星空を相手に剣舞を踊る


シオン・フォン・アガペーは、

作中において『戦乙女ワルキューレ』と呼ばれる。

それは彼女の星属性という固有属性と、

刀を創り出すという独自の魔法から来ている。


星の隕鉄を用いて刀を創り出し、

それを無数に操ることにより

流星群のような破壊をもたらす。

まさに天災である。


対して俺の能力は

特段何か変わったわけじゃない。

だから、戦力差は覆らない。

つまり…



………………



切る る 斬る


頭を貫く死を弾き

腹を抉る破滅を逸らし

肩を砕く暴虐を受け流す


「ッ…!」


腕を掠めて刀が舞う。

体のすぐ横に着弾し、その破片が体を傷つける。


未熟者の"雷雲"で斬り伏せれる領域ではない。

俺の体は血塗れで、

自己再生を使った1秒後には赤く染まる。


こうなることは分かってた。

こちらを見下ろし笑うシオンを見上げる。


「さっきまでの素敵な口上はどうしたの?

 ステップに余裕がなくなって、

 踊ることしか出来ないかしら?」


シオンに返答する余裕さえなく、

ただ"雷雲"にてギリギリの剣戟を繰り広げる。


知っている。

モブではシオン・フォン・アガペー最強には勝てない。


"雷雲"は削り殺されるし、

"雷切"は俺では速度不足だ。


「ォオオッ!」


それでも、一歩前へ。

構えを解き、一歩踏み込む。


「『過剰燃焼オーバースロットル』ッ!」


もう、これで後戻りはできない。

俺の体のあちこちから蒸気が上がる。

血は沸き立ち、肉は踊る。


「シッ!」


大量の刀で出来た流星群に、

一息で飛び込む。


弾く 逸らす 弾く


掠めるものや末端を抉るだけのものは無視。

最低限体の中心部分を狙う刀だけ防ぎつつ、

刃群を足場に駆け上がる。


過剰燃焼オーバースロットルは自己再生を持つ人造人間の奥の手だ。

新陳代謝の速度を上げることで

体温と共に身体能力が向上する。

強化倍率は『鬼薬』ほどではないが、

効果時間が長いのが利点だ。

さらに自己再生も発動され続ける。

ただし…


「そんなに始めから飛ばしてると、

 最後まで持たないわよ?」


コイツは『鬼薬』よりも効果終了時の代償が重い。

エネルギーを過剰に燃やす為、

燃料切れ…ようは真の意味で行動不能になる。

さらに言えばコイツは体の温度が上がり過ぎると

肉体が発火する為、適度な排熱が必要だ。


冷気チル!」


それを俺は氷魔法で代用する。

これにより俺はエネルギー切れまでは

自由に動き回ることができる。

だが、タイムリミットは然程長くはない。


そのまま流星群を強引に切り抜け、

シオンへと切り掛かる。


「あら、まだ踊っていても良かったのよ?」


シオンは涼しい顔で刀を創り、

俺の一刀をいとも容易く受け止める。


「いつまでも女性にリードして貰ってちゃ

 男が廃るんで、な!」


俺はそのまま体を回転。

刀を振るい、連続で斬撃を浴びせる。


擬似オロチ流"千鳥独楽"

俺が原作から見様見真似で再現した技を放つ。


「っ!本当に面白い人ね!」


少し驚きはするもののの、

即座に対処するシオン。


「ッラァ!」


俺は回転を勢いをそのままに

ブレードを両手で握り、

掬い上げるような一撃を見舞う。


擬似ラインハルト流"激流返し"

猿真似ながら確かな威力を持つ斬撃だ。


「フフッ!次は何を見せてくれるの?」


それはシオンの刀を弾き飛ばしたが、

シオンは刀を再創造し、

今度はこちらに切り掛かってくる。

それをどうにか体勢を整え受け止めるが


「ガッ!?」


ブレードが耐えきれず刃が砕け、

肩を切り裂かれつつ吹き飛ぶ。


「お土産も忘れずに、ね?」


それを追撃するように刀の流星群が迫る。


「クソッ!」


地面に激突する寸前に体勢を整え着地。

即座に飛び退き、バックステップで刀を躱す。

この対処法は安全な代わりに

シオンとの距離が開く。

その為あまり使わないようにしていたのだが、

流石にそうも言ってられなかった。


「そんなに離れちゃ抱き合えないわよ?」


他の女に浮気は厳禁だろ?」


段々と分かってきた。

ゲームじゃ分からなかったが、

刀の威力はシオンとの距離に関係している。

離れれば離れるほど弱くなり、

近づけば近づくほど強くなる。

さっきまでブレードで捌けてたのは

距離が遠かったからか。


「あら、まだまだ余裕かしら?」


「かもな」


なわけねぇだろギリッギリだ。


 「なら、こんなのはどう?」


星が瞬く

辺り一体に影が


「…マジかよ」


空を覆い隠すように、

無数の刀がこちらに向いている。

おそらく数万本は下らないだろう。


「さぁ、今度は何を見せてくださる?」


「…おいおい、ちょっとがっつき過ぎだぜ?」


「まぁ、ごめんなさいね?

 貴方があんまりにも素敵なものだから

 少し張り切っちゃったわ」


「…そりゃあ光栄だね」


こりゃマジで死ぬかもな…


「仕方ねぇ…どうせ何もしなきゃ生存率0%なら、

 賭けだろうとなんだろうとやってやる」


ブレードの刃を交換しつつ、

ポーチに手を突っ込み『鬼薬』と

いくつかの携帯食料を取り出す。

実は『鬼薬』を

3つしか持ってないのには理由があり、

それは『鬼薬』という名称の由来となった

デメリットがあるからなのだが、

今は気にしてる場合ではないので無視する。


冷気纏いチラー付与・凍気エンチャント・フロスト


体の冷却を自動にし、

刃を氷魔法で強化して耐久力と威力を上げる。

この二つは魔力効率が悪い為使わなかったのだが、

どっちみち死ぬなら全部出し切れの精神だ。


携帯食料を食って過剰燃焼オーバースロットルを延長。

『鬼薬』を二つとも口の中に入れつつ、

フラググレネード改を左手に持ち、

右手で剣を構える。


「準備はできたかしら?」


「あぁ、待たせて悪かったな。

 男にも準備があってね。

 女性との逢瀬は始めてなもんで、

 お手柔らかに頼むよ」


「それは無理な注文だわ。

 だって…」


俺達は見つめ合う。

シオンは再び嗤い、俺は冷や汗を流す。


「こんなにも熱い殺意想いを、制御なんて出来ないわ」


空が、落ちる。


「そりゃ嬉しいよマドモアゼル!」


それを見ながら俺は走り出す。

威力が上がるリスクがあるとしても、

これを止めなきゃどっちみち詰みだ。

ならせめて一矢報いてやるとするさ!


「セァッ!」


迫り来る刀壁に刃を振るう。

1本2本と弾くが無論間に合わない。


「こ、のぉ!」


3本目を弾いた反動でそのまま後ろに下がり、

グレネードを投擲。


爆発

正面部分の刀壁が開ける。

だが


「っ!?」


悪寒

即座にその場から跳び去る。


閃光

弾き飛ばされた刀が凄まじい速度で飛来し、

さっきまでいた場所に突き刺さる。


「…こんな離れててもそれ使えるのかよ」


閃光のような一撃。

確か名前は"箒星"といったはずだ。

シオンオリジナルの技であり、

初見殺しが過ぎると言われた彼女の通常技だ。


「使えない、なんて言ったことはないわよ?」


「さっきまでは使わなかったろ?」


「使う必要がなかったもの」


だよなぁ。

逆に言えば今は使うべきと判断されたらしいが、

正直やめて欲しい。

舐めてくれていた方がまだ確率上がるのに。


「ほら、どんどん行くわよ」


「ちょっ!?」


閃光 閃光 閃光

"箒星"の連打を、

体が悲鳴を上げるのを無視して捌く。

一発一発はシオンとの距離が離れている為

最初の一撃より弱く遅いが、

何しろ数が多い。


「シィッ!」


「頑張りなさ〜い、

 じゃなきゃ死ぬだけよ」


知ってんだよチクショウ容赦ねぇな!


こうしてる間にも刀壁は迫る。

一時は空いた穴も既に埋まりかけだ。


「チッ!」


「?」


俺はその穴が閉じきる前に

ブレードの切先を向ける。

その先にいるシオンが不思議そうな顔をする。


「"射出せよファイア"!」


俺の叫びと共に、

キーワードを認識したブレードが

刀身を亜音速で射出する。


「っ!?」


シオンは咄嗟に刀で防ぐが

魔法で強化されていることもあって、

体勢を崩す。

それと同時に"箒星"の襲撃も止む。


「やるじゃない」


…まだ終わってねぇよ。


「なっ!?」


刀身に込められた魔法が爆発。

冷気と魔力が解放され、

周囲に破壊を撒き散らす。


貧弱とはいえ俺の全力の付与エンチャントだ。

並大抵の手榴弾よりは威力も範囲もある。


流石のシオンも刀身を射出したことに

気を取られてそのことに至れず、

完全に不意をつけている。


直撃とはいかずとも体勢を崩した状態に

一撃入れ、尚且つ刀壁をかなり削れた。

この機は逃せない!


口の中の『鬼薬』を一粒噛み砕き、

一息に懐へ飛び込む。

今回シオンに刀を創る余裕はない!

つまり"箒星"の対処は考えなくていい!

とにかく一撃をぶち込む!


「っ!」


「"墜天"!」


俺が選んだのは帝国式体術"墜天"

要は強烈な踵落としである。


「落ちろ!」


「グッ!?」


呻き声を上げて地上に落ちるシオン。

こんなもんほぼノーダメだろうが、

どうにか一矢は報いてやった。

遊んでくれてたから一撃入れれたが、

慢心してなけりゃ100%死んでる。

あの刀壁全てを"箒星"で放つとか

余裕で出来るはずだからな。


「痛ぇ…」


筋肉が断裂した瞬間に自己再生される。

それと同時に過剰燃焼オーバースロットルの効果が切れる。

燃料切れ…行動不能となった俺は、

そのまま力なく落下する。

だが、


「よくもまぁここまでやれたものね」


その着地地点にて待ち構えるは、

完全に無傷で刀を構えるシオン。


「どうかしたか?マドモアゼル」


「道化のお芝居は終幕よ。

 そろそろ飽きたし、死んで頂戴?」


「そりゃ残念」


さ〜て俺の人生の終幕が近いらしい。

ならせめて…


「最後くらいカッコよく決めたいよな!」


最後の『鬼薬』を噛み砕く。

力を失った四肢に、一時的に力が宿る。


死が確定してると逆に楽しくなってくる。

どうせならちゃんと迎え打ちたい。

ブレードがないな…なら作るか。


氷刀エッジ・オブ・クレバス


俺の全魔力を集中して氷の刀を作る。

こんな魔法は原作にないが、

なんとなくシオンの真似をすれば

作れると思ったから作った。


なんだか頭がスッキリとしている。

全てから解放されたような清々しい気分だ。

思わず笑みを浮かべる。


今なら出来るかな?


「タケミカヅチ流奥義」


抜刀


「"鳴神"」


一閃



………………



このクローン兵が復活した時、

私は幸福に溢れていた。


自分の一撃を受け止められた衝撃より、

とうとう現れた自由を得たクローン兵。

さらにはそれが好ましい態度で

自分と対峙していたからだ。


理性は会話をしろと言っていたが、

それよりも先程と明らかに違うこのクローン兵と

戦いたかった。


戦ってみて驚愕した。

明らかにクローン兵を逸脱したその精神性。

習得難度の高い流派を使いこなす技量。

明らかに正規の技ではない他流派の再現。

"箒星"にまで対処してみせ、

挙句の果てには刀星雨ネビュラすら切り抜け、

私に一撃を入れてみせた。

無論手加減はしていたし、

その一撃も私からすれば大したことはない。

しかし、それをクローン兵が行ったことが異常だ。


私の本能が警鐘を鳴らす。

今始末しなければ、

コレはいずれ手に負えなくなると


自由になったクローンという

超重要なサンプルではあるが、

魔力の残滓から処置は頭で行われている。

頭部を破壊しなければいいと思い、

せめてもの手向けとして自分が刀を振るう。


(…何?)


何かがおかしい。

先程とクローン兵の様子が違う。

何より…


(全身の細胞が危険信号を出してる…)


しかし今から別のことをする時間はない。

私はそのままクローン兵を叩き切ろうとする。


「…え?」


思わず声が出た。

クローン兵は手元に魔力を収束させ、

氷によって刀を作り出した。


(嘘でしょ)


あれは私の魔法だ。

見ただけでコピーされた?

ありえない


目が合う。


「っ…!」


瞳孔が縦に裂けた肉食獣のような目。

生え際の右寄りに生えた一本の角。

おかしい部分はいくらでもある。

だがそれ以上に

心の底から楽しむような笑み。

それが焼きついて離れない。


「タケミカヅチ流奥義」


…そんなもの、存在しない。


「"極星"!」


心を無にする。

自分の持つ最大最速の技。


「"鳴神"」


クローン兵も聞いたこともない技を放つ。



激突

あちらの刀が砕け、胸に一文字の傷が開く。



だけど、私は震えが止まらない。


今、間違いなく、


あちらの方が強かった。


勝てたのは武器の性能差に過ぎない。

今私の目の前で満足気に倒れているコレは、

今この瞬間私を超えたのだ。


なんて…




素晴らしい!



………………


私は、

目の前で起きた全てに現実味を感じなかった。


ウィルカが切られて、レギンも切られて、

死んだと思ったら、

帝国のクローン兵が私を助けた。

そこからの戦いは、

高レベル過ぎてよく見えなかった。

でも、恩人の人が負けちゃったとこは見えた。


私は動けなかった。


なんで


なんで



なんであの人は、笑ってるんだろう。

自分が死ぬって知って、

なんであんなにも綺麗に笑えるんだろう。

その笑顔が、脳裏に貼りついて、離れない。




きっとこの時、私は恋をした。

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