などに走らなければ、

「一匹狼」

 としての人生を送ってきたのではないだろうか?

 そんなことを松橋は思っていて、

「恨んでも仕方のないことだ」

 という思いをずっと持ち続けようと感じるのだった。

 だが、恨みを持っているといっても、やつの恨みは、完全な逆恨みである。やつのことだから、

「警察は俺に対しての動機ということで捜査は進めるだろうが、これをまさか恨みと思うことはないだろう」

 という考えかも知れない。

 とはいえ、

「動機のない殺人」

 ということだからとはいえ、衝動殺人ということにもできないだろう。

 ただ、動機がないというのは間違いない。

「殺された男に、罪を擦り付けておけば、自分は助かる」

 ということで、やつは、前回の事件では、

「共同正犯」

 ということで、松橋と一緒に、

「刑に服した」

 はずなので、何を今さら、何かの行動をとらないといけないというのか?

 ということを考えると、

「今回の殺人は、前の殺人とは関係がないのだろうか?」

 ということも考えにくいがありえなくもない。

 今回の被害者は、天草という。彼女を襲われ、自分たちの人生をめちゃくちゃにされたことで、衝動的に殺人を行ったが、無罪となった、あの男だった。

 当然すぐに、松橋と、一緒に刑に服した八代という男が、刑に服され、事件はすべて片が付いたはずだった。

 にも拘わらず、裁判で無罪になった男が殺された。

 彼が殺される理由はどこにもない。

「人間だから、少々の恨みを買うということは普通にあるだろう。だけど、殺したいとまで思う人は、今のところ見当たらない」

 というのが、捜査線上での話だった。

 それを思うと、どうしても、過去のこの事件ということになる。

 殺人事件において、一番最初に疑われるのは、

「今度の犯行で、誰が一番得をするか?」

 ということであり、

「彼が死んだことで得をするという人物が果たして誰なのか?」

 ということになると、

「誰も、刺したっていない」

 というのであった。

 もっといえば、過去のあの事件で、彼が死ぬことで得をする人はいないが、

「殺された男のまわりにいたかも知れない」

 ということで、捜査が行われるのは当たり前だった。

 だが、なぜか、石で殴られた男の味方になるような人物はいなかった。家族の方でも、

「あんな放蕩息子、死んでくれて助かった」

 というくらいで、

「ああ、あの非情なまでに冷酷な暴行のようなことが平気でできるというのも、こんな家族に育てられたからではないか?」

 と言えるのではないだろうか?

 つまり、家族が彼の仇を取りたいということもない。

 そのうちに、捜査が行き詰ってくると、今度は、

「犯人と名乗る男が自首してきました」

 というではないか?

「自首 どんな男だ?」

 と聞かれた慶事は、

「かつて、婦女暴行を行った男を、殺したということで、一度罪に問われたけど、犯行を

犯したけど、襲われている彼女を助けるということで、無罪になった人物です」

 という話だった。

 もちろん、

「弁護士の腕」

 ということであったが、本当のところは、正直分からなかった。

 無罪になったその裏に、

「何かがあるのではないか?」

 ということが言われているという話はあったが、正直、その謎は、今でも謎のままであった。

 だが、この犯罪の話を、実は串木野は、自首する前の松橋から聞いていた。その時、串木野は、

「この事件の裏には、何かが暗躍しているような気がするな。それも、この事件だけではなく、前の事件でもそんな気がする」

 と串木野が言ったのを聞いた松橋は、身体が震えたような気がした。

「この、串木野という男。しっかりとした見解を持っているわけではないが、何か、動物的な勘のようなものを持っているのではないか?」

 ということをである。

「それはどういうことですか?」

 と、松橋が聞くと、

「この事件、前の事件を含めてなんだけど、一貫して、言い訳であったり、罪から逃れたいという意識が感じられないんだ。事件としては、無差別な暴行事件であったり、襲われているところを助けようとして、相手を殺してしまったり。しかも、今回は、動機もなければ、損得もない。事件が陰湿であるわりには、誰も言い訳がましいことを言っているわけでもないんだよな、それを思うと、この事件って、最初に、暴行魔が殺されたという時点で終わってしまっているのではないかって思うんだけど、この考えは、ちょっと奇抜なのかな?」

 と、串木野は言った。

「なるほど、確かに、事件でよくわからないところはいっぱいあるよな」

 と松橋がいうと、

「そうなんだよ。確かに辻褄は通っているんだけど、そのわりに、事件の解決が、中途半端な感じがするんだ。これがどういうことを示しているのかということを考えると、どこかで事件の性質が変わったかのように思えるだ、確かに最初の事件と後の事件では、最初の事件はケリがついていて、後の事件は、そこからさらに未来に掛けての話になっているけど、だからといって、その二つが繋がっていると考えると、おかしな感じだし、繋がっていないとすると、男が殺される理由や動機が分からなくなるんだよね。となると、この二つの事件は繋がっているとしても、動機であったり感情論という見方と、さらには、事実関係ということを切り離しておかないと、分かるものも分からなくなるのではないかと感じるんだよな」

 と串木野は言った。

 串木野はそういうと、松橋を睨んだ。

「ところで、八代という男が、自首したというのは間違いないのだろうが、彼に、かつて無罪となった男を殺さなければいけない理由というのはあるのかな?」

 と串木野が聞くと、

「いや、それがないんだ。一緒に犯行を行おうとしたもう一人の男もそうであろう」

 と松橋がいうと、

「じゃあ、仮にその二人は、無罪になった男を殺さなければいけない理由でもあったということか? ひょっとすると、何か弱みを握られているということも考えられるんじゃあいかな?」

 と串木野はそういって。何か考えていた。

「まさかとは思うが、美人局に近いものがあった?」

 というので、

「どういうことですが?」

 と松橋がいよいよ震えながら聴くと、

「その時の暴行事件自体が、自作自演のようなもので、無罪になった男が、すべてを計画したものだったのだが、雇った男が悪いというのか、本当に女の襲い掛かってしまったことで、男を殺さなければいけなくなった。そもそも、そういう男なだけに、衝動的にカットくると、何をするか分からない。そういう意味で、この男の犯罪は、衝動殺人の様相を呈しているんじゃないかと思ってね。だとすると、この男は、殺されても仕方のない男ということで、今回の実行犯である、八代という男と、黒幕がいるとすればその男からすれば、殺された男からすれば、

「生きていられては困るという存在なのではないだろうか?」

 と串木野は考えた。

 串木野は、その黒幕を、どうやら、松橋だと思っているようだ、

 松橋というのは、実に巧みに、串木野に忍び寄ってきた。

 いつも、表になり裏になり、その姿を見せないでいた。

 そして、その様子を、松橋も感じながら、

「これを犯行に利用できないか」

 と考えたのが、今回の計画だったのだ。

「八代にすべてを擦り付ける形で、いかに自分を隠れ蓑にして、自分だけが助かる課?」

 ということを考えると、

「自分がすべて、相手が見えないところで行動し、暗躍する形をとる、だから、相手が影になりそうなら、こっちが表に出る。ずっと裏でいるよりも、よほど、安全だし、不安はないという形になる」

 ということであった。

 ただ、さすがにアイデアを、故意か無作為か、どちらにしても、相手にアイデアを思いつかせた張本人なので、この事件の真相を一番最初に見抜くとすれば、串木野であろう。

 松橋も、

「串木野に見破られると、もう終わりだ」

 ということを考えていたようだ。

 それが、今回の事件の真相であり、結果だったのだ。


                 (  完  )

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表裏の「違法性阻却」 森本 晃次 @kakku

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