精一杯やって自己満足しただけなんで、責任とか言われましても…


前世で生きていたとき、

開発スタッフのインタビューについて書かれた

記事を見たことがある。


そこの一部に、

タケミカヅチ流についての言及があった。


Q.何故タケミカヅチ流には

 受け身の技しか無いのですか?


A.技が失伝してます


これを聞いた俺は、

ゲーム内の要素という要素を調べ尽くした。

あのスタッフ達が

その設定を形にしないわけがない。

絶対にどこかに失われた技の情報があるはずだと


そして見つけた。

とあるオンラインマップの端

帝国辺境にある剣術道場

その地下にある武器庫の一角に、

なんでもない落書きのようにこうあった。



一に雷雲

万象一切我が身に触れず


二に雷切

万象一切我が身を捉えず


三に鳴神

万象一切斬れぬもの無し



"鳴神"

それは俺だけの秘密。

掲示板や動画を見ても、

これを知っている奴はいなかった。

当然だろう。

俺が次に見に行った時には

その落書きはなくなっていた。

多分一回でも発見されたら消えるように

設定されてたんだろう。

そういうネタは

いくつかあのゲームに隠されていた。


まぁ不完全とはいえ最強相手に初披露、

活躍としちゃ100点満点だ。

いつかあの中ボスと戦うことがあれば

"鳴神"について語ってくれると嬉しいなと、

そんなことを思っていたのに…



………………



「んぁ?」


目が覚める。

…いや、なんで生きてる?

俺てっきりあのまま真っ暗になって

二度目の人生さっそく終了だと思ってたんだけど?


俺が寝かされてるのは上等な布団で、

部屋は旅館の様な和室。

ただ少し上品によった内装だ。

所有者のセンスがなんとなく分かる。

いいセンスだ。俺は気に入った。


「んしょ…どこだここ?」


起き上がり周囲を見渡す。


正面は襖、

それ以外は窓と縁側って感じで、

枯山水や紅葉、銀杏が見える。

…そういや今秋か、ここだけ日本みたいだな。

この世界全体的に西洋風というか

サイバーパンク味が強いから和風テイストなのは

刀くらいである。


「とりあえず現状把握だな」


衣服は寝巻って感じか。

…誰が着替えさせたのかは置いておこう。

武器は手元になし、まぁ元々品切れだ。

あってもなくてもそう変わらん。

特に拘束とかされてないあたり、

相手に悪意はない感じか?


「さて…と」


そろそろ現実見ますか


「"氷鏡ミラー"」


氷魔法で鏡を作り出し、自分を見る。


「…マジで人間辞めちまったな」


黒髪だった髪は

白髪に先端にかけて朱色のグラデーションの髪に

茶色だった瞳は

金色の爬虫類を思わせる縦に裂けた瞳孔に

生え際の右側には黒い螺旋形の一本角

完全に鬼である


「いや一応鬼モドキというか

 半分だけ鬼になってるようなもんだけど」


これが『鬼薬』の副作用

三つ使用した人間は、

体が鬼に近づくことになる。


メリットは鬼としてのいくつかの特性と、

身体能力の大幅な向上。

デメリットもいくつかあるが、

一番最たるものは…


「もう街には入れないかもな」


人類から魔物判定を喰らい、

見つかり次第速やかに討伐依頼が出されること


この世界には魔物と呼ばれる生物がおり、

魔法を用いるものや、明確な知性を持つもの。

圧倒的な巨大さを持つものなど多種多様だ。

それらは全て明確に人類と敵対している。


駆除方法としては

魔物退治の専門家である教会への依頼。

国の要請での軍による一掃などある。


魔力が多く溜まる場所があれば

自然豊かなジャングルや発展した都市内たろうが

関係なしにどこにでも出現する上、

条件によっては既存の生物や

無生物まで魔物化する。

その中でも人間の魔物化は最大級の禁忌だ。


一般人の間でも魔物は共通の敵であり、

国家間の戦争なんぞより

よっぽど身近な脅威である。


まぁ要は俺に人権はなくなった!

元々クローンに人権など無いがな!

…言ってて悲しくなってきた。


そんな事情から『鬼薬』は違法薬物なのだが、

なんで『ID-MH4771』コイツは持ってたのやら。


「…なんか変な感じがする」


なんとなくなんだが、

危機感のようなものを感じる。

こう…壁一枚挟んだ先に龍が寝てるような、

妙な緊迫感が…





「あら、起きたかしら?」





…………………いや


いやいや


いやいやいやいや


いやいやいやいやいやいやいやいや


鳥肌が立つ

体が芯まで凍りつく


「良かったわ。

 鬼になった人なんて初めてだから、

 もう目を覚さないのかと心配したわ」


嘘だろ?冗談だろ?


現実だと思いたくもないんだが?


震えが止まらない

冷や汗が背中を伝う


「おはよう、気分はどうかしら?」


動揺を取り繕うので精一杯だ。

返事が出来ただけ褒めて欲しい。


「あぁ、最高だ。

 初めまして、というべきか?」


シオン・フォン・アカペーは笑う。


「フフッ♪そうね、そういうべきかしらね。

 初めまして、色男さん?」


「初めまして、別嬪さん。

 君の家に上がり込んで悪いね」


「いいのよ。貴方ならいつでも来てくれていいわ」


「…そりゃ嬉しいね」


蝶の髪飾りが揺れる。


…なんで【本体】が出張って来てんだよ。



…………………



シオン・フォン・アガペーは絶対不動の最強だ。


これを言う時、たまに出る意見がある。


「手加減してるとはいえ

 最強に拮抗してる主人公がいるわけだし、

 絶対不動とまでは言わないでしょw」


この意見に対して言われる言葉は一つ


「裏ボスにシオンで挑んでみろ」


である。


裏ボスであるシオンに対して

シオン自身で挑んだ場合、

他のキャラとは違うクエストに変わる。


クエスト名は「月蝕の終わり」


さて、

シオン・フォン・アガペーが最強とは

何度も言っていると思うが、

それは正確には


DLC第三弾発売後2週間経った後に入った

大幅アップデート


それが終わった後、

シオンを既に所持していた場合のみ

ゲームを起動したプレイヤーに表示される一言


「最強と戦う資格を得ました」


俺達が操作できるシオンは

あくまで模造品の化身アバターだ。


操作してるのは本人だが、

決してシオン自身の肉体とスペックではない。


戦乙女ワルキューレ』の名の通り、

俺の戦ったシオンはあくまでも使いっ走り。


それを俺達は

このクエストにて思い知ることになった。


彼女の本当の異名は『戦神オーディン

レベルは1000オーバー


あらゆる全てを灰燼と化す

歩く大災害である



………………


考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ


隣にいる核ミサイル以上の危険物は

何故俺を助けた?

最後俺は斬られたはずだ。

あのままほっとけば必ず死んでいただろう。


なんでコイツはわざわざ本体で来た?

別にそのままの肉体で良かったろ。

化身アバターじゃダメな理由が分からない。


というかここはどこだ?

シオン裏ボスと戦う場所とはまるで違う。

ゲーム内のどの景色とも一致しない。


考えが纏まらない。

すぐ横のプレッシャーに全てが持っていかれる。


「あら、私を放って考え事?

 あんなにも情熱的に私を口説いてたのに、

 堕とすだけ堕として放置かしら?」


なんか言ってる気がするが返事をする余裕がない。

というか言語が半分くらい入ってこない。


操作キャラのシオンにはパッシブスキルとして

受ける全てのプラス効果が

5倍になるチート能力があるのだが、

それを持ってしても最大限強化したシオンは

レベル500相当程度

横にいる化け物の半分以下である。


レベル差は50を超えた辺りで厳しくなる。

無論装備性能やバフ、

アイテムで底上げは出来るが、

それ全て込みのレベル500相当に対して

素のステータスでレベル1000オーバーじゃ

勝負にすらなってない。


俺の今のレベルは鬼化を加味すると

大体95といったところだ、とても足りやしない。

武器すらないので

戦った瞬間ワンパンKO待ったなしだ。


「…ここは?」


「私の家よ」


…よりにもよってだなおい。

ゲーム内ですら不明だった場所かよ

原作知識通用しねぇじゃん。


諦めた方が懸命か?

命の危機は去って乗り切ったと思ったのに

まだ山の一合目だった気分だよ。


シオンの見た目は化身アバターと完全一致。

違いはその美しい黒の長髪に蝶の髪飾りを付け、

桜があしらわれた色留袖を

花魁のように着崩してる点だ。

…なんでそんな格好してるんだコイツ。

ちょっと冷静になれた。


「なんで俺を助けた。

 俺に殺意ガンガン送ってきてたのに、

 いきなりの温度差で風邪ひくわ」


…何故そこで笑みを深める。


「私ね。ずっと探してたの」


…クローンの支配解除方法の話か?


「私より強い人居ないかなって」


そんな設定もあったな。まぁ…


「そんなのいるわけないんだけど」


だよな。


「じゃあせめて妥協点ってことで、

 化身アバターと同じ強さの人ならって思ったんだけど」


確かに大幅ダウンだけどさぁ…

それでもレベル200なんよ。


「全然見つからなくて、只々辛い日々だったわ」


うんうん…うん?過去形?

まぁいいか。


「帝国最強も化身アバターの足元にも及ばないし、

 連合国の将軍も指揮が上手いだけの雑魚。

 災害級の魔物はいいとこまでいくけど、

 所詮魔物だしね」


求めてる基準がバグり過ぎなんだよな。


「帝国の精鋭部隊とやらも、

 連合国の新星も大したことなかった。

 あの時私完全に諦めてたのよ?

 もう私と同じ場所に立ってくれる人なんて

 どこを探したところで居ないんだって」


まぁ主人公の潜在能力なんて

この時点で知る由もないからな。

というか俺を連れてきた理由となんの関係性が?


「でも貴方がいた!」


…は?

うーんと?なんで恍惚とした表情で俺に視線を?


「ちょっと長生きしただけの量産型で、

 私より力も!技術も!魔力も足りてないのに!

 化身と渡り合って!化身に泥を付けて!

 挙げ句の果てに化身を超えて、

 この私さえ届きうるあの一閃!

 アレを見た時、私ね!」


あのぉ?


「貴方に恋をしたの!」


……………(声にならない呻き)


「確信したの!貴方なら私を超えられる!

 きっと貴方なら私を孤独から救ってくれる!

 全てを切り裂くようなあの一閃のように、

 何もかも超えて私の隣に居てくれる人だって!」


「いやあんな未熟な技に

 そんな大層な「まあ!あれでも未完成なのね!」


マズイ墓穴を堀った!?

えぇい近づくな顔を赤らめるなしなだれかかるな!

お前作中でも屈指のスタイルしてるから

男の子として色々とヤバいんだよ!

さっさと前言撤回するか?

いやでもあんなの俺の憧れた鳴神じゃないし…

でも否定しないとさらにマズイことに…

ウゴゴゴゴゴ


「ねぇ、責任取って?

 私はもう期待しないって諦めてたのに、

 もういないって納得してたのに、

 貴方が希望を見せるから星が眩く煌めくから


……………(白目)


「貴方のせいよ?貴方が悪いの。

 あの美しい太刀筋を見てしまったら

 期待しない。諦める。それで納得なんて

 到底無理に決まっているでしょう?

 つまり、貴方のせいなの。

 私に恋を教えてしまった貴方が悪いの。

 だから諦めて私の物になって?

 ずっと私と一緒にいて?

 好きよ♡大好き♡

 貴方の為ならなんでもするわ♡」


「…いや俺魔物になったし」


「鬼よね?魔物の中でも特に強力な種類だわ。

 どんな力が身に付いたか今から楽しみね。

 半分は人間だし、子供も作れるわね♡」


「…ほら、俺ってクローンだから寿命が」


「種族が変わってるから寿命なら延びてるわ。

 一緒にいれる時間が増えたわね♡」


「…俺は帝国所属の部隊の隊員で」


「帝国の支配から抜け出したんでしょう?

 なら帝国では指名手配の実質国外追放状態よ。

 そもそも半分魔物化してるしね」


「…俺にそんな実力は無」


「今はね?でもあの一閃を放てる時点で

 才能があることは確実なのよ。

 何万人も剣士を見て、何千人と戦った

 私が言うんだから間違いないわ。

 というかそうじゃなくても

 化身アバターに実質勝った時点で結婚は確定よ♡」


…おかしい。なんでこうなった。



………………



どうにか交渉し、

シオンが引っ付き続けることは阻止できた。

…ここに住むことなったのは置いておく。


それにしても俺が何をしたというのか。

俺はただ目一杯暴れただけだというのに。


「ヒリュウ、これは貴方のよ」


ヒリュウとは俺の名前だ。

シオンが名前を聞いてきたが

クローンに名前は無いと言うと

なんだか凄く悲しそうだったので、

結局自分で自分に名前を付けるハメになった。


漢字は氷霳

氷と雷要素がある漢字を組み合わせて

いい感じに読んだだけだ。

センスのない俺を笑うがいいさ。


シオンは

ヒリュウ・フォン・アガペーとか言ってたが

俺は認知してない。つまりセーフ。


それはそうと渡されたのは

持ち手から鞘まで真っ白な刀だった。


「なんだこれ」


「貴方の作った刀よ」


…アレか!?粉々になったアレのことか!?

まさかわざわざ復元して固定化したのか!?


「私の魔法も混ぜてより強靭にしてあるわ。

 ほら、氷で出来た星もあるでしょ?」


おい何サラッととんでもないこと言ってんだ。

お前の刀って基本性能がバグなんだよ。

ただでさえバグみたいな成り立ちの刀に

さらにバグを重ねがけしやがったな?


とりあえず抜いてみる。

刀身は対象的につややかな漆黒だ。

掲げてみると少し青みを帯びた光を放つ。


…見れば分かる。これヤバいやつだ。

ゲーム内で登場した武器と比べても

最上位とかそのレベルのバケモンだ。


おかしいな?

なんで魔法だけで作られた刀が

ロストテクノロジーとか主人公専用装備とかに

並ぶレベルの業物になっちゃうのかな?


「ちなみに私でもそのレベルの刀は作れないわ。

 つまりは私とヒュウガの力が合わさった結果の

 奇跡の産物ね。

 初めての共同作業ってやつよダーリン♡」


「やかましいわ。でもまぁ…」


…コイツはいい刀だ。


「感謝しとくぜ。ハニー?」


そう言ってニカッと笑ってみせる。


「ッ♡」


「名前どうすっかな…」


※彼は完全無自覚です。

 シオンがさらに堕ちたことに気づいていません。


「…天王星は確か氷で出来てたし…

 シオンの力も星の力だし…」


「シオンって…♡」


※彼は今までシオンと

 呼び捨てにしたことがありません。

 というか名前で呼んだことすらありません。

 本人が心の中で呼んでいただけです。


「『夜霜丸やしもまる』にでもしとくか」


「ヒリュウ…♡」


呼ばれたのでシオンを見ると

妙に上気した頬と蕩けた目でこちらを見ている。


「え〜っと…?シオン?」


「ヒリュウ!♡」


「えっちょっ待」



…落ち着かせるのに死ぬほど苦労した。



・技解説


・雷雲

独特の構えを取り、

その剣の間合い全てを即座に認識、迎撃する。

地面に足がついていないと充全の効果は発揮されない。


・雷切

脱力した状態で相手の攻撃を誘い、

攻撃した瞬間高速で攻撃ごと相手を斬るカウンター技。

強力な破魔の性質を持ち、高い魔法破壊能力を持つ。


・鳴神

居合による抜刀術。

相手の硬度を無視し、神速を誇る。

本来は回避不能、防御不能の一閃だが、

ヒリュウはまだ未熟な為

速度も神速足り得ず、硬度も無視しきれない。

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