最終話
そんなこんなしているうちに、僕たちの時間は溶けていった。勉強に使う頭も時間も減った。多分、アヤネに関しては部活に使う時間も頭も減った。睡眠時間も減った。
恋愛というのは、こんなにも代償が大きいのかということを今、思い知っている。
今日、三年ぶりにアヤネを見かけた。顔は少し大人びていたし、身につけているものはもっと大人びていた。
あの時、お互いに依存しあい、お互いに呪縛を掛け合っていた僕たちはもうここにはいない。三年間引きずりあった僕たちの関係は高校卒業の次の日に終わりを迎えた。別れは、僕から切り出した。
僕はこの高校に入った時から行きたいと志していた大学があった。学部は医学部。小さい頃から将来は医者か研究医になりたいと思っていた僕は日本トップレベルの医学部を狙っていた。しかし、それが叶わぬ夢となってしまったのは、努力不足とは言い難い。それ以前の問題だった。アヤネのせいだとは言いたくない。でも、僕の長年の夢に彼女が悪影響を及ぼしたのは認めざるを得なかった。
なんか被害者面のようなことを書いてしまったが、逆も然りだ。彼女は中学時代からテニスに長けていて、高校でもテニスの全国大会、インターハイで賞状を取ってくることを目標にしていた。言わずもがな、練習は人一倍頑張っていたのだ。なのに、彼女の大事な大事な時間を僕が奪ってしまった。彼女には二度と僕の顔を思い出して欲しくない。
アヤネとずっと一緒にいたいとは思っていた。けど、僕は医学部進学が決まった僕は、大学生になっても多くの勉強時間を確保しなければならない。留年したくはないし、国試浪人もしたくない。だんだんそんな気持ちが、アヤネといたいという気持ちよりも強くなってきた。だから、別れることにした。
『あの、どうしても伝えなきゃいけないことがあって、
アヤネといる時間はすごく楽しいんだけど、大学に行ったらたくさん勉強しなきゃいけない。正直、アヤネとこのまま付き合ってて、大学での勉強と両立できるかなってすごい不安になっちゃったんだ。それに、こんなこと言いたくないけど、アヤネにとっても、やっぱり俺といない方がいいんじゃないかって思うんだよね。たくさんの時間を奪っちゃってほんとにごめん。
アヤネに悪いところなんて一つもなかったし、できることならずっと一緒にいたかったけど、やっぱり、俺は別れたいって思う。本当にごめん。でも、別れよう。』
既読。返信が来たのは既読がついてから一時間以上立った頃。
『そっか。ごめんね、シロの色々な時間を奪っちゃって。メッセージ見て、私も色々考えちゃったんだけど、私も別れたくはないけど、別れた方がいいのかなって思う。だから、別れよっか。今まで本当にありがとね。』
泣いた。きっと僕の心が疲れ切ってしまったのだろう。楽しかったと思えることが、ただただ悲しかった。アヤネも、言葉にしていないだけでもっと色々なことを考えていたのだと思う。彼女がそういう性格なのは僕がよく知っている。
自分も本当は別れようか悩んでいたとか、自分も本当はシロのせいで高校生活が不満足に終わったとか、自分も本当はシロといる将来が不安だったとか。きっと、本当は言いたいことがたくさんあったのだ。でも彼女は何も言わなかった。僕を傷つけないために。
きっとこの瞬間、僕が泣いているのと同じ時間軸で彼女も泣いている。アヤネは、みんな知らないだけで意外と泣き虫だから。
僕の頭の中には、背中合わせの僕とアヤネ互いに下をむき、互いに涙を堪えている。僕たちは、最初からこうであったのだ。孤独を理由に背中を合わせて、僕たちは寄りかかりあってきた。付き合いたてはまだしも、途中からお互いの顔すら見ていなかった。見ていたのは僕の心の中にある不安。自分の不安定さと向き合っては心に傷を負い、それを理由に彼女に慰めてもらい、それで元気になるまでもなく僕はまた不安定になってゆく。依存の永久機関の中に閉じ込められていた。
別れを告げて一日が経っても一週間が経っても一ヶ月が経っても一年が経っても、僕は彼女との思い出を忘れることはなかった。ずっと根に持っていた訳ではなく、たまに思い出した、くらいだけど。
それだけ僕にとって彼女の存在は大きな存在であり、僕にとってアヤネといる僕という存在はとても大きかった。それをどれだけ思い知ったとしても、もうアヤネと付き合いたいとは思わない。それがどれだけ悲惨なことか、知っているから。
アヤネはずっと、将来結婚して子供も欲しいと言っていた。今、彼女に新しい彼氏はいるのだろうか。話に聞いたことはないが、きっと今でもモテるだろうしいてもおかしくない。ふと、アヤネが僕ではないどこかの男とイチャイチャしているのを想像する。それは悲しい妄想であるが、アヤネが幸せであるとするなら、僕は少しホッとする。
そういう僕はあれから恋愛は一切してきていない。なんだかする気になれなかった。でも、これが僕の生き方なのだと再認識している。アヤネと付き合っていた時間は幻だった。僕を知らない世界に連れ出してくれた。ただ、それだけだったのだ。
僕が彼女を見かけた時、彼女は僕に気が付いていなかった。多分、スマホを見ていたんだと思う、ずっと下を向いていた。すぐに僕は目を逸らす。一瞬彼女との思い出が蘇るが、忘れるように脳に指令を出す。
でも、あの頃の、甘えん坊の僕が言う。もう少しだけ、思い出に耽っていてもいいんじゃない、と。
別れたい、けど あひるくん @minikuiahirunokotakumu
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