8.悪夢が近づく(3) ネットミーム

 バイトが終わり、二人で近くのカフェで話をすることになったのだ。飲みのお金は彼女が出してくれるそうだが、何だか申し訳ないと思ってしまう。


「お金の話は別にいいよ。わたしは一人暮らしの男の子に負担を背負わせたくないだけだから。じゃんじゃん好きなもの頼んでよ」

「あっ、えっ、でも……」

「さっさと選ばないと勝手に決めちゃうよ。アイスコーヒーでいい?」

「あっ、いや、じゃあ緑茶で……」


 実はコーヒーが苦手だ。苦味が口の中で広がった瞬間、途轍もない速度で顔が冷たくなる。だからと言って、ミルクや砂糖をたくさん入れていくのも何だか恥ずかしい。

 緑茶はその逆だ。

 思い出の人と、何度も飲んだ味。彼女達が隔てなく愛したあの味だ。緑茶を飲めば、あの人達の顔がすぐに思い返される。

 至福の時間がやってくる。

 彼女がコーヒーと緑茶を頼むとすぐに到着した。残りのご飯は彼女が勝手に決めてくれたらしい。


「まぁ、決めさせてもらったけど、ここのオムライスとかすっごく美味しいのよ。食べてみてよ」

「って、それよりも月盟団についてもっとお聞かせ願いたいんですが」


 彼女は手を叩いて「あっ、そうだね」と笑顔で語り出す。

 月盟団、今の怪異を覚えている人達で集まったチームであるらしい。


「簡単に言えば、そんな感じね……」


 その人達の集まりとして、俺と同じ目的で動いているのか。その点が気になった。

 自分から怪異を倒す目的を彼女に伝えていく。


「俺は怪異を全滅させれば、きっと推しが戻ってくると信じてるんです。再び人間が思い出してくれるんじゃないかって。そして、あの子にまた会えるかなって思うんです。他の人達もそうなんですか?」


 彼女は少し首を捻ってみせた。


「いや……そう考えている人はあんまいないかなぁ」

「じゃあ、何で……」

「普通に昔会った妖怪退治の物語と同じよ。結局妖怪もネットミームも同じく人間に危害を加える可能性が高いってことで退治している人が多いかな。まぁ、他にも敵討ちとして考えてる人はいるみたいだけど……」

「小恋さんはどうなんですか?」


 一瞬の間があった。その沈黙から重い言葉が放たれる。


「人生ってものは儚いものよ。もう一度できると思っていた。でも、実際はそんなこと起きなかった……夢物語なんてなかったってことが多いの。だから、あんまり期待はしてないかな。消えてしまったことは悲しいけど……。でも、みずちは人を助けようとしていた……雨ごいをしてもらって人に恵みを与えていた。そんなみずちの意向に反するような相手がいるのなら、わたしが倒さないとって思ってね」


 俺は拳を握っていた。

 本当は蘇らないなんて思いたくはなかった。ずっと期待し続けていたい。そうでもしないと今の俺の生きる活力が蝋燭ろうそくの火のようにフッと消えてしまいそうだから。

 同じ目的を持つ人はいないことが分かった。

 その点で彼女から一言。


「で、どうする? 月盟団に入ってみる? わたしからの推薦があれば、たぶん問題なく入ることはできるけど……」


 正直入ることまでは考えていなかった。ただ同じ仲間がいればいいか。少し利用できればいいと考えている位だ。


「ちなみに入るとどうなるんですか?」

「一緒に任務に向かわされるみたいな感じかな……って、おっと言ってるそばから……」


 彼女のテーブルに乗せていたスマートフォンが光り、揺れていた。メールが届いたらしい。彼女はすぐに読み上げてみせた。


「アジトの近くに怪異が出現した。どうやらわたしが武器を持って集まってってことね……」

「か、怪異が出たっ!?」


 それならば早く倒しに行かなければ。アイツらの好きにはさせたくない。俺のプライドが奴等を許さない。これ以上、俺達のものを奪わせはしない。

 彼女に早速連れて行ってくれと頼もうとする俺。そこを彼女が止める。


「あっ、ちゃんと落ち着いて。一回。武器とかちゃんと持ってるの?」

「刀が……!」

「一回深呼吸して、ここに戻ってきて。その間にここの支払いとかは済ませとくから……!」

「す、すみません!」


 落ち着けとは言われても、走らずにはいられない。急速に家に戻り、窓の近くに置いてある刀を掴む。後は銃刀法違反で捕まらないように幻覚で刀の存在自体を隠して、駆け出した。

 当然、小恋さんはカフェの入口で俺を待っていてくれた。

 今までにない真剣な面持ち。目的は少々違えど、怪異に対する憎しみが伝わってくる。その一つだけで何だか彼女を信じてみたくなった。


「じゃあ、よろしくお願いします!」

「こっちね!」


 さっと進んでいく俺達が向かう先は路地裏の中。路地裏に出現したとなれば、まだ被害は少ないだろう。

 そのまま進んだ先に妙な化け物は佇んでいた。

 闇に染まりし世界に光る眼が二つ。太い獣の足は四つ。猫のように見えるが、それは横にある二つの首を無視したらの話だ。

 犬、猫、ヤギの首を持った三つ首の怪異。

 ジビー、ジャバー、ハァンと首がそれぞれ特徴的な鳴き声を発している。手はただその辺りを掘り尽くしているだけ、かと思いきや近くにいる迷い込んだ酔っ払いを斬り裂こうとしている。


「はぁん? って何だよー!?」


 本人は全くとして目の前にいるのがおかしな怪異だとは気付いていない。ただただ幻覚として見ているものだと思い込んでいるのだろう。

 俺が奴の足が動く前に全力で駆け抜けた。酔っ払いの腕を掴み、そのまま怪物の後ろまで飛んでいく。

 酔っ払いがこちらに「何だぁ、おめぇ?」と言ってきて気が引かれた。

 その瞬間、獣の太い尾がこちらの顔を振り払う。ビンタどころではない。バッドで頬を殴打されたと言っても、おかしくない一撃だ。


「うぐっ!?」


 すぐに酔っ払いと一緒にぶっ飛んだ。壁に勢いよく背中がぶち当たった。少しでも後ろに跳ねようとしていなければ。俺の歯が口から全て飛び出していたかもしれない。

 少し恐怖するも、過去の思い出を頭の中で反芻する。

 この威圧感なんて、ずっと味わってきただろうがと自覚する。しかし、何故か腕が震えて動けない。刀があるはずなのに体が抜こうとしてくれない。

 まさか、今の一撃が体中に染み渡ったのだろうか。飛んだ際に何処かに体をぶつけたことで体が変になったのか。

 衝撃を受けている間に今度は小恋さんが拳を前に出して、言い放つ。


「よくも人を傷付けたわね。暴れられるのも今のうちよ。絶対、貴方を叩きのめすから」

 

 

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俺の推しはアヤカシでっ! 夜野 舞斗 @okoshino

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