ルビー・チューズデイ 1

 ホテルに入るなり、おもむろにエイミィは——いや、もうアムなのだろうか——は、お着替えを始めた。

 見てもいいよ、と前回は言われたが今回もそうとは限らない。タクミは背を向け、そして視界の入り口に立てかけてあるアルミの脚立のことが気になって仕方なかった。

「ねえタッキー、見ないの?」

「えぇ。見てほしいの、アムちゃん……?」

「今日は昨日と違ってスカートだから、気合いの入った下着着てきたんだ。下着見れるの、いまだけかもよ?」

 そういわれると見ないと損な気がしてくる。気合の入った、下着……。

 振り向くと、ベッドの上で長い脚を上げて、アムが黒ストッキングを穿いているところだった。

「見たわね」

「見ました」

「もっと近くに寄らないと、せっかくのラペルラが泣いちゃうかも」

 などといわれながら、タクミが忌み嫌われる虫の如き素早さでにじり寄った時には、もうストッキングがおみ足を隠していた。

 ベッドの上に膝立ちになるアムの上半身は、まだ会ったときと変わらぬ可愛らしくもカジュアルなストライプのトレーナーのままだった。

「そういえばアムちゃん、なんで昨日はゴスロリの格好なんていったの?」

 答えず、トレーナーを脱ぐアム。お腹が見え、精緻なレースのブラジャーが見え、隠れたかと思うと少し紅潮した顔が現れた。

「え、答えたくない?」

 少し頬が膨れているように見えたのだが、そういうわけじゃないけど、とぼそっといって、

「すぐにわたしが見つけたんだし、いいでしょ」

 と、脱ぎ捨てたトレーナーが服の詰まった(と思われる)トートにかぶさった。

「アムちゃん、きれいだ……」

 タクミがあまりに屈託なく言ったからか、ちょっときょとんとした表情になったアムは、へへ、と微笑ってから手でブラを隠すようにして腰を捻った。

「下着、見てほしいんじゃないの?」

「こういうほうが、男の人って好きでしょ?」

「……アムちゃんって、羞恥心ない人?」

「え、そんなわけ——」

 下唇の下に鉤型の人差し指を当て、考えるように視線が上向いた。

「ま、いいじゃん! そんなの」

 笑って流そうとしたアムだったが、いつのまにかかぶりつきで股間を見られていることに気づいてギョッとなった。

「ちょ、タッキー……」

「すごい、なんかすごい細かい模様入っててすごい! ストッキング越しでもわかるよ、アムちゃん!」

「凝視するのは制服着てからにして……」

「制服着たら、見れないかもなんでしょ? それともスカートの下から見れるのかなあ」

 もはやアトラスオオカブトかヘラクレスオオカブトでも前にしたときの少年の声音だった。かえってそれがアムの羞恥心を煽る。

「やっぱり後ろ向いてて! 着替え見てたら、出来上がりの楽しみがなくなっちゃうでしょ!」

「ちぇ」

 ごそごそという着替えの音を聞きながら、やはりどうしても脚立が目に入るなり、気になって仕方ないタクミだった。

『待った?』

 前日と同じくモヤイ像の前にやってきたエイミィは、ジーンズにトレーナーというカジュアルな格好だったが、そんなことより脚立を担いでいたことのほうがタクミの度肝を抜いた。

(ラッシュの時間にはギリかぶってないけど、それ担いできたの……?)

 その脚立は、小さい頃の微かな記憶にひっかかるものがあった。

 女性。

 脚立。

 長身の女。

 脚立。

 ……脚立……?

 トッ、と床を踏む音がして、振り返ろうとしたタクミの横を、しゃなりしゃなりと水色の事務服が通り過ぎた。室内用に用意したとおぼしきパンプスを履き、さらなる高みを目指す女、アムは脚立に腕を通し、くるりと回って微笑んだ。

「今回は、庶務課のOLです!」

「庶務課ってか『ショムニ』ッッ! あと天井危ないッ!」

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わくわく制服ランド 〜ジイのレコンキスタ〜 スロ男 @SSSS_Slotman

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