第6話 正当防衛
そんな衝動殺人と、通り魔殺人だが、これらの犯罪に対して、特に通り魔殺人などでは、
いわゆる、
「違法性阻却の事由」
というものが、関係しているのだろうか?
例えば、通り魔殺人事件などで、いきなり、自分に襲い掛かってくる奴がいて、そいつから逃れるために、押し倒されたりした時、思わず近くに石があったりした場合に、思い切り相手の頭を殴りつけ、相手を殺してしまった場合など、果たして、罪に問われるであろうか?
この場合に、一番よく言われるのは、
「正当防衛ではないか?」
ということである。
正当防衛」
ということになると、当然のごとく、
「違法性阻却の事由」
を十分に生かしているではないか?
ということであるが、状況から言って。
「十分に、正当防衛ではないか?」
ということであっても、
「果たして、そう言い切れるか?」
ということとして、
「事実とは別の真実」
というものがあるのではないか?
と、言われる場合もあるのだ。
確かに、状況から判断すれば、
「殺さなければ殺される状況ではあったが、警察は、状況だけを見て、正当防衛だとはしないだろう」
警察だけではなく、裁判ともなれば、もっといろいろ調べられる。
加害者には弁護士がついているのだから、
「どんなことをしてでも、依頼人の財産、名誉を守ろうとするだろう」
そこで、一番調べられることとすれば、
「被害者と加害者の間に、何らかの因果関係がなかったか?」
ということである。
正直、因果関係があったとすれば、
「被害者が死んだ場合、加害者にどんな得があるか?」
ということである。
財産上の問題であったり、加害者が、被害者からハラスメントを受けたりしていて、精神的に病む寸前などということであったりすれば、
「そこに何かの計画性がないか」
ということが調べられるのは当たり前のことだろう。
また、二人の間に、因果関係がなかったとしても、
「本当に相手を殺さなければいけないほどに追い詰められていたのか?」
ということである。
この場合は、完全に、その瞬間のことが争点となるのであるが、問題は、
「目撃者がいるかどうか?」
ということである。
もし、目撃者がいて、
「加害者は、逃げようと思えば逃げることができた」
という証言が出てきたとして、すると今度はその証言の信ぴょう性が争われる。
これこそ、加害者、あるいは、被害者と目撃者との間に、因果関係がないかということが問題になるのだった。
そうなると、
「被害者と加害者以外でも、証人が出てくるたびに、警察などが、その裏を調べるなどという手間が出てくる」
ということで、
「なるほど、裁判には、ただでさえ時間が掛かるというものなんだな」
ということが分かるというものだ。
実際に、裁判に関係がなければ、
「どうして、裁判に、こんなに時間が掛かるんだ?」
と、疑問に感じるのは、当たり前のことであろう。
正当防衛というと、緊急避難にはない、
「大きな問題」
がある。
それが、
「本当に、相手を殺さなければいけないほどの危機が、自分に迫ったのだろうか?」
ということである。
確かに相手が、暴行目的で襲ってきていたり、やくさのような恐ろしい相手が、威圧を掛けて襲ってきているとすれば、かなりの恐怖であっただろうし、
「逃げ出したい」
あるいは、
「助かりたい」
という一心で、必死になるのは無理もない。
しかし、検察側からすれば、起訴した以上、曖昧では済まされない。
「無罪などというのは、あってはならないことだ」
と考えてしまうことだろう。
検察とすれば、
「本当であれば、被害者は相手であろうが、殺してしまった以上、黙って見過ごすわけにはいかない」
と、本当であれば、見逃してあげたいくらいの案件であっても、罪に問うような態度を取らなければいけないというのは、実につらいことであろう。
だから、
「情状酌量の余地は十分にあるだろうが、人を殺めてしまったことに対して、一切の責任がないというのは、それも理不尽だ」
ともいえるだろう。
たぶん、本人は、
「このままでは殺される」
という意識があることで、必死だったことだろうから、後から何を聴いても、
「ほとんど覚えていない」
と言わせることになると、弁護士は考えていたことだろう。
緊急避難であれば、その時の精神状態がどうであったのか、あるいは状況的なことは、それほど大きな問題にならないだろう。
つまり、
「緊急避難の場合は、すでにその状況に陥った時点で、緊急避難の要件を満たしているといってもいい」
たとえ相手に日ごろから、
「死んでほしい」
という思いを抱いていたとしても、あるいは、その思いを、公然と口にしていたとしても、その時点での状況が問題なのである。
というのも、
「いくら、死んでほしいと思っていたとしても、そもそも、殺害してしまうことの大前提として、死んでほしいという感情よりも、助かりたいという感情の方が、より強く抱く状況なのだ」
ということが、分かっているからだ。
たまたま、殺すことにはなるが、それ以前に、緊急避難の要件が満たされていれば、その後に、どう影響してこようが関係ないのだ。
もちろん、緊急避難をしなければいけなくなった状況に陥った原因を、被告が故意に作ったのだとすれば話は違うが、
「事故」
であったり、
「巻き込まれ事件」
などによって、緊急避難が必要になったのであれば、被告には、まったくの非がないということで、
「緊急避難が成立すれば、それ以上、同じ案件で、裁かれることはない」
という、
「一事不再理」
という、
「刑事上の法則」
があるのだった。
さて、衝動殺人と正当防衛の関係であるが、最近の事件で、
「一人の暴行魔に対して行った殺人」
というものが、
「正当防衛」
なのか、
「花序防衛」
なのか?
あるいは、普通に、
「殺人罪なのか?」
ということが問題になっている。
こういう事件というのは、実は普通に起こりそうなもので、実際にどうなっているかという問題は、なかなか難しい。
この事件は、一組のカップルが、田舎にドライブデートにやってきた。
そこで、女性が用を足したいということで、近くにトイレはないのだが、森のようなところは結構あり、本来であれば、絶対にしないと思うようなところで、
「しょうがない。近くに止めるから、急いでしておいで」
といって、近くに止めて、女性を促し、女性も急いで森の中に消えていった。
ところが、10分経っても、なかなか女性が戻ってこない。
普通であれば、我慢していたのだから、
「すぐに終わるものだ」
と思っていただけに、男も次第に不安になっていた。
それでも、すぐに出ていかなかったのは、
「もし、本当に用を足しているところで、それを見られたことを恥だと思い、せっかくのデートを台無しにしたくない」
という思いからだった。
しかし、だからといって、あまりにもここまで帰ってこないということはおかしいと思い、さすがに気になって、森に分け入ってみた。
そうすると、何やらガサガサという音が聞こえる。
「何かが蠢いている」
と思い、一瞬たじろいだが、逆に不安はどんどん募ってきて、
「動物に襲われていたのであれば、手ぶらでは危ない」
と思い、大きめの石を手に、恐る恐る立ち寄ってみると、三人の男が、彼女を襲っていたのだ。 一人が馬乗りになって、後の二人が、その様子を見ている。これ以上は、言語を絶することなので、敢えて描くことをしないが、そんな光景を見せられた男は完全に逆上した。
彼氏に気付いた二人の男は、彼氏に近づこうとしたが、彼氏が持っている大きな石を見て、ビビッてしまった。その彼の表情がそれだけ恐ろしいものだったのだろう。
「これはたまらん」
とばかりに、急いで逃げ出したのだ。
しかし、彼女にのしかかっている男はそうもいかなかった。身体の神経も精神的にも女の人に集中していて、後ろに何が迫っているのか、すぐには分からなかった。
女性の方も、それどころではない。屈辱と恥じらいと、さらに恐怖とで、まわりが一切見えなかったことだろう。
「うっ」
とい呻き声に、何か鈍い、
「ごつっ」
というような音が聞こえ、男は、そのまま女の身体に体重を乗せて倒れこみ、動かなくなった。
女性は、初めて、その状況が分かり、目の前で茫然自失している男が立っているのがみえた。
そして、その手に握られていた石が、すぐに、地面に落ちて、何が起こったのか、少しずつ分かってきた。
「彼は私を助けるために、この男を石で後ろから殴ったんだ」
ということであった。
自分の身体にのしかかっていた男の身体が動かないようだ、二人はそれぞれ、同じ出来事に対して、それぞれ別のことを考えていた。
いや、思考能力があったのかどうか分からないが、とにかく二人とも次の行動に移るだけの精神状態ではないようだった。
しばらくすると、警察と救急車がやってきた。どうやら、後の二人が通報したようだ。
警察が倒れている男が瀕死の重傷であることを確認すると、後からきた救急車で、とにかく、病院に運ばれた。
警察も状況を見ると、何が起こったのかということは理解できたような気がした。
急いで、もう一台の救急車を呼び、彼女を病院に搬送した。外観を見ていても、明らかにケガもしている。暴行を受けたことは間違いなく、問題はケガだけではないということも分かっていた。
そして、今だ、茫然自失の加害者と思える男も、
「このままでは、事情聴取どころではない」
ということで、とりあえず、本人を抜きにして、現場検証は行われた。
「こういう事件で、しかも、こんな場所なので、犯行は一人で行われたのではないだろう」
と考えると、通報者が、共犯の疑いもあることは分かっていた。
そう思う方がよほど、状況に対して辻褄が合っていて、状況に理解はできるのだが、さすがに刑事としても、その心境は複雑だった。
「たぶん、女がここで一人でいるところを、男たち数人が、暴行目的にオンナを蹂躙し、それを目撃した男が、石を持って男を殴り、女を助けたということであろう」
ということだった、
「そして、そこに、もう一人か、あるいは複数人の共犯がいて、いや、三人とも、共同正犯だったのだろうが、石を持っている男を見てなのか、後ろから石で殴られたのを見て、一目散に逃げ出したのだろう。しかし、そのまま放っておくわけにもいかないと思ったのか、それとも石で殴った男憎しなのか、警察に連絡を入れた」
その時、男たちが自分の立場をわかっていたかどうか分からない。冷静に考えれば、
「通報すれば、自分たちも暴行犯の一人だということが発覚するだろう、何といっても、暴行の相手である女は生きているのだから、女に喋られれば一環の終わりだった」
ということが考えられる。
そういう意味では、共犯連中の行動は不可解であった。
だが、実際に事件は起こった。
共犯連中もすぐに捕まった。
それはそうだろう、気が動転しているとはいえ、自分のスマホで、非通知にせずに、警察に連絡したのだから、
「電話をしたのは私です」
といっているようなものだ。
録音も警察に残っていて、声紋の比較をすればm、さらに間違いないことが判明する。
問題は、殴られた男だった。どうやら、病院に着く前に、死亡が確認されたということで、死因は、頭を殴られたことだということで、警察は彼を、一応、
「殺人罪」
で逮捕したのだ。
男は、襲われていた女性の彼氏で、彼女を救おうとしての、衝動的な犯行だった。
ただ、これを衝動殺人とするのは気の毒である。動機は間違いなくあり、復讐だったのだろう。
しかし、問題は、人を助けるためだということであっても、自分に危害がないということなので、
「これを正当防衛だといえるだろうか?」
ということであるが、そもそも、正当防衛というものは、
「急迫不正の侵害に対し、自分または他人の生命・権利を防衛するため、やむを得ずにした行為をいう」
ということになっている。
つまりは、
「切羽詰まった状況は、自分だけでなく他人であっても同じなのだ」
ということだ。
明らかに男が女を襲っている。
「権利や自由を束縛されているのは間違いなかったが、果たして生命の危険まではあっただろうか?」
ということであれば、加害者が死んでしまったのだから、そこまでは分からない。
そういう意味でいくと、この場合を、
「正当防衛ではなく、過剰防衛なのではないか?」
ともいわれるかもしれない。
しかし、裁判では、
「正当防衛」
が認められ、
「無罪」
ということになった。
もちろん、この場合は、
「無罪」
ということになったというだけのことで、毎回こういう場合は、無罪になるということではない。
過剰防衛と認められれば、何等かの情状酌量はあるだろうが、罪に問われることは仕方がないことだ。
しかし、無罪となったが、
「ああ、よかった」
ということには決してならない。
暴行を受けた彼女の方は、深刻な精神疾患に見舞われ、彼女自身も、自分を助けてくれた人にかまっていられなくなったのだ。
彼女の方でも、裁判に無理矢理に近い形で証人にさせられたりするのだから、精神が病んでしまうのも当たり前だった。
「私が、どうして、こんな目に遭わなければいけないのか?」
ということで、自分を責めながら、状況がいまだにわかっていない様子に、家族も、
「しばらく、静かなところで静養させよう」
と考えたが、静かすぎるところでは、
「事件を思い出すのではないか?」
ということで、その場所の選定も難しかった。
「現場が山だったので、海の近くで静養させよう」
ということで、海辺の静養所に彼女を、匿いことになったのだ。
そんなことがあったので、二人は別れることになったのだ。
男の方も、少なからずの精神疾患を持ってしまったようだ。いくら無罪とはいえ、
「人を殺した」
という罪悪感が抜けないのだ。
完全に自分の中に、
「引き思ってしまって、どうすることもできない」
という感覚に陥ってしまったのだろう。
それからどれくらい経ったのだろうか? 警察に通報した二人は、実際には、婦女暴行未遂ということで、若干の罪に問われ、服役から、出所となったが、この二人は、ムショに入っている間、まったく違った性格になってしまったようだ。
片方は、完全に更生して、真面目な生活をしようと思っていた。
しかし、もう一人は、ムショ内では、何事もないかのように過ごしてきたが、出てくると、自分が世間に受け入れられないことを感じ、すぐに悪の道に戻ることになった。
そう、
「もう俺は、尋常なシャバに戻ることなんかできないんだ」
という考えであった。
「いくら、前科者だということを誰も知らないところに就職できたとしても、元来から、俺の悪の性格から考えて、どうしようもないことなんだ」
と思わされるに違いない。
実際に、優しい刑事がいて、職を紹介され、いくことになったが、更生できたやつは、真面目に働いていたが、更生できない方は、
「俺にできるわけないじゃないか」
ということで、すぐに辞めてしまったのだ。
さすがにそうなると、刑事の方も、そういつまでも、構っているわけにはいかない。
「真面目に更生しようとしているやつなら、いくらでも面倒は見てやるが、そうでもないやつの面倒なんかできるわけはない」
ということで、
「俺は、どうすることもできない」
と考えてしまうのだった。
結局、あの時の、共同正犯で、警察に通報した二人は、それぞれに、元々の性格が違ったということからか、結局、
「どうすることもできない」
というほどに、まったく違った道を歩むことになるのだろう。
真面目に更生しようとしているやつは、
「これで、あいつとの腐れ縁もなくなるだろう」
ということで、
「何とか更生しようと思うことができた自分を褒めてやりたい」
という考えにいたったのだ。
それを思うと、
「彼に限って、ひどいことはない」
と思うのだった。
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